1 「大事なのは、腹割ることです。僕は、奥さん、助けたいんですよ」
下町の河川敷に建てられたみすぼらしい破(やぶ)れ屋。
人の気配はない。
そんな下町で印刷業を営む小林家には、主人の幹夫(みきお)と妻・夏希(なつき)、そして前妻の娘・エリコと出戻りの妹・清子(せいこ)が住んでいる。
父の三回忌の法事から帰ると、町内会の敏子が、「犯罪防止キャンペーン」の回覧板を持って、幹夫のところにやって来た。
「ほんと、増えてるらしいんで。空き巣とか犯罪。ほら、外国人のとか。危ないんですよ」
「本当ですかぁ?」
「知らないけど、そうなんじゃないんですか」
更に、ホームレスが増えている河原(先の河川敷の破れ屋)の美化運動の署名を求められ、幹夫はサインする。
エリコは、最近いなくなったインコのピーちゃんを探す張り紙を幹夫に印刷してもらい、清子と一緒に町内会の掲示板に貼りに行く。
その直後、一人の男がその張り紙を剥(は)がし、小林家を訪ねて来た。
駅の広場でインコを見たというその男は、かつて、小林印刷に資金援助してくれた資産家の加川の息子、加川花太郎であると名乗る。
それは、あまりに唐突だった。
従業員の山口の体調が悪いために、この加川が住み込みで働くことになったのだ。
町内会の見回りから帰って来た清子が、幹夫に不服を言う。
「ずいぶん急じゃない」
「今のアパートが立ち退きで、部屋探してるらしいんだよ、ちょうど。あれ、嫌?」
「いいけど、相談してよ。私だってこの家住んでるんだから」
「ああ、ごめんな」
「あたしの部屋だって、勝手に夏希ちゃんの部屋になってるし」
「だって、2年で戻って来るって思わないだろ、普通」
「でも、女住まわせるなら、一言あってもいいんじゃないの?普通」
「女とか、言うなよ…」
山口の入院見舞いの帰りに3人でスーパーに寄ると、幹夫は生後8か月の子供を連れた元妻・章江(あきえ)とばったり出会(でくわ)す。
久々に再会したエリコは章江の家へ行き、小林と夏希が家に戻ると、突然、外国人の女性がタオルを巻いた姿で風呂から出て来た。
これも唐突だった。
加川が帰って来ると、彼女は妻のアナベルで、ブラジルから来日して5年になり、サルサ(ラテン音楽)のダンスを教えていると、夕食の団欒の場で、加川は小林家の一同に紹介する。
章江が送りに来たエリコを、幹夫を清子が玄関に迎えに行くと、出し抜けに、加川が夏希に話す。
「僕たちね、実は偽装結婚なんすよ…ウソ、ウソ、冗談ですよ。嫌だな、真に受けて、もう…まあ、一つよろしくお願いします。迷惑かけないから」
呆気に取られる夏希。
その夜、隣の部屋から加川とアナベルの喘ぎ声(よがり声)が聞こえてくる。
喘(あえ)ぎ声で眠れない幹夫は、今日会った章江が夏希を見て安心したという話をしながら、夏希に迫って来るが、「やめて!」と大きな声で拒絶されるのだ。
翌朝、洗面所で清子が歯磨きをし、続いて幹夫が歯磨きを始める。
【リピートされるこの構図は、小林家の日常性として記号化されている】
留学資金を溜めるためにパートを始めるという清子は、本当ならもっと楽になっていたと金銭的な不満を漏らす。
「俺が再婚したのが悪いのか」
「そうは言ってないでしょ」
そこに夏希がやって来て、清子と朝の挨拶をして歯磨きを始める。
出勤する清子と挨拶する敏子は、小林家の2階の窓際に立っている上半身裸のアナベルを、驚きながら見上げるばかり。
アナベルが外でダンスを教えてもらっているエリコに、英語のレッスンを呼びかける夏希。
夏希はエリコに「先生」と呼ばれ、以前より英語を教えているのだが、夏希が2階に上がった隙に、代わってアナベルが、エリコに発音を教えていた。
繰り返される不意打ち。
一週間休みを取りたいという加川の申し出を許可したことに、夏希は幹夫に不満を垂れるのだ。
