U・ボート(‘81) ウォルフガング・ペーターゼン <奇蹟の生還から、壮絶なラストシーンへの反転的悲劇のうちに閉じる映像の力技>

イメージ 11  全身全霊を賭して動く人間の裸形の様態を描き切った大傑作



本作は、「戦場のリアリズム」が開いた極限状況の中で、不安に怯え、恐怖に慄きながらも、それでも、生還せんと全身全霊を賭して動いていく以外にない人間の裸形の様態を描き切った大傑作である。

声高に反戦のメッセージを張り付けることもなく、ただ、「出口なし」の閉鎖系の限定的スポットの中で呼吸を繋ぐ将校、下士官、兵士たちの内面の揺動を映し出すことで、充分に観る者への鮮烈なメッセージに昇華する作品の凄みは、恐らく、もう、これを越える作品が配給され得ないと思わせるほどの腕力があった。

そこには、一部の偏狭な映画作家が描くエクストリーム・シーンの連射とは完全に切れて、底気味悪いナルシズムはおろか、ハリウッド流のヒロイズム、センチメンタリズムなどの不気味なまでに心地良い描写など、その一切がかなぐり捨てられていた。

これは、私が最も評価して止まないテレンス・マリック監督の「シン・レッド・ライン」(1998年製作)と双璧を成す程に、「戦場のリアリズム」を徹頭徹尾、内側から凝視し、描き切った映画史上に残る奇蹟的な傑作である。

全く文句のつけようのない、絶賛に値する映画というのは、このような作品にこそ相応しだろう。

以下、簡単に時代背景を書いておく。

 ―― 1941年秋、ドイツ占領下のフランスのラ・ロシェル軍港。

英国の糧道を断つために、ヒトラーが期待をかけた潜水艦部隊は、続々と大西洋に出撃していった。

だが敵護送船団も、日々に強化されていたのだ。

ドイツ潜水艦乗組員4万の内、3万が帰還しなかった。

これが、冒頭のキャプション。
 
本作のドイツ潜水艦・U-96の任務は、英国の糧道を断つ戦略の一環として、大西洋を航行する英軍の輸送船を撃沈することだった。

従って、海上輸送網の切断を目途にして、通商破壊戦に投入されたボート出撃によって多大の成果を収めたのは緒戦の段階であり、1942年段階での状況では、護衛艦隊による護送船団方式の戦略や、航空機や艦艇による哨戒活動の強化などで致命的な損害を被るようになっていく。

但し、1941年秋の時点で、ドイツ、イタリアは、アメリカに宣戦布告(正式には12月11日)していなかったので、映画の時代背景は、その前夜ということになる。



2  水圧とソナーの機械音が炸裂する、「出口なし」の閉鎖系スポットの恐怖



占領地フランスのラ・ロシェル軍港から出航して45日目。

U-96は、夜の闇の中で、港から出て来た敵の商船団を発見した。

天敵である駆逐艦護衛艦も見えない。

「いいカモです」

発見した男の言葉である。

「やってみるか」
「やってみましょう」

艦長との短い会話で、全てが決定された。

緊急潜航したU-96は、2キロメートルの距離から魚雷を発射する。

艦長は商船2隻の撃墜を確認する。

「やった!大成果だ!」

ところが、喜んだのも束の間だった。

捕捉し得なかった敵の駆逐艦から爆雷攻撃を受けるに至る。

「全速前進!」

駆逐艦の射程距離から離れる以外になかった。
 
ぎしぎしと軋(きし)むような、駆逐艦から発せられる執拗な潜水艦探知のソナーの機械音に、艦内は物音を立てず、じっと不安に耐えている。

狭い艦内に押し込められたような乗組員の表情に、滝のように流れる汗が頬を伝わってきて、緊張感はピークに達する。

「音を立てるな。さとられるぞ」

息を凝らして、危機回避を待つ乗組員たち。

微速前進するU-96。

夜の海の静謐な世界で、潜水艦と乗組員は一体化しているのだ。

全ての乗組員もまた、一連托生と化している。

運命を共にする以外の選択肢を持ち得ないのである。

その沈黙を狙い澄まして破っていく爆雷攻撃の連射。

「左舷に浸水!」

怒号が飛ぶ。

艦内に火災が発生し、それを直ちに消火する。

酸素ボンベまで用意される。
 
 
「呆れるね。しつこく調べやがる」

駆逐艦からの執拗なソナーに、艦長は嘆息を漏らすばかり。

再び長い沈黙が流れるが、駆逐艦の位置は変化しない。

駆逐艦から気付かれぬように離脱を測り、U-96は潜水していく。

ところが、別の推進機音が捕捉され、急接近して来るのだ。

「増援か・・・」と呟いた艦長は、厳として命じた。

「もっと深く潜れ

事前の耐圧テストで 160メートルまでの安全性を確認していたが、今、この危機の渦中で200メートルを超えていく。

好奇心も手伝って、U-96の取材に同乗したに過ぎない海軍報道班員・ヴェルナー中尉の表情から、すっかり生気が消え、今や、特殊な戦場での苛酷なリアリズムの洗礼を受けている。

水圧で軋む音が大きくなってきたとき、突然、凄まじい音が炸裂した。

ボルトが飛んでしまったのだ。

U-96の潜水深度が230メートルを超えた時だった。

水圧とソナーの機械音と、この炸裂によって船内はパニック状態になった。

「150メートルまで浮上!全速前進!」

艦長の命令も行き届かない。

水漏れを防ぐためのパッキングが壊れて、浸水事故が続くのである。

輪状の金具であるフランジが折れ、U-96という名の鋼鉄の砦の脆弱さが露呈されていく。
 
 
(人生論的映画評論・続/U・ボート(‘81) ウォルフガング・ペーターゼン  <奇蹟の生還から、壮絶なラストシーンへの反転的悲劇のうちに閉じる映像の力技>)より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2013/11/u81.html