長いお別れ('19)  中野量太

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<「約束された喪失感」を突き抜く、メリーゴーランドと三角帽子>

 

 

 

1  「この頃ね、色んなことが、遠いんだよ」

 

 

 

2007年 秋

 

東(ひがし)家の4人家族。

 

中学校の国語教師から、後に校長を勤めた経歴を持つ父・昇平と、夫を献身的に支える母・曜子。

 

海洋学者の夫・新(しん)と、息子・崇(たかし)の3人でカリフォルニアへ移住している長女・麻里(まり)。

 

そして、総菜屋に勤めながら、食堂の経営を目指している次女・芙美(ふみ)。

 

昇平の70歳の誕生日に母から呼ばれ、麻里と芙美は実家を訪れた。

 

そこで二人は、昇平が認知症を発症していることに気づく。

 

半年前から発症していたと言う母・曜子は、それを知らせるために二人を呼んだのである。

 

2年後 2009年 夏

 

芙美は「青空食堂」という移動食堂で、ヘルシーカレーをビジネス街で販売していたが、売れ行きは芳(かんば)しくなかった。

 

曜子から電話が入り、昇平の大学時代の旧友・中村の通夜に参列することを頼まれ、引き受けざるを得ない芙美。

 

カリフォルニアでは、ガールフレンドとデートの約束をした日に、実家に帰る母・麻里に付いていくようにと、父に言われる崇。

 

芙美は昇平を連れ、葬儀に参列して焼香をし、通夜振る舞いを済ませて帰ろうとしたところ、大学時代の柔道部の萩原に呼び止められた。

 

そこで、翌日の葬式の弔辞を頼まれた昇平だったが、芙美はそれを断る。

 

理由を言えるわけがなかった。

 

「あの、明日の弔辞は、やっぱり萩原さんで」と芙美。

「中村が死んだのに、東が弔辞を読まないなんて…」と萩原。

「何?中村、死んじゃったのか!」と昇平。

 

大声を出した昇平の顔を驚いて見つめる萩原は、全てを察した。

 

昇平の手を引いて、葬儀場から連れ出す芙美。

 

いつものように昇平は、デイサービス(通所介護)に通っている。

 

車で送られて来た祖父を、カリフォルニアから帰って来たばかりの孫の崇が迎えたが、昇平は認知できない。

 

介護施設の職員に説明され、何とか孫だと分かり、崇を抱き締める昇平。

 

漢字を教えてもらって喜ぶ崇は、昇平のことを「漢字マスター」と呼ぶことにした。

 

崇がソファで眠っている間に、昇平の姿が見えなくなった。

 

帰って来た麻里と祖母に指示され、崇は川の方に自転車で探しに行く。

 

移動食堂が軌道に乗らない芙美は、アルバイトの女の子に辞めてもらって意気消沈しているところに、曜子から連絡が入り、芙美も車で川の方へ向かった。

 

そこで、昇平を保護してくれた芙美の中学時代の同級生・道彦と崇と3人が、川淵に腰を下ろしているのを見つけた。

 

道彦は、中学生の頃、クラリネットの練習で、芙美の家を度々訪れていたので、昇平の顔を覚えていたのである。

 

二人が話し込んでいると、昇平は芙美の車の「青空食堂」の文字に見入っていた。

 

「これ、私の仕事」

 

本当は教師になって欲しかったという父に、吐露する芙美。

 

「この中で、ご飯を作って、売ってるの」

「立派だ!」

 

そう言われた芙美は、喜びを隠せず、ヘルシーカレーを父に振舞うことにした。

 

道彦に言われて外を見ると、父は地元の人たちを整列させ、カレーの順番待ちを仕切っていた。

 

道彦は芙美を手伝うことになる。

 

その後、昇平の生まれ育った家へ、曜子と麻里と崇と4人でやって来た。

 

「嬉しくないの?この家に帰って来たかったんでしょ?」と崇。

「この頃ね、色んなことが、遠いんだよ」と昇平。

「遠いって?」

「色んなことがね。あんたたちや何かもさ」

「遠いのは、やっぱ、寂しいよね」

 

