オフサイド・ガールズ('06)   「都会の女たち」の熱気は、地方から出て来た兵士の男を圧倒する

1  「わかった。こうしよう。試合さえ見せてくれたら、奴隷のように働く。お袋さんや家畜の世話もするし、放牧にも連れてく…」

 

 

 

「イランでは、女性が男性の競技を観戦できない。本作は2005年のワールドカップ最終予選、イラン対バーレーン戦の最中に撮影された」(キャプション)

 

競技場にサッカーを見に行った娘を探すために、タクシーに乗り込んだ父親。

 

「息子たちが連れ戻しに行ったんだが、どうやって探す気なのか。間に合わなければ、殺されるかも」

 

先を走るミニバスを止めて乗り込んだが娘はおらず、隣を走る大型バスの方かも知れないと言われる。

 

併走するバスは、窓から身を乗り出した若者たちが、「イラン、ばんざい!」「バーレーンをやっつけろ!」と連呼し、イラン国旗を振って盛り上がっている。

 

その大型バスでは、一人大人しく席に座る顔にペイントして男装する女の子(以下、便宜的に「ペイント女子」とネーミング/以下、同様)に気づいた青年が、友人に話しかける。

 

「女だぜ」

「見逃してやれ」

「知ってたのか?」

「知ってたさ。気づいても無視しろ。せっかく男のフリをしたんだ。競技場に入れてやれ」

「何だ。あいつの親父の競技場じゃあるまいし。バレたらどうなる?」

 

すると、友人が並走するミニバスの後ろの方を見ろと言う。

 

「二人とも女だ」

 

二人は窓から乗り出し、叫びながら勇ましく国旗を振っている。

 

「まさか」

「奴らはやり方を知ってる。プロなんだ。あいつは初心者なんだな」

 

二人は、ペイント女子の方を振り返る。

 

車内で中年男性同士の喧嘩が起きて、バスの運転手が警察に通報すると下車したので、それを阻止しようと、多くの乗客がバスを降りていった。

 

バスに残った青年がペイント女子を見ていると、抗議してくる。

 

「じろじろ見ないでよ。他の人に気づかれるわ。計画が台無しよ」

「僕は君の味方だ。本当だよ…心配するな。僕が力になる」

「いい格好しないで。一人で大丈夫よ」

「今日は警官がそこら中にいる。それに、誰が見たって、君はまるっきり女に見えるぜ」

 

運転手を引き止めた男たちがバスに戻って、再び競技場へと出発する。

 

騒動を起した男は、すぐ頭に血が上ると言うと、喧嘩の相手が反応する。

 

「そんな状態では競技場に入れないよ。家でテレビを見た方がいい」

「だが生の試合は違う。叫んだり、歌ったり、ウェーブしたり、何よりもいいのは、思いっきり悪口が言えることだ。誰からも文句を言われずにね」

 

そんな話を聞いて、微笑むペイント女子。

 

競技場へ着くと、走って入り口方面へ向かい、ダフ屋に声をかけるが、「失せろ。問題を起こすな。女に売る物はない」と言われ、チケットを売ってもらえない。

 

その前の客に5000トマンで売っていたチケットを、ペイント女子は6000で買うと粘ると、8000ならとダフ屋は答え、不要なポスターも300トマンのところ、500で売りつけられた。

 

しかし、ペイント女子は検問で引っ掛かかり走って逃げるが、呆気なく兵隊に捕まって連行されてしまう。

 

「試合を見せて。どうせ誰も気づかないわ」

 

ペイント女子が懇願しても若い兵士に聞く耳はなく、携帯で両親に連絡したい言っても許可しないのだ。

 

ところが、その兵士はペイント女子から携帯を借り、私用で恋人に電話かけて話して返すと、その恋人から掛かってきた電話にペイント女子が出て、話がこじれれてしまう。

 

「彼女は逮捕者だよ。神に誓う…」

 

そして、また恋人からかかってくるかも知れないと、携帯を返さないのだった。

 

連行された競技場の裏の、柵で囲まれた一角には、既に逮捕された3人の女の子たちがいた。

 

更に、男にしか見えない女の子(以下、「男前女子」)が連行されて来て加わった。

 

