1 絶対ルールを自ら犯してしまった男
死刑執行の当日。
死刑囚梶木秀丸(以下、秀丸)の死刑は未遂に終わり、結果的に、脊髄損傷で外部の精神障害施設・六王子病院に送られた。
【刑の執行を行った時点で死刑は終わっているので、二回目の執行は行わないという説と、確実に死ぬまで執行されるという説があるが、当局は一切、公表しないので不分明である】
入所者は毎朝6時の起床後、順番に歯磨きをした後、朝食を摂り、看護ステーションに並んでそれぞれの薬(殆どが向精神薬=抗不安剤)を服用させられる。
外出許可が出て、町に行く予定の塚本中弥(以下、中弥=チュウさん)は陶芸小屋に寄り、車椅子の秀丸に筆の買い物を頼まれる。
和菓子屋できんつばを10個買い、他にも、洋服など多量に買い込んで病院に戻った。
中弥は、その品物に金額を上乗せして、入院患者(入所者)らに売りさばいていた。
患者もそれを楽しみにしているが、病院の職員に見つかり、院内売買について強く戒められる。
六王子病院に、一人の少女が母親に連れて来られたのは、そんな矢先だった。
大谷医師と看護師長が面談するが、件(くだん)の少女・島崎由紀(以下、由紀)は、一言も言葉を発しない。
母親が席を外したところで、尿検査の結果、妊娠していることが知らされた。
「妊娠していること、分かってた?自分の体のことだよ」と大谷医師。
「お母さん、妊娠してること、知ってた?」と看護師長・井波(いなみ)。
そう質問された由紀は、黙って立ち上がり、ふら付きながら部屋を出て、職員の制止を振り切り、走って逃げ出した。
エレベーターから降りて来た車椅子の秀丸の陶器を奪って投げつけ、再びエレベーターに秀丸を押し込んで、屋上へと向かった。
「何かあったんか?」
秀丸が話しかけても答えず、走って屋上の欄干に乗り上がった。
「やめや!」
秀丸が叫ぶが、由紀はそのまま建物から飛び降りてしまった。
幸い、ケガで済んだが、お腹の子は死に、由紀はしばらく病院で療養することになった。
「もっと、自分を大事にしないと」と井波師長。
由紀は18才の高校生で、大部屋に入ることになった。
覚醒剤の依存症者・重宗(しげむね)が、隠し持っていたライターで火事騒動を起こし、職員らの拘束された事件が出来(しゅったい)する。
映像提示されなかったが、「保護室」送りになったと思われる。
少なくとも、この一件で重宗の狂暴性が露呈されている。
一方、中弥は食堂で由紀に話しかけるが、相変わらず、無反応の由紀。
入院患者の一人に、秀丸の花瓶を割ったことを謝っていないと指摘されると、由紀は黙って秀丸の陶芸小屋に入り、お金を置いて出て行く。
中弥に面会があった。
妹夫婦である。
実母の認知症が進行し、施設に入れるという相談だった。
空いた家の土地を担保に、ビルを建てると義弟が言うのだ。
「おふくろを俺と同じように扱うのか」と中弥。
「そんなつもりじゃ」と義弟。
「もういい、帰って…お袋には、俺が手紙で気持ち聞いておく」
苛立っている実兄に、妹が反駁(はんばく)する。
「兄さん、覚えてる?兄さんが発作起こした時のこと。あのあと、家もお母さんも、面倒を見てきたあたしたちのことも、考えてよね。ここの払いだって、この先、どれだけ続くんだか」
本音を吐き出されて、中弥の自我が宙吊りになり、その情動が身体症状として発現する。
面会後、中弥は、幻聴と激しいパニック症状で暴れ出してしまうのだ。
鎮静剤を打たれ、通常の感覚に戻り、「保護室」から部屋に戻された中弥は、涙が止まらない。
症状が治まった中弥が食堂に行くと、彼を案じる秀丸が待っていて、水のボトルを渡す。
中弥にとっても、秀丸の存在は最も大切な相談相手なのである。
陶芸教室が終わると、小屋に由紀がやって来た。
秀丸が、土で陶芸することを勧めた。
「ここは、不思議なとこでな。だんだん、患者という生き物になっていく。戻れるところがあったら、戻った方がええよ」
「あたしには、戻るとこない。おじさんだって、やだったら早く出ればいいじゃん」
由紀は器を作りながら、初めて口を開いた。
「わしは世間に出たら、あかん人間や」
また、重宗が、野球を楽しんでいる患者らに割り込んで来て、職員に制止されるシーンが挿入される。
この病院では、粗暴な重宗の行動傾向には、監視カメラもついているはずの「保護室送り」以外の選択肢しかないようである。
それを見ていた由紀に、重宗が目をつけた。
映画は、屈折した重宗の、その粗暴な行動の伏線になっていることを見せている。
その由紀は、車椅子の老婆を部屋に送って行く。
老婆は由紀を孫だと思い、由紀の手を握り続けているのだ。
由紀の変化が垣間見える。
そんな折、看護師が由紀に、父母が面会に来ていると伝えた。
