刑事ジョン・ブック 目撃者(‘85)  ピーター・ウィアー <「文明」と「非文明」の相克の隙間に惹起した、男と女の情感の出し入れの物語>

イメージ 11  非暴力主義を絶対規範にするアーミッシュの村の「掟」の中で ―― 事件の発生と遁走の行方



 男と女がいる。

 本来、出会うはずもない二人が、一つの忌まわしき事件を介して出会ってしまった。

男の名はジョン・ブック。

未だ独身の敏腕刑事である。

女の名はレイチェル

夫を喪ってまもない美しい、子連れの未亡人である。

そのの名はサミュエル。

純朴で、女の子のような優しい顔立ちをした児童である。

―― 以下、基本的に、この3人が動くことで開かれていく物語の経緯を書いていく。

 「掟」とも言うべき厳格な規律の下、電気に象徴される「文明」と縁のないコミュニティを形成することで有名な、ペンシルベニア州アーミッシュの村に住む母子が、親族のいるボルチモアへ旅行に出かけた。
 
乗り継ぎのために立ち寄った、フィラデルフィア駅でのトイレで、サミュエルは殺人事件を目撃してしまう。

 幸い、犯人から見つからずに済んだサミュエルだったが、犯人の顔を目視したことで、所轄の警察に連れて行かれるに至った。

 面通しのためである。

その事件を担当した刑事こそ、ジョン・ブックだった。

面通しをしても犯人を特定できなかったサミュエルは、偶然、警察署内に貼ってあった新聞の切り抜き記事の黒人の顔を見て、犯人を特定できたのである。

「麻薬課のマクフィー刑事 青少年補導で表彰される」

これが、切り抜き記事の見出しだった。
 
それを、ジョン・ブックに目配りして教える、会話なきこの緊迫度の高いシーンの演出は冴えている。

言語の挿入なしに済まない文学の限界性と切れた映像フィールドの独壇場である。

惜しむらくは、トラウマになるような恐怖体験をしたサミュエルへの演出に切れが不足していたため、些か感情表現のリアリティに欠けていた嫌いがあったこと。

 これは、ピーター・ウィアー監督も、DVDの特典映像のインタビューで、この辺りの演出の難しさを認めていた。

それはさておき、殺人事件の犯人が身内にいることを知って驚愕したジョン・ブックは、直ちに、その事実をシェイファー本部長に報告した。

 自宅アパートに帰宅したジョン・ブックが、マクフィー刑事に襲われ、銃丸を貫通する程の重傷を負ったのは、その数時間後だった。

 この一件によって、シェイファー本部長による「秘密の暴露」が証明され、レイチェル母子の身の危険を感じたジョン・ブックは、相棒刑事のカーターに連絡し、事の真相を話した上で、サミュエルの調書の始末を依頼した。

 妹の家に匿っていた母子を急いで連れ出したジョン・ブックは、カーターに「2、3日消える」と言い残して、母子を無事にアーミッシュの村に送り届けるに至る。

 無事に送り届けたことの安心感からか、一気にジョン・ブックの貫通銃創の傷が悪化し、命の危険に直面する。
 
居場所が特定され、保安官が乗り込んで来るのを怖れるレイチェルは、出血がひどく、高熱で苦しむジョン・ブックを病院に連れていくことができず、義父が呼んだ療法師に治療を任せ、その間、自ら献身的に看病することで、ジョン・ブックの一命を取留める。

 「治ったら、出ていってもらおう」

 これが、アーミッシュの村の長老たちの結論だった。

 非暴力主義を絶対規範にする村民には、武器を日常的に携帯する男の侵入は、とうてい許容し難い事態なのである。

 ここで、武器の携帯を絶対的なタブーにする、アーミッシュの村の「掟」のエピソードの一つを紹介する。

 ジョン・ブックの銃を預かったレイチェルとの義父が、銃に関心を持った、孫のサミュエルに言い聞かせるシーンである。

 「銃は、人の命を奪うための道具だ。人の命を奪ってはならん。それは、神のお仕事だ。戦争がある度に、世間は我々に言った。”武器を取り、人を殺せ。善を守るたった一つの道だ”と。だが、求めれば、必ず他の道がある。一度手にすれば、それは心を染める。”故に、彼らの中を出て、離れて暮せ。汚れたものに触れるな”」
 
これは、非暴力主義を絶対規範にするアーミッシュの村の、決して破ってはならない「掟」であった。
 
 
(人生論的映画評論・続/刑事ジョン・ブック 目撃者(‘85)  ピーター・ウィアー <「文明」と「非文明」の相克の隙間に惹起した、男と女の情感の出し入れの物語>)より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2013/02/85.html