人は、なぜ怒るのか

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1  オスたちの「怒り」を吸収するボノボのメスの結束力
 
 
  
ボノボという霊長類がいる。
 
感情移入能力が最も高いと看做(みな)されている大型類人猿である。
 
コンゴ民主共和国の保護区に2万頭が生息し、チンパンジーに一番近い類人猿(ヒト科チンパンジー属)である。
 
興味深いのは、人間とチンパンジーが共通の祖先から分かれた約600万年以後、ボノボチンパンジーから分かれ、そのチンパンジーと同様に父系制集団でありながらも、メスが集団を出ていくという観察記録があることだ。
 
これは、オスたちには血縁関係があり、メスたちには血縁関係がない事実を示している。  
 
ところが、血縁がないメスたちの方が、オスたちよりも地位が高いのだ。
 
チンパンジーでは見られない現象が、ボノボで起きている最大の原因は、血縁をも超える強い結束の手立てを、メスたちが作り出したからである。
 
メス同士の性行動・「ホカホカ」である。
 
メス同士が抱き合い、見つめ合って、腰をリズミカルに左右に振り、性的に興奮する。
 
チンパンジー属のみに見られる「性皮」(性器の周りの皮膚で、これが赤く大きく腫張する発情期に交尾を行なう)を擦(こす)り合わせるから、「性器こすり」と呼ばれている。
 
チンパンジーボノボも、より深い快楽を体感する術を心得ているのである。
 
更に、ボノボのメスは、発情していないのにオスと交尾することができるので、それによって、オスたちの不毛な争いを回避させることに成功しているという驚嘆すべき事実が分かっている。
 
全く人間と同じである。
 
強い結束力を発現を示すことで、小集団を支配するメスの存在感の決定的な大きさ。
 
他人への気配りが上手なボノボの利他的、且つ平和的行動は、メスの結束力によって、不毛な争いを生むオスたちの「怒り」を吸収し、思いやりの心を自然に育てていくのである。
 
同族であっても殺すことを厭わないチンパンジーと異なり、ボノボはコミュニケーションによって同族間での緊張状態を緩和する。
 
また、相手の欠伸(あくび)がうつる「伝染性の欠伸」が、チンパンジーボノボで見られるが、この行動は進化した動物のみが持つ、感情の共有を示す現象である。
 
ボノボの性質が人間の進化の謎を解明?」(ナショナルジオグラフィック)によると、文化・教育が重要な役割を果たしてきた人間の利他的行動と違って、ボノボの場合、その寛容さ・利他的な行動は遺伝子によって引き起こされていると言われているが、未だ不分明である。
 
どうやらボノボには、「争いを避ける」本能が働いているようだ。
 
他の動物と比較する術がない、ボノボという動物への興味が尽きないが、今後の観察・研究の成果に期待するばかりである。
 
―― 途轍もなく長い進化の過程の中で、ボノボは今まさに、数万年後の進化(或いは、淘汰・絶滅)への遷移の渦中にあると考えられなくもないが、ゲノムの1パーセントをボノボから受け継いでいるという、生物学的アプローチを強調しても意味がないので、少なくとも、ボノボと人間に共通する、「物を分け合う協調性」を重んじる習性と、「利他的行動の質の高さ」は貴重な観察記録である。
 
但し、集団外の脅威に立ち向かうために、競合的な社会を築いているチンパンジーの場合、隣接群とは熾烈な敵対関係にあり、時には、集団間で殺し合いの戦争に発展することが確認されている。
 
競合的な社会を宿命づけられたチンパンジーは、争いの頻度が低く、集団内に限らず、食物分配が頻繁に見られ、遺伝的に「平和社会」を繋ぐボノボ以上に、集団としての協力行動は抜きん出ている。
 
それは同様に、ヒトに一際(ひときわ)目立つ、「協力」と「戦争」という二つの対極の側面が、単純に「正邪・善悪」の論理で一刀両断できないリアリズムを示唆していると言える。
 
人間の場合もまた、集団協力行動を特化する「文化」を発達させてきたリアリズムを、チープなヒューマニズムによって、「正邪・善悪」をジャッジする愚を戒めなければならない。
 
守るべきものを、守り抜けるから進化するのだ。
 
大型肉食獣のような破壊力を持ち得なかった霊長類は、集団の結束力こそが、個体が生き延びていく唯一の手段だったということ ―― これに尽きるだろう。
 
 

心の風景 人は、なぜ怒るのか よりhttp://www.freezilx2g.com/2017/05/blog-post.html