Focus('96)  井坂 聡 <暴走するメディア― それを転がす者、それに転がされる者>

 一台のテレビカメラが、様々なアングルから映し出されていく。

 「ソニー」製の文字が見える大型のカメラは、まるで一つの生き物のように、それが本来の獲物を捕らえる利器の役割を逆転させて、自らが被写体となって晒されていく姿は異様ですらあった。

 そのモンスターの如き利器は、今度は本来の存在様態に復元して、獲物の如き被写体を舐めるように捕捉していく。その間、「Focus」というキャプションがさり気なく挿入され、映像の展開は繋がっていく。
 
 今、獲物の如き被写体になっているのは、一人の青年だった。
 
 眼鏡をかけたその青年は、自分を絶えず捕捉するカメラを意識して、自分の顔にモザイクをかけてもらえるように、傍らのテレビディレクターに繰り返し念を押していく。青年はディレクターの前に、小さな携帯用の無線機をカメラに映るように差し出して、取材を受けていく。
 
 「職業は?」とディレクター。
 「今はフリーターです」と青年。
 「アルバイト?」
 「ええ」
 「どんな?」
 「ええ、ガソリンスタンドとか、警備員とか・・・」
 「今、景気悪いんでしょ?」
 「まあ、不況ですから・・・」
 「あのね、そのバイト先にその無線機とか、持って行ったりするわけ?」
 「これは持っていきます」
 「バイト先の人にバレたりしない?」
 「バイト先では、聞いてないですから。ただ行き帰りの電車とか、そういうのでは聞いています」
 「あのう、その電車の中なんかでねぇ、例えばどんなものが入ったりするわけ?」
 「JRの無線とかで、例えば、事故とかがありますよね。そうすると事故の情報が入ってきて、何かこう、ここで事故があったのかって・・・」
 「でもそういうのって、聞いてて罪にはならないのかな?」
 「聞いている分には罪にはならないと思います。それをこう、誰かにペラペラ喋ったりしたらまずいと思うんだけど・・・」
 「他には?」
 「電車の中とかで、ですか?・・・僕の場合はボーダレスフォンとか、自動車電話とかが殆んどです・・・」
 
 ここで一旦、ディレクターはカメラを止めさせて、今度はその無線機をアップで撮っていく。その無線機から他人の会話の声が入ってきて、明らかにそれが盗聴器としての役割を果たす利器であることを示したのである。

 ディレクターは、「他にも何か聞けるかな?」と青年を促して、青年はその要求に答えていく。今度はテレクラでの会話の様子が聞こえてくる現実を目の当たりにして、ディレクターは青年に、より強い関心を抱いていくのである。

 青年の名は、金村。ディレクターの名は、岩井。

 その岩井が金村に、質問を繋いでいく。
 カメラは金村青年の顔の下半分をのみを映し出していた。この映像は、どこまでも向こう側にあるカメラの目線で動いていくのである。
 
 「無線マニアになったきっかけとか?」
 「中学の頃に・・・」と話し始めた青年は、友人が警察無線を盗聴していることに影響を受けて、興味半分から盗聴マニアになっていったことを話した。「自分が警察になった気分」が、「快感」であると漏らしたのである。

 「いつ頃から、本格的にのめり込んじゃったって感じ?」と岩井。
 
 金村青年はその問いに対して、高校時代にお金を貯めて、広い範囲を聞き取れる機器を購入し、一日中聞くようになって以来、と答えていく。どんなものが聞き取れるかという岩井の問いに、金村は、コードレス、自動車電話、パーソナル無線、盗聴器、航空無線などが盗聴できると答えたのである。
 
 「そういうの聞いていて、得することってあるのかな?」と岩井。
 「人が知らない情報を自分だけ知ってるじゃないですか。そういう部分の優越感とか、そういうのありますね。あとはまあ、電話だと皆、聞かれてると思わないじゃないですか。それで結構、滅茶滅茶言ってたりしてるんですよ。それで何か、ウチの近所のおばさんだと思うんですけど、僕のこと、変質者だと言って・・・言ってやがったりして」
 「君のこと、知ってる人?」
 「近所のババアですよ、多分。それからもう、ウチではコードレス聞かなくなりましたけどね」
 
 金村が既に近所から変質者っぽい青年であるという噂が立っていて、それを本人も認めていることを岩井は確認した。青年は近所の者と没交渉になっていながら、「だから会ってもシカトですよ」と開き直って、現在の生活を維持していたのである。 
 
 「疚(やま)しいと思わない?」
 「でも、それはないっすよ。勝手に皆電波流していて、勝手にこっちが電波キャッチするだけですから。聞かれたくなかったら、だって流さなきゃいいんだもん」

 更にディレクターは、金村の盗聴の体験などを聞いていく。

 青年は無線機を使って悪用した経験がないと答えつつも、一つの印象的なエピソードを話した。それは、青年のアパートの真向かいに住む女子大生らしき居住者のところに盗聴器が仕掛けられていたという話。

 勿論、自分が仕掛けたのではないことを強調するが、岩井の「じゃあ、誰が仕掛けたのかな?」との質問に、金村は女子大生の父ではないかと答えたのである。このような出来事が日常的に起こっていることを、青年は示唆したのである。

 テレビクルーは、今度は金村をバスに乗ってもらって、そこでの取材を試みる。ところがその取材に気づいた中年男が執拗に絡んできて、取材の継続が困難になった。その中年男は腹いせからか、他の乗客に絡んで殴られる始末。クルーらは金村を伴ってバスを降り、取材車に乗り換えた。
 
 「警察が来るまでいた方が良かったんじゃないですか?」とADの女性。
 「いいよ。あんなのに関わったら、後々面倒なんだって。大したことないって、あれくらい」とディレクター。

 どこまでも、この男は自己本位的である。彼には金村の盗聴取材のみにしか関心がないらしい。

 金村の盗聴器の具合が悪いことから、家にある別の盗聴器を取りに帰ろうとする金村に、岩井は青年のアパートの取材を申し出た。自宅を撮影されることを嫌がる金村を強引に説得し、彼をアパートまで車で連れて行ったのである。

 金村のアパートの前に、岩井とADの女性がいて、まだ映像に顔を出さないカメラマンが、金村と彼のアパートを勝手に撮り続けている。岩井の本当の目的は、金村の部屋の中にカメラを入れることだった。その間、そのことを拒み続ける金村と岩井との簡単な言葉の応酬があって、結局、金村が望んだように、車の中の盗聴の取材をすることに落ち着いたのである。
 


(人生論的映画評論 /Focus('96)  井坂 聡 <暴走するメディア― それを転がす者、それに転がされる者>)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2008/11/96_29.html