歓待('10)  群を抜く、「決め台詞」と叫喚シーンを捨て去った映像 ―― その鉈の切れ味

1  「大事なのは、腹割ることです。僕は、奥さん、助けたいんですよ」

 

 

 

下町の河川敷に建てられたみすぼらしい破(やぶ)れ屋。

 

人の気配はない。

 

そんな下町で印刷業を営む小林家には、主人の幹夫(みきお)と妻・夏希(なつき)、そして前妻の娘・エリコと出戻りの妹・清子(せいこ)が住んでいる。

 

父の三回忌の法事から帰ると、町内会の敏子が、「犯罪防止キャンペーン」の回覧板を持って、幹夫のところにやって来た。

 

「ほんと、増えてるらしいんで。空き巣とか犯罪。ほら、外国人のとか。危ないんですよ」

「本当ですかぁ?」

「知らないけど、そうなんじゃないんですか」

 

更に、ホームレスが増えている河原(先の河川敷の破れ屋)の美化運動の署名を求められ、幹夫はサインする。

 

エリコは、最近いなくなったインコのピーちゃんを探す張り紙を幹夫に印刷してもらい、清子と一緒に町内会の掲示板に貼りに行く。

 

その直後、一人の男がその張り紙を剥(は)がし、小林家を訪ねて来た。

 

駅の広場でインコを見たというその男は、かつて、小林印刷に資金援助してくれた資産家の加川の息子、加川花太郎であると名乗る。

 

それは、あまりに唐突だった。

 

従業員の山口の体調が悪いために、この加川が住み込みで働くことになったのだ。

 

町内会の見回りから帰って来た清子が、幹夫に不服を言う。

 

「ずいぶん急じゃない」

「今のアパートが立ち退きで、部屋探してるらしいんだよ、ちょうど。あれ、嫌?」

「いいけど、相談してよ。私だってこの家住んでるんだから」

「ああ、ごめんな」

「あたしの部屋だって、勝手に夏希ちゃんの部屋になってるし」

「だって、2年で戻って来るって思わないだろ、普通」

「でも、女住まわせるなら、一言あってもいいんじゃないの?普通」

「女とか、言うなよ…」

 

山口の入院見舞いの帰りに3人でスーパーに寄ると、幹夫は生後8か月の子供を連れた元妻・章江(あきえ)とばったり出会(でくわ)す。

 

久々に再会したエリコは章江の家へ行き、小林と夏希が家に戻ると、突然、外国人の女性がタオルを巻いた姿で風呂から出て来た。

 

これも唐突だった。

 

加川が帰って来ると、彼女は妻のアナベルで、ブラジルから来日して5年になり、サルサラテン音楽)のダンスを教えていると、夕食の団欒の場で、加川は小林家の一同に紹介する。

 

章江が送りに来たエリコを、幹夫を清子が玄関に迎えに行くと、出し抜けに、加川が夏希に話す。

 

「僕たちね、実は偽装結婚なんすよ…ウソ、ウソ、冗談ですよ。嫌だな、真に受けて、もう…まあ、一つよろしくお願いします。迷惑かけないから」

 

呆気に取られる夏希。

 

その夜、隣の部屋から加川とアナベルの喘ぎ声(よがり声)が聞こえてくる。

 

喘(あえ)ぎ声で眠れない幹夫は、今日会った章江が夏希を見て安心したという話をしながら、夏希に迫って来るが、「やめて!」と大きな声で拒絶されるのだ。

 

翌朝、洗面所で清子が歯磨きをし、続いて幹夫が歯磨きを始める。

 

【リピートされるこの構図は、小林家の日常性として記号化されている】

 

留学資金を溜めるためにパートを始めるという清子は、本当ならもっと楽になっていたと金銭的な不満を漏らす。

 

「俺が再婚したのが悪いのか」

「そうは言ってないでしょ」

 

そこに夏希がやって来て、清子と朝の挨拶をして歯磨きを始める。

 

出勤する清子と挨拶する敏子は、小林家の2階の窓際に立っている上半身裸のアナベルを、驚きながら見上げるばかり。

 

アナベルが外でダンスを教えてもらっているエリコに、英語のレッスンを呼びかける夏希。

 

夏希はエリコに「先生」と呼ばれ、以前より英語を教えているのだが、夏希が2階に上がった隙に、代わってアナベルが、エリコに発音を教えていた。

 

繰り返される不意打ち。

 