ここで、義父から性暴力を受けていたことを提示する、由紀の回想シーンがインサートされていく。
由紀を迎えに来た義父もまた、粗暴極まる男だった。
強引に退院手続きを依頼し、由紀は父母に連れられ、タクシーに乗る際に、カメラ好きの昭八がいつものように、デジカメを由紀に向けて写真を撮ると、義父が昭八に執拗に暴力を振るう始末。
慌てて、由紀はタクシーに乗り込んだ。
それを間近で凝視する秀丸と中弥。
由紀は自宅に戻るなり、義父と別れるように、泣きながら母に懇願する。
「お願いします。学校にも行く、ちゃんと勉強もする!」
「あたしが働きに行ってるとき、あんたたち、何してた?一つ屋根の下だよ。やっと病院へ入れて、厄介払いできたと思ったのに!」
そう言って、由紀の胸倉を掴む母。
「あたしが仕事から帰る前に、出てって!お金は後から、何とかするから…出てって!」
明らかに、自分の男を奪われたという感情に起因する、娘に対する嫉妬の炸裂である。
由紀は義父の運送会社の事務所に入り、引き出しの金を奪って出て行こうとしたが、その時、義父が戻って来た。
無理やり抱きついてくる義父の腕を払うと、義父は階段から転げ落ちてしまった。
由紀はそのまま向かった先は、六王子病院。
翌朝、保護された由紀は、両親の意向もあり、しばらく病院に留まることになった。
そんな由紀を温かく迎える秀丸と中弥。
病院でカラオケ大会が開かれた。
由紀もやって来て、中弥の隣で一緒に歌を聴いていた。
そこへ重宗が職員に連れられ、仲間に入るよう促される。
しかし、歌っている患者に向かって「ヘタクソ!」と茶々を入れ、自分が壇上に上がって歌おうとすると、帰り出す患者がいた。
重宗がその患者に掴みかかった時、花瓶を割られた秀丸の怒りが炸裂する。
職員に押さえつけられた重宗は、秀丸が死刑囚の生き残りだった事実を患者らの前で詰(なじ)ったのだ。
意気消沈する秀丸。
ここで、秀丸の過去が回想される。
彼の罪のルーツは、勤務を早めに終えて帰宅した際に、自宅で、妻が役所の男との不倫現場を目撃したこと。
激昂した秀丸は、包丁で二人を刺殺してしまったのだ。
加えて、認知症で寝込んでいる母も殺害するに至る。
母を置き去りにして、刑に服するのが忍びなかったのだろう。
過去を思い出し、うなされる秀丸。
鎮静剤を打たれ、辛うじて平静さを取り戻していく初老の男。
いつものように外出許可を取り、着飾って外泊してくるサナエは、娘たち家族に呼ばれて出かけていく。
それを患者に話すサナエ。
自慢げだったが、サナエには帰るべき家族も何ものもなく、ビジネスホテルに一泊している事実は、病棟内で共有されている情報だった。
その話を聞いた由紀が、中弥に尋ねる。
「秀丸さんって、昔…」
「由紀ちゃん、事情を抱えてない人間なんて、いないからね」
それだけだった。
ある日、中弥は、由紀と秀丸、昭八を誘って、街へ連れ出した。
禁止されている品物を買い込み、公園で弁当を食べ、昭八が写真を撮り、外の空気を楽しむ4人。
病院に帰って来ると、サナエの遺骨を大谷医師と看護師長が持ち帰って来た。
伊豆生まれのサナエは、海の傍の公園で死に、3日以上、見つからなかったと言う。
結局、サナエの帰る家はなく、六王子病院に戻って、「お別れの会」を開き、患者らに丁重に弔ってもらうのだった。
「俺たち、どこへも行けないのかな」と中弥。
「あたしの居場所は、ここしかない」と由紀。
「そんな考え方、やめたほうがええよ」と秀丸。
「外に出ても、秀さんと一緒だったりして」
「悪い冗談やな」
「いや、本気で思ってるよ。もし、表に出られたら、一緒に暮らせるといいなって…」
「そう思ってもらえるだけでも、ありがたいわ」
由紀が秀丸に頼まれ、サナエに供える花瓶を取りに陶芸小屋へ行くと、兼(か)ねてから由紀を狙っていた重宗が後をつけ、顔を殴るなどの暴力を振るい、相手の抵抗力を奪った後、レイプ犯罪に及ぶのだ。
その夜、由紀は姿を消してしまった。
小屋でのレイプの現場をカメラに収めた昭八が、不自由な言葉で中弥に訴えた。
そのカメラを持って、秀丸に写真を見せるや、幻聴に襲われた中弥は発作を起こす。
中弥を宥め、落ち着かせる秀丸。
秀丸は重宗のことは自分が話をつけると言い、カメラの画像は全部消すように中弥に指示した。
秀丸は一人でいる重宗を挑発し、車椅子に近寄って来たところで体を引き寄せ、隠し持っていたナイフで、繰り返し刺して殺害するに至る。
「あの蛆虫(うじむし)殺してくれて、秀丸さんは神様です」
そんなことを口走る患者もいた。
警察に連行された秀丸は、拘置所で自殺を図ったが命に別状はなく、今後の処置は未決定の状態だった。
その事実を井波から知らされる中弥。
世間に出ることを禁じられた男は、その絶対ルールを自ら犯してしまったのだ。