スラムドッグ$ミリオネア('08)   ダニー・ボイル  <「長い旅の後の希望」、或いは、「夢と決意を捨てないスラムドッグの、〈状況突破〉の純愛譚」>

 1  「長い旅の後の希望」、或いは、「夢と決意を捨てないスラムドッグの〈状況突破〉の純愛譚」



 「世界不況で厳しい局面の中、人々はその長い旅の後に希望を求めています。そして、オバマ氏が大統領になったことに見られるように、人々が変化を望み、よりオープンになっているという傾向も影響していると思います。それから、この映画のタイトルにもなっていますが、“スラムドッグ”、つまり勝てそうもない弱者が、夢と強い決意をもってすべてを乗り越えていき、逆境から学んだことが答えに結びついていくというストーリーも、人々を惹きつけているんだと思います」。(MOVIE Collection『スラムドッグ$ミリオネア』 ダニー・ボイル監督インタビュー・2009年 4月 22日)

 本作は、このダニー・ボイル監督の言葉に集約されるだろう。

 この言葉のエッセンスは、ストーリーとリンクさせるとき、「長い旅の後の希望」と、「夢と決意を捨てないスラムドッグの〈状況突破〉の純愛譚」という風に把握し得ると言っていい。

 「僕はキャラクターたちを極端な状況に対峙させることが好きで、人生の細かい機微、ディテールにはあまり興味はない」(webマガジン e-days 映画「スラムドッグ$ミリオネアダニー・ボイル監督インタビュー)

 これも、ダニー・ボイル監督の言葉。

 これらのダニー・ボイル監督の言葉で判然とするのは、本作から、少なくとも、「説得力のある展開のリアリズム」、「政治社会状況の矛盾を剔抉(てっけつ)する社会派ヒューマニズム」、「子供の悲惨を再生産する、大人たちの腐敗への弾劾」という、ケチな奇麗事のフレーズは蹴飛ばした方が正解ということだ。

 まず、「説得力のある展開のリアリズム」については、状況描写を冷徹に表現する「描写のリアリズム」と異なって、ストーリーラインの中に極端な偶然性や奇跡譚を挿入させない構成上のリアリズムのこと。

 言うまでもなく、これは最初から確信的に蹴飛ばされていて、どこまでも本作は、「純愛道」を貫徹する青年ジャマールの希望と決意の強靭な継続力によって、観る者のカタルシスを約束する極上のファンタジーのうちに浄化されていく娯楽ムービー。

 また「政治社会状況の矛盾を剔抉する社会派ヒューマニズム」については、児童期に宗教的確執の争いにインボルブされた挙句、眼の前で実母が撲殺された不幸を負った、この青年の「純愛道」の自己完結の曲折の軌跡を、極限的なまでに苛酷な状況に放り投げることによって、より際立たせるステージとして、「ボリウッド」(ボンベイのハリウッド)の過剰な喧騒を体現する、ムンバイという都市が特定的に選択されたと把握した方が無難である。
 そして、「子供の悲惨を再生産する、大人たちの腐敗への弾劾」については、主人公の「純愛道」の直進に立ち塞がる厄介な障壁として、極端な形で描かれたに過ぎないだろう。

 それ故、本作は、物乞いや窃盗によって露命を繋いで生きる、インドのストリートチルドレンの凄惨な実態を告発し、それを訳知り顔の表現者が声高に訴えるための「社会派ムービー」ではないということだ。
 
 
(人生論的映画評論/スラムドッグ$ミリオネア('08)   ダニー・ボイル   <「長い旅の後の希望」、或いは、「夢と決意を捨てないスラムドッグの、〈状況突破〉の純愛譚」> )より抜粋http://zilge.blogspot.jp/2011/02/08.html