レディ・バード('17)   それでも私は東に跳んでいく

1  「稼げるようになったら、きっちり返すから。この話は終わり」

 

 

 

カリフォルニア州の快楽主義を語る人は、サクラメントのクリスマスを知らない” J・ディディオン(冒頭のキャプション)

 

「何かを達成したい」

 

大学見学からの帰路、母・マリオンが運転する車の中で、娘のクリスティンこと、自称レディー・バードが呟く。

 

レディー・バードは、カリフォルニア北部にあるサクラメントカトリック系高校の3年生である。

 

スタインベックの『怒りのぶどう』の朗読テープを聞いて、感動して涙していた二人だったが、大学の進路のことで意見が対立して口論となった。

 

家庭の経済状況の厳しさに直面する母の意固地な押し付けに対する娘の反発が激しい言い争いを生み、突然、レディー・バードが走行中の車のドアを開けて飛び降りてしまった。

 

レディー・バードは、骨折した腕に嵌めたギブスに“くたばれ、ママ”と書き、学校に通うことになる。

 

シスターに勧められたミュージカルのオーディションを、親友ジュリーと受けて共に合格し、そこで一目惚れしたダニーに近づき、親密になっていく。

 

東海岸の大学へ行くというレディー・バードを父・ラリーは協力すると言うが、肝心の父が失業してしまう。

 

レディー・バードはダニーと初キスをして、浮かれて帰って来ると、マリオンに部屋を散らかしていることで小言を言われる。

 

いつものことだった。

 

「服を散らかして寝たことないの?ママにおびえたことは?」と娘。

「母は酒浸りだった」と母。

 

 

感謝祭の日、ダニーはレディー・バードを家に迎えに来て、両親と挨拶をする。

 

ダニーの祖母宅に行くと、いつもジュリーと見ていた憧れの家だった。

 

その後、感謝祭のイベントのギグ(単発ライブ)に出向き、レディー・バードは送ってもらった自宅で皆ではしゃいでいると、母マリオンが来て、「感謝祭おめでとう。寂しかったわ」と一言。

 

外でダニーたちを見送るレディー・バードと、兄(養子)ミゲルの彼女シェリー。

 

程なくして行われたミュージカルの公演は、レディー・バードの家族も観に来て、大盛況のうちに終わった。

 

打ち上げの店でダニーとはしゃぐレディー・バードだったが、混んでいる女子トイレを待っていられず、男子トイレに行って、ダニーが男の子とキスしている現場を目撃してしまう。

 

ショックを受けたレディー・バードは、ダニーを避けるようになる。

 

クリスマスの日、マリオンが質素なプレゼントを家族に渡し、「しけたクリスマスだわ」と言うが、皆は感謝し、明るく過ごしていた。

 

部屋では浮かない顔のレディー・バードだったが、父ラリーが助成金の申請書を書いて渡すと、大喜びして抱きつき、早速、郵便局へ書類を出しに行く。

 

カフェでバイトを始めたレディー・バードは、感謝祭イベントでバンド演奏をしていたカイルをテラス席に見つけ、声をかけた。

 

カイルは同じ学校の生徒で、「ジェナに最高のバンドだって聞いて見に行ったの」と口から出任せを言うレディー・バード。

 

資産家令嬢のジェナが、クラスメートを相手に自分の初体験について話しているところにシスターが来て服装をチェックし、ジェナのミニを咎(とか)める。

 

ムカつくというジェナにレディー・バードは、放課後にシスターへの悪戯を仕掛けることを提案し、ジェナの気を引こうとするが、クラスの中心的存在のジェナはレディー・バードを認知せず、「あんた、誰?」と言われる始末。

 

ジュリーは、「放課後はオーディションがある」とレディー・バードを誘うが、「演劇はもういいや」と素っ気なかった。

 

この一件で、親友のジュリーがレディー・バードから離れていく。

 

シスターの車に、“イエス様と新婚ホヤホヤ”と書いて、飾りつけをしたレディー・バードは、ジェナにどこに住んでいるかを聞かれると、3階建ての青い家と答え、嘘をつく。

 

今から行こうと言うジェナに、カイルがいる“デュース”(ライブハウスの名)へ誘う。

 

「カイルに言われたの。“そこで会わないか”って」

「どこで彼と?」

「社会勉強のために、ママが探したバイト先の店。そこで出会った」

「彼、カッコいいよね。じゃあ行こう」

 

レディー・バードは、ここでも出任せを言い、嘘とハッタリを繰り返すのだ。

 

少しでも上位の階層の生徒に近づくために、セルフ・カモフラージュ(自分偽装術)する女子高生が、ここにいる。

 

ジェナはカイルと面識があり、駐車場いるカイルに、「2人でシスターの車をハネムーン用に改造した」と呼びかける。

 

「やるね」とカイル。

 

レディー・バードが本を読んでいたカイルに近づくと、今度は彼の方から声をかけてきた。

 

「すごい過激なことやったな」

「仕返しよ」

「告げ口しない」

「言ったら、家族をブッ殺す…ごめん、今の言いすぎた」

「いいよ。親父はガンだ。神が殺してくれる」

「ホントごめん」

 

そこでカイルは、またギグを行うと言って、レディー・バードに連絡先を聞かれ、家の電話番号を教える。

 

