心と体と('17)   イルディコー・エニェディ

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<「個人的主観的リアリティ」を共有する男と女が、立ち塞がる障壁を乗り越えていく>

 

 

 

1  「それでは、今夜も夢で会いましょう」

 

 

 

ハンガリーブダペスト郊外(映画では、字幕・台詞の提示なし)。

 

食肉加工工場で、2カ月の産休に入った食肉検査員の代理として採用されたマーリア。

 

「気が重い。かなりの堅物で、あれは手を焼く」

 

社員食堂で、見慣れないマーリアについて尋ねた財務部長のエンドレに対する、同僚の友人イェヌーの言葉である。

 

左腕の不自由なエンドレには妻と娘がいるが、今は、別れて一人暮らしをしている。

 

そのエンドレは、トレーを片手に、食事中のマーリアに近づき、話しかけた。

 

形式的な挨拶を交わすが、マーリアの反応はどことなくぎこちない。

 

帰宅したマーリアは、調味料入れを使ってエンドレとの会話を再現し、「上手く切り返せれば会話が続けられたのに」などと反省するのだ。

 

そのマーリアは、食肉牛の検査で片っ端からBランクをつけ、従業員から陰口を叩かれていた。

 

既に、人事部で採用が決まっていた男性を面接するエンドレ。

 

「我々が加工処理する動物に対し、思うことは?」

「特に…何も思いませんが、哀れみでも?」

「哀れみも?」

「全然ですよ…血も平気です」

「憐れむ気持ちがゼロでは、勤まらない。続かないかも」

 

面接の相手はシャーンドル。

 

この面接相手の名は、その後に出来する「事件」の発生によって判明する。

 

面接中に、牛肉のBランクについてクレームの電話を受けたエンドレは、直接、マーリアに聞きに行く。

 

「規定より脂肪が厚い」

 

これがマーリアの反応。

 

品質の良さは分かっているが、肉眼で僅か2ミリ厚いことで、規定のBランクにしたとのことである。

 

普段の挙動の不自然さもあり、仲間から倦厭(けんえん)されるマーリア。

 

杓子定規の判定を下すマーリアの孤立が、一層、際立っていく。

 

そんな中、牛の交尾薬が盗まれるという事件が惹起する。

 

警察が犯人を特定するために、従業員全員の精神分析を始めた。

 

エンドレは、分析医から昨日の夢について質問された。

 

「夢の中で私は鹿だった…森をウロついたり、小川の水を飲んだり…他にも一頭いて、行動を共にしてた」

「オスとメス、どちら?」

「メスです」

「なぜメスと分かった?」

「感じた」

「交尾して?」

「ご期待を裏切るようだが、ヤッてない。2頭で、ただ森をウロつき、肉厚の葉っぱを探し、雪を掘り返した。小川に下り、水を飲みました」

 

次はマーリア。

 

「昨夜は、どんな夢を?」

「すごく空腹で…雪を掘り返したけど、食べ物がない。同行者が一緒に探してくれた。厚くておいしそうな葉っぱを彼が見つけて、私に全部くれたので、食べました。味は悪くなかった。少しもたれたけど、やがて奇妙な感覚に」

「夢では動物か何かに?」

「鹿です…小川まで下りてから…」

「交尾はしましたか?」

「ノーです」

 

その後、夢の話を申し合わせたと疑う分析官が二人を呼び出し、エンドレの録音を再生する。

 

そこで、二人は同じ夢を見たことを知る。

 

その夜、マーリアは鹿の夢を見る。

 

翌日の社員食堂で、マーリアは自分からエンドレのテーブルにやって来た。

 

「昨夜の夢は?」

「夢は見なかった」

「残念。では席を移ります。食事は一人が好きで」

 

パーソナルスペース(対人距離)の保持に拘泥するマーリアの形相には変化が起こらない。

 

片や、エンドレの元に同僚のイェヌーが来て、犯人はシャーンドルに決まっていると話すのだ。

 

エンドレはトレーの片づけをイェネーに頼み、マーリアに向かって、鹿の夢は「毎晩見ている」と伝える。

 

その夜も、鹿の夢を見た二人。

 

そして、互いに自分が見た夢を書き出し、交換して読むと、驚くべきことに同じだった。

 

「それでは、今夜も夢で会いましょう」

 

そう言って、エンドレは微笑む。

 

頷くマーリア。

 

その晩、エンドレは鹿の夢を見たが、メスの鹿は池の周りにいなかった。

 

エンドレは携帯番号のメモをマーリアに渡したが、マーリアは携帯を持っていないと言う。

 

その夜、マーリアの夢にオスの鹿は現れなかった。

 

マーリアは長年通っている精神科を訪ね、精神科医に携帯を持てばいいと促される。

 

家に戻り、いつものように人形を駆使し、エンドレとの会話を再現し、自分の本心を探りながら、未来に向けてシミュレーションする。

 

翌日、食堂でエンドレに携帯を買うことを告げるマーリア。

 

彼女なりに、エンドレとの距離を縮めようとトライしているのだ。

 

そのマーリアから電話が入り、携帯を買ったこととをエンドレが知らされたのは、別れた妻が訪問中のことだった。

 

「今夜、一緒に夢を」

 

エンドレもまた、トライしている。

 

その夜、二人は同時に眠ることを申し合わせた。

 

「ひとつだけ言っておきたいのですが、あなたは…私を怖がらなくても大丈夫…」

 

常にエンドレは、武装解除を拒むようなマーリアに警戒感を与えないように努めている。

 

そんな中、エンドレは件の精神分析医から、犯人が同僚の人事部長・イェヌーであることを聞かされる。

 

そして、分析医はマーリアと同じ夢を見ることについて尋ねるが、エンドレは二人で口裏を合わせたと誤魔化した。

 

話しても理解されないと思ったからである。

 

その様子を見ていたイェヌ―はエンドレを呼び、分析医の判断を尋ねた。

 

彼はシャーンドルが犯人であると決めつけるのだ。

 

しかし、イェヌ―の様子が一変する。

 

良心の呵責に苛まれたのか、イェヌ―は自分が犯人であると白状する。

 

事件を公にせず、反省を求めるのみのエンドレ。

 

その直後、エンドレはシャンドールに謝罪し、和解する。

 

部下に信頼されるエンドレの人間性が透けて見える。

 

そのエンドレはマーリアを食事に誘い、些かドラスティックな提案をする。

 

「隣同士で眠っては?眠るだけです。同じ部屋で。2人並んで。目覚めたら、すぐ夢の話ができますよ」

 

その夜、マーリアはエンドレのベッドに入り、エンドレはその隣の床に布団を敷いて寝た。

 

「眠れません」

「私もです」

 

眠れない二人はトランプに興じる。

 

初めてのトランプだったが、マーリアは抜きん出て巧みだった。

 

驚くエンドレ。

 

記憶力が異常なほど出色なマーリアに、感嘆すること頻(しき)りのエンドレ。

 

却って、それが不都合な時もあると吐露するマーリア。

 

最近接していく中年男と、年の差が離れた杓子定規の女。

 

「色恋から身を引いて、数年になる…ある時点で、卒業だと自分に言い聞かせた…今さら、一人芝居のピエロにはなりたくない」

 

だから中年男も、裸形の自己を晒して見せる。

 

然るに、中年男の吐露には、「卒業だと自分に言い聞かせ」る思いを晒しながらも、「一人芝居のピエロにはなりたくない」と言い添えることで、マーリアへの性愛を抑制する心情が、手に取るように分かるのだ。

 

この日は、それだけだった。

 

人生論的映画評論・続: 心と体と('17)   イルディコー・エニェディより