浮雲('55) 成瀬巳喜男 <投げ入れる女、引き受けない男>

浮雲」―― それは多分に諧謔性を含んだ一連の成瀬作品と明らかに距離を置くような、男と女の過剰なまでに暗鬱なる情念のドラマである。

 大体、ここまで男と女の心の奥の襞(ひだ)の部分まで描き切った映画が他にあっただろうか。

 時代がどのように移ろうと、男を求める女の気持ちが変わらないばかりに、時には冷笑し、弄(もてあそ)び、突き放し、惰性に流されていく小心で凡俗な男に縋りつくことを止められず、どこまでも狂おしいそんな自我を曝(さら)して生きた、痛々しいまでに哀切な女の振幅の記録。

 映像の大半は、この男と女の遣る瀬無い表情と、発展性のない会話に埋め尽くされる。滅入るような描写の連射に終りが来ないのだ。そんな天晴れな表現宇宙に脱帽する外なかった。
 
 
(人生論的映画評論/「浮雲('55) 成瀬巳喜男 <投げ入れる女、引き受けない男>」より抜粋)http://zilge.blogspot.com/2008/10/blog-post_19.html