落ちた偶像('48) キャロル・リード <複雑な〈状況〉の中に放り投げられ、置き去りにされた少年の悲哀>

 1  秘密を守る少年



 舞台は、ロンドンの某国大使館。

 大使が療養中の夫人を迎えに行って、寂しい思いの息子は退屈を持て余す。

 息子の名は、フェリップ。
 
 フェリップ少年は、敬愛する執事のベインズの話を聞くのを楽しみしているが、肝心のベインズは、ヒステリックな妻と険悪で離婚を考えていた。

 大使館で働くタイピストのジュリーと、不倫の関係にあったからだ。

 ベインズへの愛に生きるジュリーは、報われない恋に疲弊し、辞職を決意した。

 苦悩するベインズ。

 日曜日。

 夫の不倫を疑うベインズ夫人は、外出を装って、大使館内に隠れ忍ぶという策を弄した。

 そんな姑息な夫人の策謀を知らないベインズは、爬虫類好きのフェリップを随伴して、ロンドン市内の動物園へ出かけた。

 当然、ジュリーも一緒である。

 しかし、ベインズにとって、フェリップの相手になる余裕がない。

 ジュリーのことだけが気がかりなのだ。

 動物園の帰途。

 「そろそろ帰って、皆で食事しよう」とベインズ。
 「奥さんが怒らない?」とフェリップ。

 フェリップにも、二人の関係は周知の事実。

 「奥さんが帰って来ない?」

 暫く歩いた後、ジュリーは言った。

 「まさか」とベインズ。
 「昨日のことは?」とジュリー。

 二人の逢い引きのことだ。

 「坊やも秘密を守ってくれた」とベインズ。
 「秘密は守らないと、ダメ?」とフェリップ。
 「勿論」とベインズ。
 「嫌いな人の秘密も?」とフェリップ。
 「そうさ」とベインズ。
 「奥さんの秘密も?」とフェリップ。
 「そうよ、フェリペ」とジュリー。

 これは、物語の布石となる会話となるもの。

 大使館に帰宅後、ベインズ夫人からの偽装の電報が届いていた。

 実家に泊まるので、2日間ほど帰れないという偽装の電報である。

 大使館に泊ることにしたジュリーは、3人で隠れんぼをして遊ぶのだ。

 隠れんぼに疲れ、ベッドに入ったフェリップの視界に侵入してきたのは、あろうことか、ベインズ夫人だった。

 「あの二人はどこにいるの?」 

 嫉妬に狂う夫人は、二人の居場所を執拗に聞いてきた。

 答えられないフェリップ。

 秘密を守る約束があったからだ。

 「何でも知ってるくせに言わないのね。悪い子はお仕置きよ」

 ベインズ夫人の憤怒の形相に、恐怖のあまり、涙を浮かべるフェリップ。

 物音で部屋から出て来たベインズは、妻と口論した。

 ジュリーが泊る部屋を特定し、常軌を逸した振る舞いをする夫人。

 金切り声で叫ぶのだ。

 「女はここね!どうするか、見てなさい!出て来い!見られない顔にしてやるから!」
 「ヒステリーはよせ!」

 それを目撃するフェリップは、怖くて、階段を伝わって外に逃げるが、その途中で聞いた夫人の金切り声。

 「あの子も許さない!嘘つきで、陰険な悪ガキ!」

 震え慄くフェリップは、夫婦の諍(いさか)いを見て、外に逃げて行こうとした。

 「事件」が出来したのは、フェリップが外部階段の踊り場から室内を見たときだった。

 ベインズ夫人が転落したのである。

 「突き落とした!」

 フェリップは思わず呟くが、その現場を見ていなかった。

 実際は、転落した場面だけを見ただけだったが、傍らに立っているベインズを目視したことで、フェリップはベインズが夫人を突き落としたと思ったのである。


(人生論的映画評論/落ちた偶像('48) キャロル・リード <複雑な〈状況〉の中に放り投げられ、置き去りにされた少年の悲哀>)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2011/03/48.html