ストレイト・ストーリー('99) デヴィッド・リンチ  <満天の星を共有する至福への「自立歩行」の決定力>

 東にミシシッピー川、西にミズリー川という大河に挟まれたアイオワ州は、米大統領選の伝統的な予備選の序盤州として有名だが(とりわけ民主党にとって)、それ以上に、この両河の恩恵を受けた肥沃な大地として、全米一のコーンベルト地帯を作り上げていることで知られている。
 
 そんな農業王国としてのアイオワ州の一角にある小さな町に、見るからに頑固な老人が、知的障害を持つ娘と二人で暮らしていた。

 老人の名は、アルヴィン・ストレイト。73歳であって、本篇の主人公でもある。

 そのアルヴィンがある日、家の中の雑事で転倒事故を起こしてしまった。
 娘のローズに連れられて、病院に嫌々やって来たアルヴィンは、思いも寄らないことを医者に宣告されてしまった。
 
 「倒れたのは腰のせいですよ。歩行器が必要です」

 アルヴィンは、そのアドバイスを頑なに拒んだ。

 「じゃ、杖をもう一本。視力の低下は糖尿病のせいかも知れない。検査をして・・・」
 「断る。レントゲン代など払えるか」
 「初期の肺気腫だ思います。循環器系の持病もある。食事が心配ですね。すぐ節制しないと、大変なことになりますよ」

 医者にそう脅されたアルヴィンは、以来杖を二本用意することだけは従うが、煙草を吸い続けることを止めなかった。

 心配する娘に、「100歳まで生きるって言われた」とうそぶく頑固な老人は、娘のローズを大切に思う気持ちだけは変わらないようである。

 雷雨の夜、そんな老人のもとに、思いもかけない電話がかかってきた。
 
 電話に出たローズの話によると、「ライルおじさんが倒れた」ということ。
 「ライルおじさん」とは、十年前に弟のアルヴィン、即ち、ローズの父と喧嘩別れをして以来、音信不通になっていた人物である。

 そのライルが心臓発作で倒れて、即入院したという連絡を受けて、アルヴィンは決意した。彼はその思いを娘に告げたのである。
 
 「ローズ。わしはまた旅に出るよ。ライルに会って来る」
 「でも父さん、どうやって?」
 「実は、まだ考えてないんだ」
 
 両手に二本の杖を持って、ようやく立っていられる父を見て、娘は現実性の乏しい父の話を遠慮げに訝しがった。父もまた、娘の問いに確信的に答えられない。
 
 「まず、父さんは眼が悪くて、車は運転できない。第二に、おじさんの家はウィスコンシン。500キロ以上も先よ。途中のデモイン(注1)で一泊しないと。それにザイオン(注2)行きのバスもない。第三に、腰が悪いのよ。2分も立ってられないくらいなのに。・・・四番目に、父さんはもう73歳なのよ・・・私も送って行けないし・・・」
 「わしはまだ死んどらんぞ」
 
 頑固な老人の意志は、優しい娘の説得にも耳を貸さない。
 
 その夜、満天の星空を娘と共に眺めながら、晴天の明日の旅立ちに思いを馳せていた。
 

(注1)アイオワ州の州都で、最大の人口を抱える商業都市。一貫してトウモロコシ栽培の中心地であり、且つ、その集散地として名高い。因みに、2007年現在、アイオワ州の各地では、「温暖化問題」との絡みで、「バイオ・エタノール」の工場の建設とその稼動によって、トウモロコシの目的的栽培が盛んになっていて、トウモロコシの需給関係を壊すなど複雑な問題を露呈している。

(注2)ウィスコンシン州の町で、マウント・ザイオンのこと。物語では、アルヴィンの兄の住む町として紹介されている。


(人生論的映画評論/ストレイト・ストーリー('99) デヴィッド・リンチ  <満天の星を共有する至福への「自立歩行」の決定力>」)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2008/12/99.html