世界最古の洞窟壁画 3D 忘れられた夢の記憶(‘10)  ヴェルナー・ヘルツォーク <「全身最適戦略者」のクロマニヨン人の圧倒的な強かさに思いを馳せて>

イメージ 11  宗教的儀式の色彩を纏った風景が包摂する、洞窟壁画というアートの世界で滾った、時空を越えた文化のリレー



「これらの絵こそ、長い間、忘れられた夢の記憶だ。この鼓動は彼らのか?我々のか?無限の時を経た彼らのビジョンが、我々に理解できるだろうか。この風景にはメロドラマの香気がある。まるでドイツロマン主義絵画だ。それが、彼らとの接点なのか。この風景から創造の霊感を受けるのは、ロマン派の芸術家だけではない。旧石器時代の人々も、“内的風景”を感じていた。だからこそ、この周辺に洞窟がたくさん作られたのだ」

ニュー・ジャーマン・シネマの代表的監督・ヴェルナー・ヘルツォーク監督のナレーションである。

1994年12月、3万2千万年前の洞窟壁画が、3人の洞穴学者によって南フランスで発見された。

発見者の名に因んでショーヴェ洞窟と命名された、その洞窟の奥に広がる壁画は、描かれた時代に隔たりがありながら、最古のものは、1万5千年前のラスコー洞窟より遥かに古いことから、忽ちのうちに学者や研究者の耳目を集めるに至った。

洞窟壁画は外気に触れると浸食が進み、劣化してしまうため、現在では、フランス政府の厳しい管理下に非公開の状態が保持されている。
 
そんな状況下で、ヘルツォーク監督を筆頭に、撮影日数は1日4時間で計6日間、更に4名限定の撮影クルーという制約の中で、プロ意識の抜きん出た者たちによる撮影が敢行された。

壁画を含めた洞窟総体の立体感をを観客に届けるという使命感の下、最新の3Dカメラの使用に踏み切り、そのフォーカスを暗闇の中でコントロールしつつ、ピントを合わせるという困難な状況の指揮を執って、画期的なプロジェクトを具現したのが本篇である。

スタンプや吹き墨(口に含んだ炭を壁に吹き付ける)という技法の使用によるショーヴェ洞窟壁画の中で、現在確認されている動物はおよそ260点。

そこには、現在のヨーロッパにおいて既に絶滅した野牛など、13種類の動物が描かれていると言う。

以下、ヘルツォーク監督の質問に的確に答える、ジャン=ミシェル・ジュネスト氏(ショーヴェ洞窟調査プロジェクト責任者)の言葉に聞き耳を立てていこう。

「3万5千年万、ヨーロッパは氷河に覆われていました。そのため、気候は寒冷で乾燥してましたが、太陽の光に溢れていた。川岸にはケブカサイやマンモスが生息しており、森にはメガロケロスという鹿や、馬、トナカイ、野牛、アイベックスやレイヨウなど、生物が溢れていました。生物量の豊かさは、人類の進歩だけでなく、肉食動物にも重要です。ここには、ライオン、クマ、ヒョウ、オオカミ、キツネがたくさん生息していて、それら肉食動物の仲間にヒトがいたんです」

ヘルツォーク監督の質問は続く。
 
「洞窟内で火を起こしてたね。彼らは、自分の影を壁の絵に投影していたのだろうか」
「火は絵を見るために必要ですし、火の回りで踊ったりもしたでしょう。揺れる炎を通して見ると、影と踊る人々の姿が想像できます」


暗い洞窟内で、火起こし、揺れる炎を影として、限定されたスポットの回りで踊っていたクロマニヨン人の躍動感がイメージされる絵柄は、もう充分に、マンモスの狩猟などで厳しい氷河期を生き抜いてきた彼らの漲(みなぎ)る生気を髣髴(ほうふつ)とさせる。


「洞窟にいた人々の存在は、影のように消え去った。あちこちにクマの骨が。ホラアナグマの頭骨だ。マンモスやケブカサイ同様、氷河期に生息し、はるか昔、地上から姿を消した種族だ。ここにある骨の堆積に、ヒトの骨は一つもない。ヒトは洞窟に住まなかったと、専門家は断定する。洞窟には絵を描くときと、儀式のときだけは入った」(ヘルツォークのナレーション)


壁画と宗教的儀式に限定された洞窟内でのクロマニヨン人の営為こそ、自然と溶融した彼らが固有の文化を持ち、時間に追われる現代人とは明瞭に切れ、気の遠くなるような時間のスパンを越えて、それを繋いでいった彼らの、果てしなき連続性を結ぶ時空の眩き舞いを感受させるのだ。
 
因みに、ミシェル・フィリップ古生物学者によると、洞窟は骨の保存に適した環境のため、99%がホラアナグマの骨であることが確認されている。

その洞窟壁画の調査で、驚くべき事実が判明した。

一連の馬の壁画が、たった一人によって描かれていたという事実である。

旧石器文化の研究者によれば、壁面に残された手形から、その人物が取った体勢や動きを特定できたのである。

即ち、全ての手形の画家が同一人物であることが判明したのである。

身長は、およそ1メートル80センチ。

今から、3万2千年以上前に洞窟にいた人物の、小指が少し曲がっているという一点で確認できたのである。

「この茫漠とした時間と無名の画家たちの中から、一人だけ特定できる画家がいる」(ヘルツォークのナレーション)ことの驚きに、ハイテクの技術で解明する私たちの文明の底力を認知せざるを得ないのだ。

もう一点。

馬のすぐ傍にも、重なるように動物の絵が描かれているが、上の絵と下の絵が5千年も隔たっていたことだ。

この気の遠くなるような5千年の時間の隔たりに、宗教的儀式の色彩を纏(まと)った風景が包摂する、洞窟壁画というアートの世界で滾(たぎ)った、時空を越えた文化のリレーが確認されたのである。
 
 
(人生論的映画評論・続/世界最古の洞窟壁画 3D 忘れられた夢の記憶(‘10)  ヴェルナー・ヘルツォーク <「全身最適戦略者」のクロマニヨン人の圧倒的な強かさに思いを馳せて>)より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2013/09/3d-10.html