携帯を持っていないと知ったカイルは、「政府は僕らにGPSをつけてる。いつかは全員が持つ。あとは時間の問題だ」と妄想めいたことを話すが、レディー・バードには全く意味が分からない。

 

「どうなるの?」

「脳にGPSが」

 

レディー・バードは笑い出すが、カイルが大真面目に言っているので、口をつむぐ。

 

バイト先にダニーがやって来て、避けようとするレディー・バードに訴えた。

 

「おばあちゃんが、クリスマス招けって」

「感謝祭でもママに怒られたのよ」

「彼女はクレージーだ。怖い」

「クレージーじゃない。ママは寛大よ。すごく優しいの」

「まさか。いや、優しいけど怖い」

「矛盾してない?」

「君のママさ」

「あなたはゲイ」

「誰にも言わないで。僕が悪かったよ。自分が恥ずかしくてたまらない。どんどん悪化している。少し時間が欲しい。親に何て打ち明けたら…」

 

泣きながら抱きつくダニーを、レディー・バードに優しく受け止め、慰める。

 

「大丈夫…言わないよ…誰にも」

 

これで、難しい時期にある二人の関係が無難に閉じていくことになる。

 

レディー・バードはパソコンで、IDナンバーを入力し、自身にマッチする大学の検索システムで、車で30分ほどで行ける地元の大学の結果が出て、それを家族は名門校だと評価するが、バークレー校ではないことに不満を爆発させた。

 

「卒業生の家族は優遇が」とレディー・バード。

「寄付すればな」とラリー。

「成績さ」とミゲル。

 

それに対し、レディー・バードは「自分は?」と問い返すと、カチンと来たミゲルが「人種枠か?」と反発して口論になる。

 

「言ってない」

「人種は無記入だ」

「じゃあ、気づかれないかもね。“ミゲル”でも」

「ムカつく奴だ」

 

見兼ねたマリオンが、レディー・バードに「部屋へ」と言い放つ。

 

「ガキ扱い?」

「あきれたわ」

「農業校で有名なんて、まっぴら!」

 

パソコンの画面を思い切り叩き、「兄貴たちは見た目で就職できない」と言い捨て、部屋を出て行った。

 

親しくなったジェナの家のパーティーに訪れたレディー・バードは、庭のプールサイドでカイルと語り合い、その後、部屋の前で激しいキスをする。

 

「やめて。まだ経験がないの」

「僕もだ」

「マジで?」

 

バスルームにいるレディー・バードは、マリオンが入って来たので、「いつ頃、経験するのが普通だと思う?セックスを」と質問する。

 

「してるの?」

「まだ」

「大学生になってからかな。避妊を忘れないでね」

 

頷くレディー・バードは、ラリーの薬を見つけたことから、続いて質問する。

 

「パパはウツなの?」

「ここ何年もウツ状態よ」

「知らなかった」

「お金は人生の成績表じゃない。“成功”には、それ以上の意味はない」

「ママは成功してる」

「“幸せ”は別よ」

「でもパパは不幸」

 

ジェナの家のプールで一緒に泳ぐ二人。

 

「この町を出たい」

「何で?」

「死ぬほど退屈。中途半端な田舎よ」

「いい言葉が。“地球規模で考え、地元で行動を”」

サクラメントに住んでいない人の意見ね」

「ここが好きよ。娘も母校に入れたい。ママになりたいの」

 

その後、疎遠になっていたジュリーが、得意の数学の授業を欠席しているのが気になり、レディー・バードは、校庭でジュリーに声をかける。

 

「数学Ⅱは?」

「変更したの。ジェナは?」

「やきもちね」

「あのバカに?」

「特進クラスよ」

「深い意味でバカ」

「偏見よ」

 

二人はそのまま激しい口論となる。

 

母親が14歳で妊娠し、中絶をせずに生まれた講師自身の経験から、中絶禁止を説く講演会で、講師に指されたレディー・バードは意見を求められる。

 

隣のジェナに話していたことを見透かされたのだ。

 

「“悲惨なことと、モラルは関係ない”と」

「赤ちゃんを殺すことも?」

「私が言いたいのは、整理中の私のアソコは悲惨だけど、モラルは守ってる。お母様が中絶してたら、バカげた講演会もなかった」

 

絶句する講師。

 

この一件で、停学になったレディー・バードに、マリオンは怒りをぶつける。

 

「親の苦労も知らないで。好きでポンコツ車に乗ってると思う?好きで夜勤してると思う?カトリック系の学校も、ミゲルの公立校で人が刺されたから行かせた…パパや私が恥ずかしい?なぜ学校の手前で降りるか、パパは知ってる。パパは惨めよ。その気持ちが判る?…この子は言いたい放題。周りを傷つけるわ。“線路向こう(スラム)”?…私たちだって、いい所に越したいわ。親への不満ばっかり…」

 

レディー・バードは涙声で否定し、謝るが、マリオンの怒りは収まらず、ここでも経済的な問題で口論になってしまった。

 

「稼げるようになったら、きっちり返すから。この話は終わり」と娘。

「返せるほどの仕事に就けるの?」と母。

 

レディー・バードは紙を叩きつけ、部屋に戻っていく。

 

母と娘の修復困難な関係に終わりが見えないようだった。

 

人生論的映画評論・続: レディ・バード('17)   それでも私は東に跳んでいく  グレタ・ガーウィグ