2 自らのピッチングスタイルの完成形を目指す男
以下、私が菅野智之に強く惹かれる理由を書いていきたい。
その1。
その瞬間、投手が輝く奪三振の魅力に取り憑かれることなく、「打たせて取る」という、一見、地味なピッチングスタイルに拘(こだわ)っていること。
バットの芯を外し、下方に当てさせることで、低めに上手くコントロールする投球術に優れていることが必要条件になるが、当然ながら菅野は及第点である。
これを、「グラウンドボールピッチャー」と言う。
内野ゴロを打たせることができる投手のことで、MLBでは球数を節約する投球が高く評価され、DL(故障者リスト)入りを防ぎ、ローテーションを守るために必須な球数制限の制約に拘泥(こうでい)するのは周知の事実。
だから、奪三振の魅力に取り憑かれ、不必要なまでに球数を増やしてしまう「剛速球投手」は、必ずしも歓迎されない。
また、「グラウンドボールピッチャー」と対極の「フライボールピッチャー」は、外野ゾーンまで飛ばされるミスの危険性が常にあり、MLBでは評価が低い。
また、巨人のカミネロも同様で、抑えの失敗の危うさが常にある。
「グラウンドボールピッチャー」(2016年のゴロの割合は55.3%)と言われている菅野智之だが、ゲームの状況を分析する能力の高さで、150キロのワンシーム系のストレートを勝負球にして、本来的な力投派・速球派の片鱗(へんりん)を見せることが多々ある。
「ワンシームは親指にボールの縫い目がくるように固定し、親指で支えている。だから、しっかりとした軌道を描ける」
菅野自身の解説である。
ストレートの進化によって、「グラウンドボールピッチャー」としての希有な能力を発揮するのだ。
それを証明するデータがある。
「2016年までの10年間で、満塁時に最も三振を奪った投手は」というテーマを指標にした調査であり、これは、ピンチを切り抜ける能力の高さ=「クラッチピッチャー」の重要な尺度となる。
その菅野が、2016年のシーズンまでに満塁の走者を背負った状態で対戦した打者の数は、プロ入り後、4年間で「64」。
その64回の満塁時の打席に対して、彼が奪った三振の数が「21」。
奪三振率にして「32.8%」という、抜きん出た数字こそ、ピンチに強い先発完投型の本格派右腕の証明である。
例えば、ノーアウト満塁の時、菅野はギアを上げ、打者を三振に取る。
そして、次打者を、抜群の制球力でゲッツーに取る。
或いは、俊足の打者なら三振に取る。
こういうピッチングができるので、常に失敗の危うさと切れている印象を与え、「フライボールピッチャー」というより、「グラウンドボールピッチャー」が醸し出す安定感を感じさせるのだろう。
2017年での絶対的エースの一気の跳躍は、この数字を超えていることが予想されるが、残念ながら、2017年の数字のデータを未だ把握し得ないので、これ以上、書き添えることができない。
プロ入り後、スリークォーターから最高球速156キロを記録したストレート系(フォーシーム・ツーシーム・ワンシーム)を軸に、三振が取れるスライダー、カットボール、カーブ、フォーク、シュート等の多彩な変化球を持つ菅野智之の強みは、これらの球種を抜群の制球力で操れる能力の高さにある。
何より、ここで注目したいのは、菅野のストレートのレベルアップである。
これは、「世界野球WBSCプレミア12」で圧倒的な力の差を見せつけられた菅野が、ストレートの強化に重きを置き、そのために、「遠投」と「腕回りの強化」のトレーニングを徹底していく。
前述したように、このトレーニングによって、1年間で、ストレートの平均球速は2キロ上がり、空振り率も2倍になったことで、ストレート勝負が増していく。
このストレートをワンシーム(少し落ちるボール)で試したら、ゴロアウト率が86%に上昇し、菅野の強化トレーニングが実を結ぶのだ。
ワンシームによるゴロアウト率の上昇によって球数が減り、投球回数も増す。
去年のデータによれば、1イニング平均投球数が14.32になり、セ・リーグNO.1となる。
このストレートの進化で、切れ味鋭いスライダーが生きていくのである。
更に言い添えたいのは、菅野のストレートの回転数の多さである。
ボールにバックスピンをかけて投げれば、バッターから見れば、ボールが浮き上がってくるので、球速表示よりも速く感じる。
ストレートの回転数が多いと、この技術が有効になる。
これは、飛行機の翼によって機体を押し上げていく揚力(浮揚力)が発生する物理的メカニズムと同じであり、この物理現象を応用すればボールが浮き、伸びた球を投げられるのである。
スポーツの風景 菅野智之は日本球界で最強の投手である ―― 「10完投200イニング」を目標にする男の真骨頂 よりhttp://zilgs.blogspot.jp/2017/10/blog-post.html