蛇イチゴ(‘03) 西川美和 <「嘘」と「真実」の間に揺れる人間の分りにくさを、決定的に反転された「立ち竦み」のうちに描いた傑作>

イメージ 11  人間の「不完全性」を一つの家族に特化し、見事に構築した映像完成度の高さ

「デタラメ」な振舞いを最も厭悪する者が陥りやすい、「正義の罠」の反転によって、「立ち竦み」に振れる人間の「不完全性」を、舞台劇仕立てのミニサイズで一つの家族に特化し、精緻な構成力と明瞭な主題提起力の安定した均衡感によって、見事に構築された映像の完成度の高さに、正直、驚きを禁じ得ない。

人間の「不完全性」を、イメージとしてはマクガフィンとも思しき、内部世界が不透明な肉親の詐欺師によって露わにされ、顕在化されていく映像の切れ味は、本作以上に評価の高い、後の著名な作品の感傷含みの甘さと切れて、私としては、現時点で、この作り手の最高傑作であると考えている。

何より、ブラックコメディ基調のこの映画が素晴らしいのは、観る者に多くのことを考えさせる点にある。

とりわけ、主役二人の兄妹のラストシークエンスにおける心理の振れ方のうちに、それが集中的に映像提示されていた。

決して、描き方に致命的な欠損がある訳ではない。

観る者に考えさせるに足る必要最低限の情報を映像提示した上で、様々なことを考えさせるから、この映画が素晴らしのだ。

―― 因みに、ここで特化された家族とは、明智家の面々のこと。

以下、稿を変えて、この明智家の面々が抱えている諸問題を含めて、梗概を書いていく。



2  秘密を持つ家族の崩壊現象の予兆 ―― 物語のダイジェスト
 
 
 
明智家の父親の芳郎は、勤務していた不祥事の責任を負って、退職を余儀なくされながら、その事実を秘匿していたために、いつしか、元の会社の後輩に金を無心するだけでは済まず、サラ金漬けの日々を繋ぎ、実質的な破産状態を来していた。

認知症の義父の世話を一方的に押し付けられて、介護に疲れ切っていた母の章子は、アウトオブコントロール(制御不能)の様相を呈していた。

一方、その生真面目な性格に相応しく、小学校の教師になった倫子は、同僚教師である、婚約者の鎌田の存在に支えられて、無難に教諭生活を繋いでいたが、彼女もまた、鎌田に話せない秘密を有していた。

婚約者に話せない秘密とは、中学生だった頃の自分の下着を売って遊び金を調達するなど、やりたい放題の挙句、10年前に父に勘当されて以来、音信不通状態の兄・周治の存在のこと。

大小様々ながら、それぞれが抱えた秘密は、言うまでもなく「共有」されることなく、ネガティブに膨張していく一方だった。

当然の如く、自我を裸にする、特化されたスポットとしての家族の内部で、秘密にする情報が相応の破壊力を持ってしまえば、その情報が露わにされた時点で、家族の崩壊現象は必至であるだろう。


倫子の婚約者の鎌田を会食に招待し、円満な家族のイメージを仮構した夜を境に、家族の崩壊現象が俄(にわか)にリアリティを持っていく。

認知症の義父の突然の発作を、母の章子が黙過したことで急逝した義父の葬儀の日に、音信不通状態の兄・周治が出現したのである。

香典泥棒で泡銭(あぶくぜに)を稼ぎ出していた周治は、たまたま居合わせた葬儀場で、妹の倫子と再会した。

てっきり、祖父の死を聞きつけて葬儀に来たと信じる妹に対して、巧みな演技で話を合わせていく周治。

しかし、その直後に惹起した決定的な出来事が、崩壊の危うさを秘めた家族の裸形の様態を晒してしまうのだ。

サラ金の取り立て屋に追い詰められる、父・芳郎の動揺ぶりを視認して、驚愕する母・章子と長女・倫子。

決定的なまでに破壊力を内包する、秘密の暴露の現場が収拾できなくなったとき、それを救ったのは、口八丁手八丁のスキルを持つ周治の機転だった。

弁護士を名乗り、サラ金の取り立て屋を、一見、理路整然と追い詰めていく姿に、10年ぶりの再会を果たした家族は殆ど言葉を失っていた。

しかし、予期せぬ長男の帰宅によって、この家族の風景は一変する。

その夜も、借金の取り立て屋の訪問に音を上げる父を救ったのも、この周治だった。
 
香典泥棒で稼いだ120万円を、咄嗟の判断で父に渡し、とりあえず、この夜の危機は免れた。

このとき、周治の判断には、「家族を救う」とう思いがあったとみて間違いないだろう。

それは、泡銭に対するこの男のハードルの低さを、如実に物語っている。

しかし、何年もの間、累積させてきた父の債務の膨大さを目の当たりにして、周治は、父が残した途方もない債務を返済することが不可能であると告げた後、明智家の資産を自分の名義に形式的に変更することを提案した。

この周治の提案は、財産隠しの自己破産ということになるので、財産隠匿罪に抵触し、名義変更を否認され、名義を戻されてしまうケースが可能になる。

債権者もまた、その物件を売却させることで、債権回収に動き、裁判所に訴えるという対抗措置を取ることが可能であり、自宅の差し押さえによって、競売に掛ける権利を所有することにもなるなど、法的にはハードルが高いのだ。
 
その辺りの事情に精通していない両親は、周治の提案を全面的に受け入れ、その才覚に関心すること頻りだった。

一方、「草食系男子」の典型のような、気の弱い婚約者の釜田から婚約の破棄を告げられ、傷心の思いで帰宅した倫子が、その事実を聞き知ったとき、彼女は、兄が如何にデタラメな生き方をしてきたかという事実を、両親に向かって滔々(とうとう)と述べ、周治の提案が、明智家の財産の乗っ取りを意味する危うさを切々と訴えていく。

実は彼女は、帰りのタクシー内でのニュースで、香典泥棒の常習犯であり、指名手配されている事実を既に知っていた。

だから、彼女の説諭には相当の説得力があった。

しかし、長い一日の中で起こった厄介な出来事の連鎖に、すっかり疲弊し切っていた父は、どうでもいいという感じで、その場を離れ、眠りに就いてしまうのである。

こんな脳天気な男だからこそ、家族の崩壊現象への初発の一撃の引き金を引くような、無責任な行為を常態化させてきたと思わせる振舞いだった。
 
 
 
(人生論的映画評論・続/蛇イチゴ(‘03) 西川美和 <「嘘」と「真実」の間に揺れる人間の分りにくさを、決定的に反転された「立ち竦み」のうちに描いた傑作> )より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2013/06/03_30.html