ベルファスト('21)   有明の月を目指す家族の障壁突破の物語

1  「この街に人生のすべてが詰まってる」

 

 

 

北アイルランドの首都ベルファストの、現代の美しい街並みのカラー映像から開かれる物語は、一転して、1969年8月15日のモノクロの世界へとタイムワープする。

 

夕食時の路地で、元気溌剌な少年バディが家に帰るところで目の当たりにしたのは、覆面をしたプロテスト系の武装集団が、カトリック系住民を襲撃するというリアルな現場だった。

 

投石を避けながら、母が「怖いよ!」と叫ぶバディを抱え、家に連れ戻し、テーブルの下に匿う。

 

更に、兄のウィルを探しに混乱する街路に出て連れ戻す。

 

「母さん、何が起きたの?」とバディ。

 

「じっとしていなさい」と答え、窓から外の様子を窺う母。

 

翌日バディは、壊れた窓を協力し合って修繕する人々や、破壊された街並みを見渡す。

 

「襲撃から一夜明けたベルファストの街です。襲われたのは、プロテスタント地区に住む少数のカトリック教徒。彼らは立ち退きを迫られています。人々の絆が強いこの地区に、再び平和は戻るのか?」

 

テレビのニュースが、襲撃の背景と街の様子の映像とを伝える。

 

「英本土からも支援部隊が到着しました。外出禁止令も検討されています」

 

ロンドンで大工の仕事をしていたバディの父が事件のことを聞き知り、慌てて家に戻って来た。

 

これで4人家族が揃うことになる。

 

彼らはプロテスタントであるが、カトリック系住民と親交を深めていた。

 

事件後、街にはバリケードが築かれ、プロテスタントの牧師は扇動的なスピーチを打(ぶ)ちまける。

 

嫌々ながら行かされた教会で、その咆哮(ほうこう)を聞かされるバディとウィル。

 

それでもバリケード内では、音楽に合わせて踊る父母や住人たちが思い思いに楽しく過ごしている。

 

仕事でロンドンへ帰る前に、訪ねて来た伯母夫婦も愉悦するのである。

 

バディは近所の年上の友人モイラに、カトリックプロテスタントの信者をどうやって見分けるかを尋ね、名前で分かると言われるが、双方に同じ名前もあるとバディに指摘され、答えに窮すモイラ。

 

バディが一人でサッカーをしていると、ビリー・クラントンとマクローリーと名乗るプロテスタント過激派の男たちがやって来て、父に対して高飛車な物言いをする。

 

「この地域を掃除したい。協力するよな?拒否すりゃ痛い目に」

「家族に手を出すな」

「俺もお前も同じプロテスタントだ」

 

背後から、伯父が大丈夫かと声を掛けてきた。

 

「この辺りは治安が悪くなっている。カネを払うか、汗をかくか。俺はグループのリーダーに選ばれた」とビリー。

 

心配そうに、その様子を見つめるバディと母。

 

「どちらを選ぶか決めておけ、また来る」と捨て台詞を残し、男たちは帰って行った。

 

そんな危うい状況でも、映画を楽しむ一家。

 

「誰かに物を運べとか、伝言とか頼まれても、必ず断れ。必ず母さんに報告しろ」

「わかった」とウィル。

「父さんは明日の朝早いから、お前たちに会えない」

 

その夜、父母が税金の延滞金の支払いの件や、ベルファストからの脱出について話し合っているのを、階段の途中で座り込んで聞くバディ。

 

「街は内戦状態。なのに俺は出稼ぎだ」

 

シドニーバンクーバーのパンフを脱出先として示す父。

 

ベルファストの治安は日増しに悪化していく。

 

「労働者階級の人々が住む地区では、脅迫事件が多発し…」

 

このラジオ放送を準(なずら)えるように、バディの目の前で金を払えない家の息子を脅し、連行するビリーは逆らう者に暴力を振るうのだ。

 

それを見ていたバディに対して、ビリーが脅しをかける。

 

「親父に言っとけ。返事しねえとこっちから行くぞ」

 

バリケードを出て学校へ向かうバディに、ビリーが執拗に返答を迫る。

 

「兄さんにも放課後、会いに来いと」

 

バディは無視して立ち去っていく。

 

そんな重苦しい状況下にあって、テレビで西部劇を見たり、クラスメートの好きな女の子キャサリンに花をプレゼントしたり、モイラに誘われて、お菓子の万引きの片棒を担がせられる羽目になったことで母に激怒されたりという、ありふれた児童期を過ごしていた。

 

「皆、故郷を捨てる」と祖父。

「時代の流れよ」と祖母。

 

時代の変化に動じることなく、普段通りに冗談を言い合う祖父母であったが、炭鉱で働いていた祖父の肺が悪化して、病院へ行くことになった。

 

上司からロンドンに留まり、正社員として家も借りられるという誘いを受けた父。

 

「腕を買われたのね。どうしたい?」

「家族と暮らしたい。お前と」

「あなたと私は、赤ん坊のころからの知り合い。この街に人生のすべてが詰まってる。ご近所の誰もが顔なじみ。それが好きなの。子供たちが遊べる庭?ここなら、街のどこでも遊べるわ。皆があの子たちを知ってて、世話を焼いてくれる。イングランドに行ったら、きっと言葉も通じない。アイルランド訛りをバカにされたり、毛嫌いされたりするわ。だって、ベルファストでは、英軍の兵士が殺されてる。渡したいが歓迎されると?“仕事を横取りしてくれてありがとう”って?」

 

涙ながらに語る母。

 

「状況は変わる」

「そうね。変わってくわ」

「クリスマスまでに決めないと。それまでに決心を」

 

その話を聞いていたバディは、父に声をかける。

 

「戻ってくるよね?父さん」

「母さんを頼むぞ」

 

父が乗ったバスが発車し、最後尾の窓から見つめ続ける母とバディ。

 

二人もまた父を見つめ、静かに見送った。

 

入院した祖父を見舞いに来たバディは、ロンドンに祖父も一緒に来て欲しいと抱きつく。

 

祖母も含めた一家全員で「チキ・チキ・バン・バン」の映画を観ている。

 

それまでもそうであったように、普通の日常を繋ぐ家族の団欒が仮構されているのである。

 

  

人生論的映画評論・続: ベルファスト('21)   有明の月を目指す家族の障壁突破の物語  ケネス・ブラナー    より