<「個人的主観的リアリティ」を共有する男と女が、立ち塞がる障壁を乗り越えていく>
1 「それでは、今夜も夢で会いましょう」
ハンガリーのブダペスト郊外(映画では、字幕・台詞の提示なし)。
食肉加工工場で、2カ月の産休に入った食肉検査員の代理として採用されたマーリア。
「気が重い。かなりの堅物で、あれは手を焼く」
社員食堂で、見慣れないマーリアについて尋ねた財務部長のエンドレに対する、同僚の友人イェヌーの言葉である。
左腕の不自由なエンドレには妻と娘がいるが、今は、別れて一人暮らしをしている。
そのエンドレは、トレーを片手に、食事中のマーリアに近づき、話しかけた。
形式的な挨拶を交わすが、マーリアの反応はどことなくぎこちない。
帰宅したマーリアは、調味料入れを使ってエンドレとの会話を再現し、「上手く切り返せれば会話が続けられたのに」などと反省するのだ。
そのマーリアは、食肉牛の検査で片っ端からBランクをつけ、従業員から陰口を叩かれていた。
既に、人事部で採用が決まっていた男性を面接するエンドレ。
「我々が加工処理する動物に対し、思うことは?」
「特に…何も思いませんが、哀れみでも?」
「哀れみも?」
「全然ですよ…血も平気です」
「憐れむ気持ちがゼロでは、勤まらない。続かないかも」
面接の相手はシャーンドル。
この面接相手の名は、その後に出来する「事件」の発生によって判明する。
面接中に、牛肉のBランクについてクレームの電話を受けたエンドレは、直接、マーリアに聞きに行く。
「規定より脂肪が厚い」
これがマーリアの反応。
品質の良さは分かっているが、肉眼で僅か2ミリ厚いことで、規定のBランクにしたとのことである。
普段の挙動の不自然さもあり、仲間から倦厭(けんえん)されるマーリア。
杓子定規の判定を下すマーリアの孤立が、一層、際立っていく。
そんな中、牛の交尾薬が盗まれるという事件が惹起する。
警察が犯人を特定するために、従業員全員の精神分析を始めた。
エンドレは、分析医から昨日の夢について質問された。
「夢の中で私は鹿だった…森をウロついたり、小川の水を飲んだり…他にも一頭いて、行動を共にしてた」
「オスとメス、どちら?」
「メスです」
「なぜメスと分かった?」
「感じた」
「交尾して?」
「ご期待を裏切るようだが、ヤッてない。2頭で、ただ森をウロつき、肉厚の葉っぱを探し、雪を掘り返した。小川に下り、水を飲みました」
次はマーリア。
「昨夜は、どんな夢を?」
「すごく空腹で…雪を掘り返したけど、食べ物がない。同行者が一緒に探してくれた。厚くておいしそうな葉っぱを彼が見つけて、私に全部くれたので、食べました。味は悪くなかった。少しもたれたけど、やがて奇妙な感覚に」
「夢では動物か何かに?」
「鹿です…小川まで下りてから…」
「交尾はしましたか?」
「ノーです」
その後、夢の話を申し合わせたと疑う分析官が二人を呼び出し、エンドレの録音を再生する。
そこで、二人は同じ夢を見たことを知る。
その夜、マーリアは鹿の夢を見る。
翌日の社員食堂で、マーリアは自分からエンドレのテーブルにやって来た。
「昨夜の夢は?」
「夢は見なかった」
「残念。では席を移ります。食事は一人が好きで」
パーソナルスペース(対人距離)の保持に拘泥するマーリアの形相には変化が起こらない。
片や、エンドレの元に同僚のイェヌーが来て、犯人はシャーンドルに決まっていると話すのだ。
エンドレはトレーの片づけをイェネーに頼み、マーリアに向かって、鹿の夢は「毎晩見ている」と伝える。
その夜も、鹿の夢を見た二人。
そして、互いに自分が見た夢を書き出し、交換して読むと、驚くべきことに同じだった。
「それでは、今夜も夢で会いましょう」
そう言って、エンドレは微笑む。
頷くマーリア。
その晩、エンドレは鹿の夢を見たが、メスの鹿は池の周りにいなかった。
エンドレは携帯番号のメモをマーリアに渡したが、マーリアは携帯を持っていないと言う。
その夜、マーリアの夢にオスの鹿は現れなかった。
マーリアは長年通っている精神科を訪ね、精神科医に携帯を持てばいいと促される。
家に戻り、いつものように人形を駆使し、エンドレとの会話を再現し、自分の本心を探りながら、未来に向けてシミュレーションする。
翌日、食堂でエンドレに携帯を買うことを告げるマーリア。
彼女なりに、エンドレとの距離を縮めようとトライしているのだ。
そのマーリアから電話が入り、携帯を買ったこととをエンドレが知らされたのは、別れた妻が訪問中のことだった。
「今夜、一緒に夢を」
エンドレもまた、トライしている。
その夜、二人は同時に眠ることを申し合わせた。
「ひとつだけ言っておきたいのですが、あなたは…私を怖がらなくても大丈夫…」
常にエンドレは、武装解除を拒むようなマーリアに警戒感を与えないように努めている。
そんな中、エンドレは件の精神分析医から、犯人が同僚の人事部長・イェヌーであることを聞かされる。
そして、分析医はマーリアと同じ夢を見ることについて尋ねるが、エンドレは二人で口裏を合わせたと誤魔化した。
話しても理解されないと思ったからである。
その様子を見ていたイェヌ―はエンドレを呼び、分析医の判断を尋ねた。
彼はシャーンドルが犯人であると決めつけるのだ。
しかし、イェヌ―の様子が一変する。
良心の呵責に苛まれたのか、イェヌ―は自分が犯人であると白状する。
事件を公にせず、反省を求めるのみのエンドレ。
その直後、エンドレはシャンドールに謝罪し、和解する。
部下に信頼されるエンドレの人間性が透けて見える。
そのエンドレはマーリアを食事に誘い、些かドラスティックな提案をする。
「隣同士で眠っては?眠るだけです。同じ部屋で。2人並んで。目覚めたら、すぐ夢の話ができますよ」
その夜、マーリアはエンドレのベッドに入り、エンドレはその隣の床に布団を敷いて寝た。
「眠れません」
「私もです」
眠れない二人はトランプに興じる。
初めてのトランプだったが、マーリアは抜きん出て巧みだった。
驚くエンドレ。
記憶力が異常なほど出色なマーリアに、感嘆すること頻(しき)りのエンドレ。
却って、それが不都合な時もあると吐露するマーリア。
最近接していく中年男と、年の差が離れた杓子定規の女。
「色恋から身を引いて、数年になる…ある時点で、卒業だと自分に言い聞かせた…今さら、一人芝居のピエロにはなりたくない」
だから中年男も、裸形の自己を晒して見せる。
然るに、中年男の吐露には、「卒業だと自分に言い聞かせ」る思いを晒しながらも、「一人芝居のピエロにはなりたくない」と言い添えることで、マーリアへの性愛を抑制する心情が、手に取るように分かるのだ。
この日は、それだけだった。