蜘蛛巣城('57)  完璧な俳優陣による完璧な構成と完璧な構築力

1  「殿の行く道はただ二つ。じっとこのまま大殿に斬られのを待つか、大殿を殺して蜘蛛巣城の主になるか」

 

 

 

蜘蛛巣城の城主・都築国春(つずきくにはる/以下、国春)の臣下、北の館(きたのたち)の藤巻が、隣国の乾(いぬい)と通じて謀反を起こし、当初、藤巻の形勢有利が伝わると、重鎮の小田倉則保(以下、則保)が、国春に籠城を進言する。

 

ところがすぐに、一の砦(とりで)の鷲津武時(わしづたけとき/以下、武時)と二の砦の三木義明(以下、義明)が奮迅し、敵陣が崩れ、追い戻しているとの報がもたらされた。

 

藤巻は和平を申し入れてきたが、「和議は許さん!」と国春は烈火の如く激怒し、「直ちに手勢を率いて北の館に行き、藤巻を斬れ!」と下知(げち)する。

 

藤巻を成敗した武時と義明は、蜘蛛巣城へ戻る領内で、陽が差していながら雷雨となり、霧深い「蜘蛛手(くもで)の森」の奥深くで道に迷い、そこで歌いながら糸車を回す老婆と遭遇する。

 

「何者だ!人間か?化生(けしょう)の者か?」と義明。

「歌うことができれば、言葉も言えよう」と武時。

「はい。鷲津武時様。一の砦の大将様…今宵から北の館のお殿様。やがては、蜘蛛巣城の御城主様」と老婆。

「戯言はほどほどにせい!」

「こんな目出度いお話に、なぜそのようにお怒りなさるのじゃ」

蜘蛛巣城の主は、わが殿を置いて外におらん!」

「人間はおかしなものよのぅ。自分の心の底を覗くのが怖いのじゃ」

 

矢を射ろうとする武時を義明が止め、老婆に問う。

 

「貴様には現在この眼(まなこ)が見るように、未来のことが見えるのか?」

「はい。三木義明様。二の砦の大将様。今宵からは一の砦の大将様」

「それから先の所領と位は?」

「あなたの御運は、鷲津様より小さくて、大きい」

「それはどういう意味だ?」

「あなたのお子様は、やがて蜘蛛巣城の御城主様」

 

それだけ言い残すと老婆は消え去り、辺りには其処彼処(そこかしこ)に築かれた遺骨の山があった。

 

深い霧の中を彷徨い続ける武時と義明。

 

やがて霧が晴れ、城が見えてきたが、ひどく疲れていたので二人は馬を降りてひと休みしながら、化生の話を笑い話としつつも、満更でもなかった。

 

武時と義明は帰城し、国春から大いに称される。

 

「鷲津武明!今宵よりは、北の館の主(あるじ)じゃ!」

 

武時は国春より、神妙に太刀を受け取る。

 

同じく、三木義明も一の砦の大将となり、老婆の予言通りに事が運んだのだった。

 

北の館の主となった武時は、妻の浅茅から「お覚悟は定まりましたか」と問われる。

 

「いや、俺は悪い夢を見ていた。俺は物の怪(もののけ)に惑わされていた。だが、もう迷うまい。蜘蛛巣城の主などと、そのような大それた望みは…」

「大それた望みなどと仰せられまするな。弓矢取る身に、誰一人それを望まぬ者とてないはず」

「いや、俺はこのままでよい。この太刀の主で大殿に忠勤を励む。分相応の安らかさが好ましい」

「それは、叶いますまい。もし三木義明殿が、蜘手の森の物の怪の予言を大殿に漏らされたら、その時はこのままでは済みません。大殿は自分の地位を脅かす者として、直ちに軍勢をもってこの館を囲むに相違ござりませぬ。殿の行く道はただ二つ。じっとこのまま大殿に斬られのを待つか、大殿を殺して蜘蛛巣城の主になるか」

「主君を殺すのは、大逆だぞ!」

「その後、主君も先君を殺して今の位に就かれた方ではござりませぬか」

「いや、あれは先君が大殿を疑って殺そうとなされたからだ。大殿は俺を信じておられる。この上なく目を掛けて下さる者を…」

「それは、あなたの心の底をご存じないからです」

「俺の心?俺の心には、何もない!」

「それは嘘です」

「馬鹿な!俺は、この館の主で満足しておるのだ」

「もしそれが誠だとしても、それを大殿がお信じになるでしょうか。三木殿からあの予言のお話を聞いても…」

「三木…三木は子供の時から弓矢の友だ。そのような卑劣な真似はせん!」

「出世、功名のためなれば、親が子を殺し、子が親を殺す世の中です。所詮、人に殺されぬためには、人を殺さねばならぬ末世です。わたくしはもう、三木殿が大殿に申し上げてしまったのではないかと、そればかりが心配で…」

「浅茅!人を疑うのもほどほどにせい!」

 

武時が声高に反応した矢先だった。

 

配下より、北の館を囲む林や山影に、夥(おびただ)しい数の蜘蛛巣城の手勢が密かに寄せて来ているという報がもたらされる。

 

武時は血相を変えて刀を手にすると、「大殿の御なり!」と知らせが届き、武時が表に出ると、隊列から笑い声が聞こえてくる

 