「正面ゲートに入れない女がまだ100人いる」との連絡を受け、兵士の一人はそちらに向かった。

 

試合が始まり、歓声が聞こえてくると、兵士のマシャドが興奮して試合の経過を声にして、実況中継を始めた。

 

それを聞きながら、何とか競技場内に見に行きたいと、女の子たちも不安げに聞き入っている。

 

サッカーに興味を示さない、逮捕者の管理を任された兵士・サマランダ―は苛立っていた。

 

「俺は今、休暇中のはずなんだ…俺が駆り出されたのは、お前らのせいなのさ。都会の娘が遊びまわって。今頃は村で家畜の世話をしてたはずなんだ。お袋が病気で放牧に行けないし、雨が降らなくて、作物が枯れそうだ…」

「わかった。こうしよう。試合さえ見せてくれたら、奴隷のように働く。お袋さんや家畜の世話もするし、放牧にも連れてく…」

 

兵士になりたかったという男前女子がサマランダ―に交渉すると、帽子にイラン国旗を挟んだ女の子(以下、「国旗女子」)も「迷惑をかけないと約束する。命令なのは分かるけど、試合を見せて」と訴える。

 

「俺には責任があると言ったろ。隊長が来たら、罰を受けるのは俺なんだぞ。なぜ、そんなにむきになる?たかが、サッカーだろ」

 

国旗女子は、「あの人に試合の実況をさせて。それ位いいでしょ?」とマシャディを指すと、サマランダ―はマシャディに実況中継の続きを指示した。

 

「あんた、見直したよ」と男前女子。

 

その時、先ほどからトイレに行きたがっている振りをする女の子(以下、「サッカー女子」)が、いよいよ我慢できなくなり、フェンスから抜け出すが阻止される。

 

サマランダ―が女性用トイレはないと言うと、男性用でいいと答えるのだ。

 

テヘランの娘は何だ。悪魔でも取り憑いたか。あいつは兵隊になる、お前は男性用トイレ。いいか、男と女は違うんだぞ!」

「…行かせてくれないなら、そこら中にかけてやる!」

 

困ったサマランダ―は「仕方ない」と返して、マシャディと一緒に行かせることにした。

 

マシャディは、女だと分からないように、ポスターでお面を作って付けさせ、男性用トイレに連れて行く。

 

競技場内の男性用トイレに着くと、マシャディは、用を足している男たち全員を外に出そうとするが理解されず、次から次と男たちが入って来て手間取る始末。

 

「お前らとは一緒に入れないんだ」

「何だよ。訳がわからないぜ」

 

何とか、トイレに入れさせることはできたが、男たちが次々にトイレに入って来るのをマシャディが阻止していると、出て来たサッカー女子は、どさくさに紛れてスタジアムへ走って逃げて行ってしまった。

 

マシャディは追い駆けたが無駄だった。

 

一方、トイレに行った2人が帰って来ないので、心配になって座り込むサマランダ―に、男前女子が声をかける。

 

「マシャディが戻って来ない。娘を逃がしたのかも。そうなったら破滅だ」

「…質問してもいい?なぜ女は、競技場で男と一緒に座れないんだ?」

「頑固な奴だな。女は男と一緒に座れないんだよ」

「日本人の女は、ここでイラン戦を見てたぜ」

「日本人だからさ」

「イランに生まれたのが運のつき。日本人に生まれたら、見てもいいってことか」

「日本人とは言葉が違う。汚い言葉を言っても、日本人にはわからない」

「だったら、問題は汚い言葉か?」

「それだけじゃない。男と女は同席できない」

「映画館はできるぜ」

「映画館は別だ」

「どうして?だって映画館の中は暗いぜ」

「…男女一緒だったのは、きっと家族だからだ」

「わかった。父親や兄弟と一緒なら、中に入れてくれるわけ?」

「俺に訊くな!…俺が言いたいのは、お前の父親や兄弟は、他の人には父親でも兄弟でもない。お前には家族でも、他人にはただの男だ」

 

モキュメンタリー 映画(ドキュメンタリーのように見せて演出する表現手法)の面白さがフル稼働していくのである。

 

人生論的映画評論・続: オフサイド・ガールズ('06)   「都会の女たち」の熱気は、地方から出て来た兵士の男を圧倒する  ジャファール・パナヒ