古刹・古社・名園の春秋

 ここで、私が最も印象に残っているビューポイント。

 それは、新座市野火止にある、臨済宗妙心寺派の禅寺として著名な平林寺である。

 自宅のある西大泉から、上り坂の多いこの古刹まで、30分近くの時間を要して、運動がてら、私は自転車に乗って繰り返し訪ねている。

 国指定天然記念物に指定されている「平林寺境内林」の自然美を誇る、この禅寺が魅力的なのは、比較的静かな佇まいの内に季節の花が咲き、情趣溢れる古刹が見せる、殆ど無秩序な都会の喧騒と無縁な別天地の印象を鮮明に残すからである。

 早春のウメ、マンサクから始まって、陽春の枝垂れ桜やソメイヨシノが満開になる。

 やがて、新緑となる季節の変容と、四季折々の色彩の美しい移ろいをを見せてくれるこの古刹は、引きも切らない拝観者を決して飽きさせることはない。

 とりわけ、この古刹の敷地内に特化された価値でもあるかのように、寺域一帯に広がるクヌギ,コナラを主体とする雑木林は、武蔵野の面影を色濃く残す原風景を思い起こさせてくれるのだ。

 季節が変り、緑が深くなる真夏の平林寺は、さながら避暑の限定スポットとなり、森全体が束の間の涼気を与えてくれるのである。

そして晩秋。

 入母屋造茅葺の楼門である、堂々とした山門を目立たせるかの如く、これ以上ない借景として、黄紅葉に染まった古刹の風景は、晩秋の京都を彷彿させるものがあり、その色彩美に嘆息するばかりである。

 晩秋の京都がそうであるように、この季節になると拝観者の人波を縫って散策する煩わしさがあるが、総門から山門、更に、仏殿までの参道が黄紅葉のロードと化す風景美は比類がないほどだ。

 そんな晩秋の短い季節が終わるや、私の最も好きな冬が来る。

 冬の平林寺。

 ここには、その写真が収められていないが、南関東に初雪の便りが届く頃、私の胸は騒いで止まなくなる。

 午前9時の拝観時間に合わせて、雪の降る中を、私は自転車を漕いでいく。

 雪の平林寺の幻想的な風景がそこに広がっていて、雪化粧した茅葺き屋根の納屋に行き来する修行僧の、吐く息の白さを目視するとき、この特定的なスポットが禅僧の修行道場である現実を再確認し、まさに厳しい冬の幽玄さこそ、この異界の如き世界に見合った古刹の原風景のイメージに重なるのである。

 私にとって最も足繁く通った古刹の印象は、今でも脳裏に焼き付いていて、四季を通じて人気の高い京都とは違って、そこだけは静寂な雰囲気を醸し出してくれるのである。

 そして、晩秋の小石川後楽園

 現在、文化財保護法に基づく「国の特別史跡及び特別名勝」に指定され、神田上水の分流を引き入れ築庭された、水戸光圀ゆかりの名園として著名な小さなスポットは、何と言っても、素晴らしい紅葉美を見せてくれる絶好のビューポイントである。

 殆ど真紅の色彩が、11月から12月にかけて、一斉に萌え広がる風景美は、言葉に言い表せないほどだ。

 訪ねる観光客の少なさが、この晩秋の名園を、知られざる紅葉スポットとしての価値を高めているのだろう。

 特に、この庭園の中心的景観である「大泉水」や、「内庭」の周囲を彩るイロハモミジは、黄褐色から朱色に変色して散る紅葉美の素晴らしさにおいて印象深い。

 早春に咲くロウバイサンシュユや、ソメイヨシノ、枝垂れ桜が絢爛に咲き誇る陽春の季節こそ観光客の洪水になるが、どうやら、「紅葉の名園」というイメージが浸透していないらしく、その静けさは、名園を囲繞する都心の喧騒と切れていて、その不思議なコントラストに驚きを禁じ得ないのである。


[ 思い出の風景/古刹・古社・名園の春秋  ]より抜粋http://zilgf.blogspot.com/2011/07/blog-post_18.html