1 先発完投型投手の申し子・菅野智之が弾けていた
本当に成し遂げてしまった。
驚きを隠せない。
CS(クライマックスシリーズ)・ファーストステージ出場への一枚の切符を懸けて、2チームが鎬(しのぎ)を削っていた。
この年も、一頭地(いっとうち)を抜いた猛打の広島打線を9回4安打に抑え、3試合連続完封勝利でリーグトップタイの15勝目をもぎ取った。
◯勝利数 15勝以上(15)
◯勝率 6割以上(.652)
◯投球回数 200イニング以上(202)
◯奪三振 150個以上(200)
◯防御率 2.50以下(2.14)
近年、沢村賞の選考基準7項目をクリアする先発投手がいないので、今年から、先発投手が7イニング以上を投げて、自責点を3点以下に抑える、日本型・「クオリティー・スタート」の基準が導入されている。(MLBでは、6イニング以上・自責点3点以下)
この現象は、投手の投球数に制限を加える、合理的な分業制が確立してきた所産であるから、否定すべくもない。
思うに、24勝無敗の2013年の田中将大投手でさえ、完投数が8で、選考基準の6項目のクリアだったことを思えば、公式戦最終盤で、沢村賞の選考基準の全7項目をクリアした菅野智之の成績の凄みは特筆すべきである。
この選考過程を紹介した面白いブログがある。(若干の再構成)
「選考委員の年長者から順番に、平松政次・山田久志・村田兆治・北別府学。1人2~3分ほどで、僕はこの選手だと思います。理由はなんとかかんとかって述べるわけよ。大概、この4人でもってすでに意見が分かれてるもんでね。最後に、委員長役の俺が自分の意見を言った後に調整役に回るんだけど。昨日はなんてったって5人全員が同じ意見だから。はい、終了~だよ。
最後にオブザーバーとして同席してくださっている、セ・パ両リーグの関係者など、賞に携わる方々に『5人の意見がまとまりまして。今年の沢村賞は菅野智之投手に決まりましたがよろしいでしょうか』と報告と承認を得て、晴れて決定と、そういう流れなんだよ。それで昨日はね、『じゃあ、早いけど記者会見しちゃいましょうか』ってなったら、なんと『まだ記者の方々が集まっておりません!』だって(笑)」
「ピッチャーの分業制が確立してきた今、選考基準を達成するのが難しい数字的に厳しいんじゃないか。そういう意見が内外からある。でも俺としては、賞の冠に『沢村栄治』という名前をつけている限り先発完投型で、その年のNo.1ピッチャーに授与するという伝統は継承していきたい。そう考えているんだ。
そして、沢村さんの栄光に傷をつけないよう目標も高くもっていたい。だからこそ、安易に基準の数字を下げたくない。でも、近年なかなか達成できない。それも現実としてあるので、今季から沢村賞独自のQSの数も考慮することにした。独自のQS(クオリティースタート)とはMLBの基準である6回以上自責点3以内ではなく、7回以上自責点3以内とした。これも完投してもらいたいという意味をこめてあえて7回に設定したんだ。
でも今回は、そんな議論をよそに菅野が全項目をクリアしてくれた。分業制が確立した今でもクリア出来ないことはない。やれるんだ。それを裏付けてくれた大変意義のある沢村賞だったと俺は思っている。菅野、おめでとう!そして、ありがとう!」(「今日もどこかであくたろう」・「沢村栄治賞の総評」2018年10月30日・Ameba)
「菅野、おめでとう!そして、ありがとう!」という言葉で括る堀内恒夫の気持ちが、ストレートに伝わってくる。
私の心情も、堀内恒夫の思いと重なった。
「9月の時点では、広島の大瀬良くん・西武の多和田くん。この2人の名前が挙がってて、大瀬良くんの方が一歩リードしてはいたものの、今年は揉めるかな~なんて思ってたんだ。そこへ菅野のラストスパート。これは凄かったねぇ。終わってみたら、ただ1人、選考基準7項目全クリアだもんね」
「菅野のラストスパート」
完璧過ぎて、言葉を失うほどだった。
冒頭に書いたように、これには驚嘆した。
今振り返れば、開幕直後に連敗(後述)し、酷暑の夏場の低迷も大きかった。
だから、諦めかけた時期もあったと、本人は正直に吐露していた。
「無理だ」
菅野の率直な吐露である。
◯完投試合数 10試合以上
◯勝利数 15勝以上
◯投球回数 200イニング以上
この3つだけがクリアできていなかったが、この厄介な選考基準を満たすには、あまりに難易度が高すぎるのだ。
それこそ、中5日の強行出場して、3連続完封を成し遂げるしかなかった。
私も含めて、最初から望むべくもなく、疲労がピークに達する最終盤の大きな山場で、そんな奇跡の具現を考える術(すべ)もなかった。
3連続完封を遂行したのだ。
そこから前述のように、広島戦での完封劇を演じ、厄介な選考基準の全てを満たすに至る。
同時にそれは、「10完投200イニング」を目標にする男が、その目標を達成した瞬間でもあった。
以下、その喜びを、正直に吐露する「絶対エース」。
「狙って取ると公言して取れた。達成感は去年より格段にある。10完投が一番の難題だと思っていたので、最後の先発登板で決められたのはうれしかった。来年も狙いにいく。もっともっと上を目指したい」(サンスポ・2018年10月29日)
中でも、具体的なタイトル以上に、多くの投手が拘泥する「200イニング」という数字の魔力。
それは、先発投手の捨てられないプライドなのだ。
まさに、この年の秋、「10完投200イニング」を達成した、先発完投型投手の申し子・菅野智之が弾けていた。
スポーツの風景 「『僕は大胆にど真ん中へ投げるようなことはしたくない』 ―― 快刀乱麻 菅野智之2018」よりhttps://zilgs.blogspot.com/2018/11/blog-post.html