チェイサー('08)  ナ・ホンジン <チェイサーと化した民間人を、凶暴な攻撃者に変容させしめる警察機構の脆弱さ>

1  物語の序盤から炸裂するシリアルキラーの不気味さ



 本作の凄いところは、一貫して、犯人のヨンミンの犯罪動機に触れるに足るような、身分・地位・学歴などの履歴や政治社会的背景に、犯罪のルーツを安直に還元させないところにある。

 いつの時代でも、どのような凄惨な社会でも、ある一定の確率で、このような猟奇的な犯罪を繰り返す、シリアルキラーの犯罪者が出現してしまうということを、殆ど完璧に、且つ、リアルに描き切った点にある。

 ここに、犯人ヨンミンへの取り調べの会話がある。

 以下の通り。

 「女を売ったのか?」と警官。
 「違いますよ。売っていません。殺しました」とヨンミン。

 笑みを浮かべながら答えるのだ。

 「え?今、何て言った?殺した?」

 相変わらず笑っている。

 「はい。殺しました」

 このときだけは、真顔で答えるヨンミン。

 取り調べ警官は、お互いに顔を見合わせて、その真意を測り兼ねている。

 この最初の拘束時のシーンが、本作の怖さを象徴していると言っていい。

 更に、別の取り調べのシーン。

 「ノミと金づちで?」と刑事。
 「ノミと金づち」とヨンミン。
 「理由は?」
 「絞殺や刺殺は苦しむから。豚の屠畜を参考に」
 「その後は?」
 「壁に掛ける」
 「何を?」
 「死んだ奴らを」
 「それから?」
 「足首の裏の筋」
 「アキレス腱?」
 「そこをナイフで切る」
 「死体を?」
 「ええ」
 「なぜ?」
 「血を抜かないと運べない」
 「だよな。軽くならない」

 お互いに、笑みを浮かべている。
 
 一貫して、他人事のように平然と答えるヨンミン。

 「その次は?」
 「一日置けば、血や汚いものが全部抜ける。その後、切断して埋める」
 「どこに?埋める場所は?」
 「あちこちに」
 「具体的に言え。9人も家に埋める訳がない」
 「9人じゃない。12人です。考えてみたら12人です」
 「ふざけるな!」

 鈍器を使用した兇行を平然たる態度で「自白」するシリアルキラーが、そこにいる。

 しかし、肝心なところで黙秘する犯人の、計り知れない人間性の不気味さと狡猾さ。

 取り調べ中に、平気でスナック菓子を食い、女性刑事をからかったりするシリアルキラーの不気味さが、物語の序盤から炸裂するのだ。

 
 
(人生論的映画評論/チェイサー('08)  ナ・ホンジン <チェイサーと化した民間人を、凶暴な攻撃者に変容させしめる警察機構の脆弱さ> )より抜粋http://zilge.blogspot.jp/2011/02/08_12.html