<「負の記号」を集合させて構築した「疑似家族」の「延命」を犯罪で繋いでいく>
今回は、詳細な粗筋は省略する。
以下、「疑似家族」を構成する登場人物の紹介。(ウィキ参照)
1 寒風吹き荒ぶ極寒の季節を抜けていく
「殺さなかったら、二人ともやられていた」
担当刑事から痴情の縺(もつ)れと言われたが、取り調べの尋問での、信代のこの言葉を信じるなら、その詳細な関係性の事情が不分明だが、治の手を借りてDV夫を殺害したことで、治と信代が夫婦になり、治の出所後(信代は執行猶予付きの有罪だった可能性がある)、どこかで店を開いて身過ぎ世過ぎを繋いでいたかも知れない。
この「訳あり夫婦」の中に、夫に捨てられ、「独居老人」になっていた初枝が加わっていく。
手ひどい目に遭った孤独な初枝に、「家族」を持つことへの願望があったと思われる。
「おばあちゃんが一緒に暮らそうと言ってくれた」
これは亜紀の言葉。
「捨てたんじゃない。拾ったんです。誰かが捨てたのを拾ったんです。捨てた人っていうのは、他にいるんじゃないんですか?」
初枝の死体遺棄罪(刑法190条・3年以下の懲役)で逮捕され、単独犯行を主張する信代は、こんな風にも釈明していた。
これは、亭主に捨てられた初枝との共存が具現した事情を、信代なりの言い回しで言語化したもの。
いずれにせよ、ここに「疑似家族」のルーツを見ることができる。
「夫婦の店」については、治の一言に言及されているのみで、これも詳細不分明だが、少なくとも、治の車上荒らしの窃盗犯罪は、生活費の補填として、常習的に行われていたと思われる。
初枝の年金目的の「疑似家族」の形成だろうが、その年金11万6千円を充てにしていても、生計を立てるには十全ではなかった。
また、初枝には、「へそくり」としての「慰謝料」があった。
自分を捨てた元夫の月命日の供養ついでに、血縁のない柴田譲(元夫と後妻との間の子)から3万円程度の金銭(合計15万)を受け取っていた。
そして、柴田家の長女・亜紀が家出(?)し、その亜紀を初枝は孫として可愛いがっている。
当然、亜紀との血縁がない。
その亜紀が、自分の夫を奪った家族(亜紀の父である柴田譲)から、祖母の初枝が金銭を受け取っていた事情を知らなかった。
聾唖の青年(或いは、吃音症)「4番さん」を常連客にして、風俗で働く亜紀だけが万引きと無縁であったが、両親の愛を妹さやかに独占されたという思いが強く、その感情が初枝に向かったのは必然的だった。
その初枝が金銭目的で自分を利用していたのかと考えた時、何かが崩れた。
崩れたのは、「疑似家族」という幻想である。
しかし、これは刑事から意味ありげに伝えられた情報で、それによると、亜紀への「養育費」として柴田譲が初枝に渡していたことになるが、柴田夫婦との会話をフォローする限り、「養育費」=「慰謝料」という説明には無理がある。
警察官の任務の本質は、紛れもない犯罪者である信代を検察官に送検することにあると同時に、当該事件では、「疑似家族」の解体にあるので、児童にはポジティブな情報(施設に行けば学校に通える、両親のもとに戻れば幸せになれる)を流す一方、大人にはネガティブな情報(「あなたが産めなくて辛いのは、分るけどね。羨ましかった?だから、誘拐したの?」)を垂れ流し、「疑似家族」の愛情関係の存在性を破壊すること。
これに尽きると思われる。
更に言えば、警察は信代の単独犯罪でない事実を確信(?)していたにも拘らず、事件を単独犯として処理したのは、児童を証人として出廷させるために調書を作り、裁判でその調書の開示を求められるので、検察官が調書の証拠採用に同意しないと判断したからだろう。
児童を証人にするのは、多くのリスクを伴うのである。
児童の証人尋問の難しさ。
これは、検察官にとって、相当、難儀なことなのだろう。
―― 批評含みの梗概(こうがい)をフォローしていく。
亜紀の参加によって、「疑似家族」は4人になった。
(時系列で言えば、映画を観る限り、翔太の方が早かったと推定できる)
その前後は不明だが、治の車上荒らしは、思いがけない副産物を生む。
祥太の「連れ去り」である。
これは、拘置所から祥太を呼び出した際に、信代がはっきりと語っている。
「あんた拾ったのはね、松戸のパチンコ屋。車は赤のヴィッツ。ナンバーは習志野。その気になれば、ほんもんのお父ちゃんとお母ちゃん、見つかるから」
「お前、そんなこと言うために、翔太連れて来いって言ったのかよ」
これは、一貫して、「空気」=「状況」を読む能力が欠如した治の物言い。
「そうだよ。もう、分かったでしょ。うちらじゃ、ダメなんだよ。この子には」
映画の中で、極めて重要なセリフである。
警察が望む、「疑似家族」の解体を手ずから表現しているのだ。
それは、後述するが、初枝の死後、次々に現出する「疑似家族」の矛盾を感じた翔太の変容によって、「疑似家族」の基盤は、とうに空洞化し、実効性を失っていた。
パチンコに興じるために、我が子を車内に置き去りにして病死させる親のニュースは、度々メディアに取り上げられるが、幼い翔太もまた、ネグレクトという負の記号を被されていたのである。
この翔太が加わることで、「疑似家族」の世帯は5人となる。
そして、この家族は経済的余裕がないのに、6人目を加えることになる。
アパートから耳に入る怒鳴り声。
団地の外廊下で、冬の寒さで震えていた一人の幼女を見るに見かねて、治が連れて帰ったのだ。
「産みたくて産んだんじゃない」
夕食後、治と信代が幼女を自宅へ届けようとするが、家の中から聞こえた絶対禁句の声を耳にして、二人は自宅へ連れ戻す。
「誘拐だよ、どう見ても」と亜紀。
無論、正論である。
以下、初枝と信代が交わした重要な会話。
「監禁も身代金も要求してないし。選ばれたのかなぁ、あたしたち」
信代の感懐である。
「親は選べないからね、普通は」と初枝。
「でもさ、自分で選んだ方が強いんじゃない?」と信代。
「何が?」
「何がって絆、絆」
信代の言葉に、力が入る。
「私は、あんたを選んだんだよ」
初枝の言葉にも、力が入る。
この二人の会話には、「パンと情緒の共同体」としての現代家族の様態が、譬(たと)え「疑似家族」であったとしても、「絆」=「情緒」があるから「優しさの連帯」を可能にしたのだという含みがある。
特に信代には、血縁がなくとも「母」になることができるという思いが強い。
治が連れて帰って来た幼女に「ゆり」という名を与えることで、ネグレクトという負の記号を観念的に無化する信代は、「ゆり」への愛情を存分に注いでいく。
自らもまた、ネグレクトされた過去を持つ信代は今、目に涙を滲ませながら、「そして母になる」をトレースするのだ。
「叩かれるのはね、りんが悪いからじゃないんだよ。好きだから叩くんだよなんてのはね、嘘なの。好きだったらね、こうやってやる」
そう言って、りんを思い切り抱き締める信代。
「疑似母」の涙を拭(ぬぐ)うりん。
かくて、6人で構成される「疑似家族」は、寒風吹き荒(すさ)ぶ極寒の季節を抜けていく。