一週間休みを取りたいという加川の申し出を許可したことに、夏希は幹夫に不満を垂れるのだ。

 

「ちょっと勝手なんじゃないんですか?」

「そうかな」

「それに奥さん、アナベルもちょっとね。目立ちすぎるのよ。近所で噂になってるんだから。ちょっと言いにくいけど、辞めてもらうか、せめて、家を出て行ってもらった方がいいんじゃないですか?」

「そんな急に住み始めたばっかりで、言えないよ。アナベルだって、いい人じゃないか」

「何かねえ」

 

そこに加川が2階から降りて来ると、二人は愛想よく挨拶する。

 

残されたアナベルが、輪転機を回している幹夫を誘い出す。

 

そこに、インコを探しに行って、鳥籠を持ってエリコと帰って来た夏希は、2階から声が聞こえてくるので上がっていくと、幹夫がアナベルにダンスを習っているところだった。

 

夏希に代わって英語を教そわるエリコを、インコ探しに誘い、夏希が鳥籠を持って出て行くと、旅行から帰って来た加川も後を追って探しに行く。

 

双眼鏡でインコを探す加川は、小林の家の方を覗くと、幹夫とアナベルが裸で抱き合っているところだった。

 

何か見えるかを聞く夏希に、面白いものが見えると勧めるが、それを断られた加川は、双眼鏡を見ながら言い放つ。(既に夏希には、「面白いもの」の正体を把握している)

 

侵入者の奇襲が止まらない。

 

「奥さん、会社の金、横領していますよね」

「え?」

「小林印刷の帳簿とか、色々調べさせてもらったんですけどね、計算が合わないんですよ。毎月10万ぐらいずつ、どっかに消えてる。幹夫さんは知らないでしょうね。会計は奥さんが全部、管理してんだから」

「あたし、知りません」

「奥さん、時々家抜けて、人と会ってますよね」

「知りません」

「いえいえいえ、本間タカヒロ29歳。無職。婦女暴行で服役歴あり」

 

幹夫に報告するという加川に、「奥さん次第です」と言われた夏希は逃げようがなく、重い口を開いていく。

 

「あの男は兄です」

「お兄さん、いたんですか?それは、幹夫さんは?」

「知りません」

「それはまた何で?」

「恥ですから」

「ああ、分かりますけどね。あれだけ立派な経歴だから」

「でも、違うんです。彼とは腹違いで、育ってきた場所も全部。だから、違うんです。あたしたちとは」

「はははは、OK、OK。大事なのは、腹割ることです。言ってしまえば、大したことないでしょ。僕は、奥さん、助けたいんですよ…よし、じゃぁ、行きましょ」

 

夏希は喫茶店で腹違いの兄と会い、用件を話す。

 

「もう、お金払いたくないんです。ごめんなさい」

「ちょっと、夏っちゃん、止めてよ。ごめんね。俺も悪いと思ってんだけど、ほんと、ごめん」

「もう、連絡してこないでくれますか」

「分かった。もう行かない」

「本当?」

「でも、僕も今、お金ないし、借金もあるし、悪いとは思うけど、君しか頼れないんだよ…これが最後。最後に、もう10万だけ」

 

5万円しかないという夏希が、財布からお金を出そうとするところで、加川が本間の前に現れた。

 

隣の席に座って脅し、話をつけると言って、夏希を先に返すのだ。

 

帰路、夏希に好意を持っている仕事の客から声をかけられ、ライブのチケットをもらう。

 

家に戻ると、加川から電話が入り、「二度と脅さない、借金も自分で何とかするという、誓約書にサインする」と約束させたと連絡を受けた。

 

ところが、加川は兄を小林家に連れて帰り、仕事がないので、印刷所で働かせると言うのだ。

 

困惑する幹夫に対し、加川は妻と寝たことを質し、有無を言わせない状況に追い込んでいく。

 

「とにかくあなたは、私の妻と姦通した。そういうことですよね」

「すいません、すいません、あの、妻には…」

 

夏希もまた、兄が働くことになり、困惑が広がるばかり。

 

翌日から加川は、自分が社長のように振舞い、勝手に原料を増量して業者に発注するのである。

 

主従関係が反転してしまったのだ。

 

 

人生論的映画評論・続: 歓待('10)  群を抜く、「決め台詞」と叫喚シーンを捨て去った映像 ―― その鉈の切れ味 深田晃司 より