崇は、縁側に座っている祖父の膝に、そっと手を添えた。

 

「もう、帰らないと」と昇平。

「ねえ、お父さん、ゆっくりしましょ」と曜子。

「お父さんって、誰だ?私は独身だ」

「おじさん、落ち着いて」と昇平の甥。

 

結局、自宅に帰る4人。

 

「そろそろ…僕の両親に、曜子さんを正式に紹介したい…一緒に来てくれますね」

 

列車の中で、突然、プロポーズする昇平に、涙ぐみながら、曜子は「はい」と答え、昇平の手を握り締めた。

 

2年後 2011年 春

 

芙美は、道彦の母が経営する洋食店で働いていた。

 

その母に、付き合って1年半になる道彦との結婚を勧められた。

 

「2年、会ってない…未だに2歳のまんまだよ」

 

別れた妻との間に儲けた娘について、芙美に吐露する道彦。

 

二人の関係が開かれる初発点である。

 

3.11、東日本大震災が発生した。

 

カリフォルニアにいる麻里が心配して、東京の母に電話をかけてきた。

 

放射能の飛来に気をつけ、マスクと帽子を被るように注意するのだ。

 

居ても立っても居られず、日本に帰るという麻里に対して、新は異を唱える。

 

「それぞれが、自己責任のもとに人生を生きること。それが、基本なんじゃないかな」

「家族の人生は、他人事なの?」

「そうは、言ってないよ」

 

崇も思春期になり、下校して来ても、母の苦手な英語で反応し、自分の部屋に直行してしまう。

 

一方、曜子はスーパーに昇平を連れて買い物に行き、レジを済ませて出て行こうとしたら、店員に呼び止められた。

 

昇平が店の品物をポケットに入れていたのである。

 

曜子は繰り返し謝罪し、芙美に迎えに来てもらうに至る。

 

その芙美もまた、浮き足立っていた。

 

恋人の道彦が、娘と元妻に会うことになったからである。

 

芙美は娘に持っていく自分で焼いたクッキーを、道彦が忘れたので、届けに行く。

 

そこで、道彦の母を含めて、親子3人が仲睦まじくしている様子を遠目に見て、自分が入り込む余地がないと悟るのだ。

 

帰り道に曜子から電話が入り、父の相手をして欲しい頼まれ、その足で実家に帰る。

 

昇平に焼いたクッキーを食べてもらいながら、芙美は泣きながら話しかける。

 

「お父さん、またダメになっちゃったんだよ。お父さん、繋がらないって、切ないね」

「そう、くりまるな」

「でも、くりまっちゃうよ…震災の後にさ、皆が繋がりたいとか、絆が大切とか、そういうふうになってるんだもん」

「そうでもないだろ」

「あたしがいくら頑張ったって、家族には勝てないもの」

「それはな、ゆーっとするんだな…学校や何かでも、そういうことは、よくあったよ」

 

昇平の発する意味不明だが、その不思議な響きに、芙美は心を通わせ、「ゆーっ」と伸びをするのだ。

 

いよいよ話が通じなくなった昇平と、母・曜子のことが心配で、麻里は実家に戻って来た。

 

芙美と麻里が昇平を施設に入れる相談をしているところに、曜子から電話が入り、昇平がいなくなったという連絡を受ける。

 

帰宅し、携帯のGPSを確認すると、昇平は電車に乗り、遊園地へ向かっていることが分かった。

 

直ちに、3人で遊園地へ向かうと、メリーゴーランドに幼い姉妹と一緒に乗っている昇平を見つけた。

 

昇平に「お父さん!」と声をかけ、手を振る3人。

 

曜子の話では、姉妹が幼い頃、一度だけ、この遊園地に3人で訪れたことがあり、雨が降りそうなので、昇平が傘を届けにやって来たと言うのだ。

 

「あの日は、芙美ちゃんが朝から風邪気味で、鼻をぐずぐずしてたから」

 

この日も傘を3本持ち、昇平は遊園地にやって来たのだった。

 

人生論的映画評論・続: 長いお別れ('19)  中野量太 より