隣国の乾を討つために、国春が北の館に隠密でやって来たのだった。

 

そして、先の合戦の功により名誉を取らすと、「武時は先陣の将、  義明は蜘蛛巣城の留守を仕(つかまつ)れ!」と二人に命じた。

 

武時は、これで浅茅の疑り深さに得心がいっただろうと高笑いする。

 

「大殿は、この俺を信じておられる。義明の讒言(ざんげん)などと、疑り怯える心にこそ、物の怪が忍んでおるのだ」

「私は、そうは思いません」

 

それでも浅茅は、なおも大殿を疑う。

 

「…その先出(さきで)の大将は、前と後ろから矢を受けましょう…大殿もお人の悪い。舌の先三寸でこの館を取り上げ、最も信任の厚い三木殿に、危ない瀬を渡らずに済むお城の留守に。そして、憎いあなたを矢玉の中へ。三木殿はお城の高みから、人の好いあなたのご最期を笑って見物なさるでしょう」

 

動揺する武時。

 

その夜、武時の寝所を国春に明け渡したので、護衛の前を通って北の館の配下が、藤巻が自害した血糊で、開かずの間となった部屋を調えに行く。

 

浅茅はこの機を逃すまいと武時を唆(そそのか)す。

 

「あなたは私を疑い深すぎるとおっしゃる。しかし、その私でさえ、あの予言だけはどうしても信ぜずにはおられません…あの予言通りになる手はずが、あなたのお手を少しも煩わさずに、ちゃんと整っているではありませんか…大殿は、自らあなたの手中に飛び込まれたのです。今宵を逃しては、またと再びこのような機会はまいりませぬ」

「しかし、大逆を犯して、なんの面目が立つ…」

「大殿はあなたと信じていると言いながら、則保殿の手の者に警護を任しているのが勿怪(もっけ)の幸いです。痺れ薬の入った酒を警護の者に振舞い、その眠りに落ちたのを見澄まして、大殿を刺し、則保殿の仕業として全軍に振れるのです」

 

浅茅は、鳥が啼(な)く声を「天下かけたか」と聞き、武時の手を引いて、「大望を抱いてこそ男子。蜘蛛巣城を根城に、やがては天下をも望めと、天来の声と聞こえます」と鼓舞する。

 

浅茅は早々に酒を警護の兵士に振舞い、就眠したことを確認すると、藤巻が自害した部屋に移った武時に、自ら槍を持って来て手渡すのだ。

 

浅茅に無言でじっと見つめられ促される武時は、引き攣った顔で笑い声を立て、部屋を出て行った。

 

残った浅茅は、背後の藤巻の血糊が残る床と壁に見て目を背けるが、意を決したように近づき、舞を踊るようにぐるりと回り、自害した場所に跪(ひざまず)いて、じっと見つめる。

 

事を終えた武時が後ずさりしながら部屋に戻ると、浅茅は、荒い息で放心状態のまま握り締めた血の付いた槍を取り上げ、警護の一人にその槍を掴ませるのだ。

 

部屋に戻った浅茅は、大殿の血の付いた手を洗うと、未だ放心状態の武時を尻目に、走って館の門を開き、「狼藉者じゃぁ!」と叫び声をあげる。

 

俊敏だった。

 

その声で我に返った武時は、「大殿の大事ぞ!!」と大声で手勢を呼び、槍を持った警護兵士を「逆賊!」と刺し殺していく。

 

かくして、合戦の火蓋(ひぶた)が切られた。

 

国春の息子・国丸は、「武時の謀略」と見抜き、討ちに行こうとするが、濡れ衣を着せられた国春の重鎮・則保が、短慮はいかんと、逸(はや)る国丸を諫(いさ)める。

 

その二人は、義明が守る蜘蛛巣城へ戻って開門を求めるが、門は閉められままで、中から矢が放たれた。

 

その様子を見た武時は、逃げる則保と国丸を追い打ちしようとする配下の兵を制止する。

 

「義明の真意が分からぬうちは、滅多に動けん。大殿亡き後、このまま城に居座る所存となれば、義明こそ、まず当面の敵じゃ」

 

義明が門を開けなければ、大殿の棺をもって開門を要求するようにとの浅茅からの伝言の通りに、武時は辺りを警戒しながら棺を担いで蜘蛛巣城へ進軍する。

 

城の門が開き、義明と武時は互いに腹を探り合うように無言のまま対面し、二人並んで入城していく。

 

「奥方はどうなされた?」と武時が訊ねると、「仇に城を与えるのをこの目で見たくない」と自害したと義明が答える。

 

「蜘蛛手の森の物の怪は、よう言い当てたのう。大殿亡き後、乾の輩はきっとこの城を狙っている。よほどの業の者だ。まずもって、お主ほどの力がのぅては、この城は守れん。大評定の座で、俺はこの理(ことわり)を皆に伝える所存だ…いずれ、ゆるりと話そう」と義明。

 

かくて、「弓矢の友」の運命の終焉が近づいていくのだ。

 

人生論的映画評論・続: 蜘蛛巣城('57)  完璧な俳優陣による完璧な構成と完璧な構築力 黒澤明