「ちょっと勝手なんじゃないんですか?」
「そうかな」
「それに奥さん、アナベルもちょっとね。目立ちすぎるのよ。近所で噂になってるんだから。ちょっと言いにくいけど、辞めてもらうか、せめて、家を出て行ってもらった方がいいんじゃないですか?」
「そんな急に住み始めたばっかりで、言えないよ。アナベルだって、いい人じゃないか」
「何かねえ」
そこに加川が2階から降りて来ると、二人は愛想よく挨拶する。
そこに、インコを探しに行って、鳥籠を持ってエリコと帰って来た夏希は、2階から声が聞こえてくるので上がっていくと、幹夫がアナベルにダンスを習っているところだった。
夏希に代わって英語を教そわるエリコを、インコ探しに誘い、夏希が鳥籠を持って出て行くと、旅行から帰って来た加川も後を追って探しに行く。
双眼鏡でインコを探す加川は、小林の家の方を覗くと、幹夫とアナベルが裸で抱き合っているところだった。
何か見えるかを聞く夏希に、面白いものが見えると勧めるが、それを断られた加川は、双眼鏡を見ながら言い放つ。(既に夏希には、「面白いもの」の正体を把握している)
侵入者の奇襲が止まらない。
「奥さん、会社の金、横領していますよね」
「え?」
「小林印刷の帳簿とか、色々調べさせてもらったんですけどね、計算が合わないんですよ。毎月10万ぐらいずつ、どっかに消えてる。幹夫さんは知らないでしょうね。会計は奥さんが全部、管理してんだから」
「あたし、知りません」
「奥さん、時々家抜けて、人と会ってますよね」
「知りません」
「いえいえいえ、本間タカヒロ29歳。無職。婦女暴行で服役歴あり」
幹夫に報告するという加川に、「奥さん次第です」と言われた夏希は逃げようがなく、重い口を開いていく。
「あの男は兄です」
「お兄さん、いたんですか?それは、幹夫さんは?」
「知りません」
「それはまた何で?」
「恥ですから」
「ああ、分かりますけどね。あれだけ立派な経歴だから」
「でも、違うんです。彼とは腹違いで、育ってきた場所も全部。だから、違うんです。あたしたちとは」
「はははは、OK、OK。大事なのは、腹割ることです。言ってしまえば、大したことないでしょ。僕は、奥さん、助けたいんですよ…よし、じゃぁ、行きましょ」
夏希は喫茶店で腹違いの兄と会い、用件を話す。
「もう、お金払いたくないんです。ごめんなさい」
「ちょっと、夏っちゃん、止めてよ。ごめんね。俺も悪いと思ってんだけど、ほんと、ごめん」
「もう、連絡してこないでくれますか」
「分かった。もう行かない」
「本当?」
「でも、僕も今、お金ないし、借金もあるし、悪いとは思うけど、君しか頼れないんだよ…これが最後。最後に、もう10万だけ」
5万円しかないという夏希が、財布からお金を出そうとするところで、加川が本間の前に現れた。
隣の席に座って脅し、話をつけると言って、夏希を先に返すのだ。
帰路、夏希に好意を持っている仕事の客から声をかけられ、ライブのチケットをもらう。
家に戻ると、加川から電話が入り、「二度と脅さない、借金も自分で何とかするという、誓約書にサインする」と約束させたと連絡を受けた。
ところが、加川は兄を小林家に連れて帰り、仕事がないので、印刷所で働かせると言うのだ。
困惑する幹夫に対し、加川は妻と寝たことを質し、有無を言わせない状況に追い込んでいく。
「とにかくあなたは、私の妻と姦通した。そういうことですよね」
「すいません、すいません、あの、妻には…」
夏希もまた、兄が働くことになり、困惑が広がるばかり。
翌日から加川は、自分が社長のように振舞い、勝手に原料を増量して業者に発注するのである。
主従関係が反転してしまったのだ。
人生論的映画評論・続: 歓待('10) 群を抜く、「決め台詞」と叫喚シーンを捨て去った映像 ―― その鉈の切れ味 深田晃司 より