1 完全拒絶によって開かれた「事件」の闇
本作は、ある「事件」を契機に、雁字搦めに縛りあげていた「圧力的な日常規範」から、自我を一気に解放していく心的過程を辿っていく者と、自在に解放された世界で自己運動を繋いでいた自我が、その解放への起動点になっていたはずの、ネガティブな「圧力的な日常規範」のうちに、柔和な情感文脈を感受していく心的過程の曲折を経て辿っていく物語である。
そして、その両者が、非日常の〈状況〉の〈前線〉で情感的に絡み合い、憎悪を応酬し、複層的に捩(ねじ)れあって、振幅する心理の様態を精緻に描き切った一篇である。
前者は兄で、その名は早川稔(以下、「稔」)。
後者は弟で、その名は早川猛(たける)(以下、「猛」)。
「ある事件」とは、渓谷の吊り橋での、「女性転落死事件」(以下、「事件」)。
ここで、「事件」の顛末を書いておこう。
父との折り合いの悪さの故に、早々と家を出た猛は、東京で売り出し中のプロカメラマンだが、母の一周忌に帰郷し、良好な関係を保時する稔と再会する。
口煩い父と共に、ガソリンスタンドを経営する稔は、温厚で誠実な真面目人間。
その稔と猛の兄弟は、かつて猛と関係を持っていたと思われる智恵子を伴って、翌日、近くの山梨県の蓮見渓谷にピクニックに行く。
ところが、川に架かる吊り橋で、智恵子が渓流へと落下してしまう転落死事故が起こったが、これがまもなく「事件」となり、智恵子を突き落とした容疑者として、稔が逮捕されるという事態に発展する。
「事件」の一端を提示する映像が語るものは、吊り橋上で写真を撮る猛を智恵子が追っていく描写と、その智恵子を追っていく稔。
実は前夜、自由奔放な生き方を愉悦する猛は、智恵子が仕掛けたと思われるハニートラップに嵌って、恐らくかつてそうであったように関係を結んでいた。
智恵子の部屋で睦み合った直後の猛が、そこで視認したのは、何と猛の写真集。
彼女の想いの深さを知ったプレイボーイにとって、智恵子は単に行きずりのセックスパートナーでしかないので、体良く退散した。
夜半の帰宅でも、猛を待つ稔は、酒を飲めない智恵子の下戸ぶりを知悉した上で、鎌を掛けて言葉巧みに問いかけたら、案の定、猛はボロを出して、智恵子との「お遊び」が見透かされる。
稔には、こういう狡猾な気性がある。
それは、智恵子への片想いを抱く稔の、屈折した心理の表われだった。
そんな稔が今、智恵子を追って吊り橋にまでやって来た。
だが、高所恐怖症の稔が吊り橋に辿り着いたときには、既に猛は渓流に降りていて、問題の吊り橋には、智恵子の存在のみ。
高所恐怖症の惨めさを露呈する稔は、惚れた女に縋るばかり。
「チエちゃん、危ないよ」
そんな稔の泣き言に、智恵子は止めを刺す一撃を放つ。
「止めてよ、触らないでよ!」
ガソリンスタンドを経営する稔に対する、従業員の智恵子の一撃は、猛のいる東京への脱出を覚悟した確信犯の振舞いだった。
一切は、智恵子の、稔に対するこの完全拒絶によって開かれた。
映像は、吊橋から転落した智恵子を喪って、茫然自失する稔を映し出す。
「事件」が惹起した瞬間だった。
本作は、ある「事件」を契機に、雁字搦めに縛りあげていた「圧力的な日常規範」から、自我を一気に解放していく心的過程を辿っていく者と、自在に解放された世界で自己運動を繋いでいた自我が、その解放への起動点になっていたはずの、ネガティブな「圧力的な日常規範」のうちに、柔和な情感文脈を感受していく心的過程の曲折を経て辿っていく物語である。
そして、その両者が、非日常の〈状況〉の〈前線〉で情感的に絡み合い、憎悪を応酬し、複層的に捩(ねじ)れあって、振幅する心理の様態を精緻に描き切った一篇である。
前者は兄で、その名は早川稔(以下、「稔」)。
後者は弟で、その名は早川猛(たける)(以下、「猛」)。
「ある事件」とは、渓谷の吊り橋での、「女性転落死事件」(以下、「事件」)。
ここで、「事件」の顛末を書いておこう。
父との折り合いの悪さの故に、早々と家を出た猛は、東京で売り出し中のプロカメラマンだが、母の一周忌に帰郷し、良好な関係を保時する稔と再会する。
口煩い父と共に、ガソリンスタンドを経営する稔は、温厚で誠実な真面目人間。
その稔と猛の兄弟は、かつて猛と関係を持っていたと思われる智恵子を伴って、翌日、近くの山梨県の蓮見渓谷にピクニックに行く。
ところが、川に架かる吊り橋で、智恵子が渓流へと落下してしまう転落死事故が起こったが、これがまもなく「事件」となり、智恵子を突き落とした容疑者として、稔が逮捕されるという事態に発展する。
「事件」の一端を提示する映像が語るものは、吊り橋上で写真を撮る猛を智恵子が追っていく描写と、その智恵子を追っていく稔。
実は前夜、自由奔放な生き方を愉悦する猛は、智恵子が仕掛けたと思われるハニートラップに嵌って、恐らくかつてそうであったように関係を結んでいた。
智恵子の部屋で睦み合った直後の猛が、そこで視認したのは、何と猛の写真集。
彼女の想いの深さを知ったプレイボーイにとって、智恵子は単に行きずりのセックスパートナーでしかないので、体良く退散した。
夜半の帰宅でも、猛を待つ稔は、酒を飲めない智恵子の下戸ぶりを知悉した上で、鎌を掛けて言葉巧みに問いかけたら、案の定、猛はボロを出して、智恵子との「お遊び」が見透かされる。
稔には、こういう狡猾な気性がある。
それは、智恵子への片想いを抱く稔の、屈折した心理の表われだった。
そんな稔が今、智恵子を追って吊り橋にまでやって来た。
だが、高所恐怖症の稔が吊り橋に辿り着いたときには、既に猛は渓流に降りていて、問題の吊り橋には、智恵子の存在のみ。
高所恐怖症の惨めさを露呈する稔は、惚れた女に縋るばかり。
「チエちゃん、危ないよ」
そんな稔の泣き言に、智恵子は止めを刺す一撃を放つ。
「止めてよ、触らないでよ!」
ガソリンスタンドを経営する稔に対する、従業員の智恵子の一撃は、猛のいる東京への脱出を覚悟した確信犯の振舞いだった。
一切は、智恵子の、稔に対するこの完全拒絶によって開かれた。
映像は、吊橋から転落した智恵子を喪って、茫然自失する稔を映し出す。
「事件」が惹起した瞬間だった。
(人生論的映画評論/ゆれる('06) 西川美和 <微塵の邪意も含まない確信的証言者の決定的な心の振れ具合>)より抜粋http://zilge.blogspot.jp/2011/03/06.html