女の中にいる他人('66)  成瀬巳喜男    <告白という暴力の果て>

 1  殺人事件



 鎌倉で隣り合う家に住む二人の男、田代勲と杉本隆吉は赤坂で偶然出会った。

 仕事の都合で東京に来た建築士の杉本は、東京に勤務する妻のさゆりを訪ねることにした。二人は行きつけのバーに寄って、酒を酌み交わすが、東京の雑誌社に勤める田代は親友と会っても、その表情から全く歓びの感情が伝わってこない。

 そこに杉本の自宅から電話があって、妻のさゆりに何か事故があったらしいということ。自宅に連絡したさゆりの友人からの報告である。

 「どうしたんだい?」と田代。
 「さゆりが何か、事故があったらしい」と杉本・
 
 その後、杉本は事故があったという、さゆりの友人宅を訪れた。そこには、友人の加藤弓子と刑事が待っていた。
 
 「奥さんは事故ではなかったんです。殺されたんです」と刑事。
 「殺された?」と杉本。
 「私は何も知らなかったんです・・・」と弓子。
 「・・・奥さんは、一時間ほど前に、加藤さんによって死体として発見されたんです。そして奥さんが亡くなられる前に、この部屋に、奥さんと一緒に誰かいたこともほぼ確実です」
 
 バーに勤めていた頃から、男友達も多いという杉本の妻は、弓子から部屋の鍵を預かり、自由に使っていて、事件に遭遇したらしい。

 刑事の話から、明らかに人見知りの犯行が疑われて、真っ先に夫のアリバイが追及された。夫婦の関係は上手くいっていなかったことを、刑事は既に把握していたようだった。杉本はベッドに横たわる妻の死体を確認して、異常な事態に直面した状況に、その表情が凍りついた。
 
 「まさか、こんなことになるなんて。杉本さん、私のせいじゃないわ!分って下さる?」
 「勿論、あなたのせいじゃありませんよ・・・」
 「本当に何てこと・・・」
 
 状況に翻弄される弓子の動転振りが、雨が降りしきる夜の部屋の中で晒されていた。
 
 一方、事件を知った鎌倉の田代家では、隣家の不幸の話題で不安を隠し切れない様子だった。田代はその隣家を早速訪ねた。
 
 「新聞で見たよ。本当に何と言っていいか・・・」

 「君なんか、全然想像もつかないだろう。君の奥さんなんかには、絶対あり得ないことだからね・・・何しろ、女房に男があって、しかもその男に殺されたんだからな。世間じゃ、さゆりだけを悪く言って、僕に同情してくれるかも知れないし、間抜けな亭主と笑うかも知れない。でも、あれだけを責める気にはなれない。僕だって、決していい亭主だったわけじゃないからね。色んな男と遊び回っているのを気になりながら、はっきりした態度も取れず、確かに僕にも責任があるからね・・・あんな女だったけれど、まさかあんな死に方するなんて、考えてみれば可哀想な奴さ。昨日、君と会ったろ?あの店から、あのアパートまでほんの僅かなんだ。時刻も同じ頃だし、警部の奴、僕が東京にいたことで真っ先に疑いやがって。幸い僕の弁護士がアリバイを証明してくれて、君のことを引き合いに出さずに済んだよ」

 「何か役に立つなら、僕は引き合いに出されても、ちっとも構わない」
 
 苦境に遭った友人の役に立とうと、田代は自分の思いだけを告げて自宅に戻った。
 
 
 
(人生論的映画評論/女の中にいる他人('66)  成瀬巳喜男    <告白という暴力の果て>)より抜粋http://zilge.blogspot.jp/2008/11/66.html