告発の行方('88)  ジョナサン・カプラン  <「当事者熱量」と「第三者熱量」が無化されたとき>

 自らが被害者となった、酒場におけるレイプ事件を告発した些かヤンキーな女性が、剛腕な女性検事補の助けを借りて、暴行犯・教唆犯の6名を刑務所に送り込むという話で、詳細なプロット説明は省く。

 ここでは、映像後半のレイプ裁判に焦点を当てていきたい。

 それこそが、映像の生命線であるからだ。

 以下、レイプ裁判を再現する。

 ―― メディアを巻き込んだ、本人出頭によるレイプ裁判が開かれた。

 「夜遅く、ボブと試合を見に行った後、彼がときどき行くその店へ、すごくセクシーな子が入って来ました。彼女は座り、僕らの後ろで友達と話し始めました。バーにかけていたダニーも彼女を見て、2人の席へ酒を」

 映像説明の一切は、友人を暴行罪で訴える覚悟で悩んでいた、ケンのこの証言から始まっていく。

 再現していく。

 事件の現場となった酒場の名は、ミル。

 「ラリーの前で、彼とやりたいわ」

 これは、ミルの店内で、マリファナを吸引していて、些か気分が昂揚している状態のサラが、友人のサリーに話した内容。

 サリーはミルの従業員で、その休憩時間を利用して、サラと一緒に寛いでいたのである。

 また、ラリーとはサラの恋人であり、そのサラが、彼との痴話喧嘩の鬱憤を晴らすために、ミルに来ていたという経緯があった。

 ともあれ、「彼とやりたいわ」と、サラが嘯(うそぶ)いた直後、彼女が取った行動は、是見よがしに上着を脱いで、店内にいる男たちを挑発するという危うさに満ちたもの。

 サラが「指名」した「彼」とは、学生のボブのことで、ケンの親友である。

 そんなサラの挑発に乗って、彼女の席にやって来たのは、「彼」ではなく、サリーと見知りのダニーだった。

 ダニーもまた、マリファナを吸引していて、昂揚感のピークアウトの状態を露わにしていた。

 「彼女は立って、奥の席へ。ボブも入って、酒を飲みながらゲームを」(ケンの証言)

 ゲームとは、盤上のピンを当てて得点を得る、ピンボールゲームのこと。

 やがて、サラと踊っていたダニーがキスしながら、彼女をゲーム盤上に押し倒し、スカートの下から手を入れた。(サラの証言)

 抵抗するサラ。

 しかし、力の強いダニーの手がサラのシャツを裂き、スカートを捲(めく)り上げて、パンティーを引き下ろしていった。(サラの証言)

 「逃げようとしたけど、物凄い力で押さえ付けられていて、キスしながら、下から手を股の間に・・・周りでは、“押さえ付けろ!押さえ付けろ!”と。大男のカートが、私の腕を押さえ付け、男たちは拍手し、歓声を上げました。ダニーに手で口を塞がれ、顔を押さえられて、私は眼を閉じました。彼が私の中に入って来て、終わると、次の男が・・・皆は“やれ!やれ!大学生!”と。そしてボブが私の中へ。・・・男たちは笑ったり、手を叩いたり、大騒ぎを。“短小!短小!”と囃し立てられ、カートが私の中に。周りの者は声を合わせて、”プッシーに“突っ込め!・・・私は店の外に出て、通りがかった車で病院へ・・・」

 それ以上言葉を繋げない衝撃的なサラの証言が、涙の内に閉じられた。

 映像はそれ以前に、ケンの証言の前で開陳された、サラの証言を拾い上げていたのである。

 再び、映像説明を随伴する、ケンの証言を再現していく。

 以下の内容である。

 ゲーム室で、ダニーの暴力を受けるサラが、逃亡するまでのプロセスを、時系列で追っていく。

 懸命に抵抗するサラ。

 ダニーはサラの喉を押さえて、暴行を継続していく。

 それを面白がって見ていたクリフが、「突っ込め!」と囃し立てた。

 ダニーが後ろの者たちに、「押さえろ!」と指示することで、飢えた男たちが占有する、密室のような危ういスポットは異様な興奮に包まれた。

 ダニーの射精によるレイプが終わるや、「次は兄ちゃんだぞ、学生!」と囃すクリフの指示で、輪姦が強行されていく。

 その濁った臭気の漂う空気の中で、学生のボブがサラをレイプし、囃された流れの中でのカートの暴行が続いた。

 店の狭いスポットで、3人の若者による輪姦が強行されていったのだ。

 店の中にいた者たちは、それに気付くが、注意することもなかった。

 「いいぞ!もっとやれ!腰抜け!」

 ここでも、クリフが囃し立てる。

 「何だと!バカにすんな!」

 男の沽券(こけん)に関わる心理圧を受けて、レイプ犯はより凶暴さを増していった。

 ここで事態の異様さに気付いたサリーは、店の仕事を切り上げて、恐怖のあまり逃げ出してしまった。

 このとき、サラがカートの指を噛んで、怯(ひる)んだ隙に半裸で逃げ出した。

 ファーストシーンである。

 以上のケンの証言の内容は、サラと重なるものだったが、映像はそれをリアルに映し出していった。

 「サラがレイプを煽ったと思いますか?」

 地方検事補キャサリンの問いに、ケンは「いいえ」と一言。

 しかし弁護士は、被告が暴行犯でない弁論を展開した。

 「サラの行った証言は、聞く者の心を強く揺さぶりました。しかし、その証言が事実で、同情を覚えたとしても、それは本件とは無関係です。3人の被告は暴行犯ではない!」

 弁護士は、更に畳みかけていく。

 無論、陪審員の心証を良くするための弁論術である。

 「ケンの証言が事実なら、被告は有罪。しかし、彼は毎日自分を責めていました。彼は法廷で、その責めを洗い流した・・・あの部屋にいた全員が、ケンにとっては有罪に思えたのです。彼は自分が何もしなかったことを悔いて、他人にも罪を負わせようとしているのです。彼自身はそれで何の被害も受けませんが、被告たちは懲役に処せられます。賢明な判断を。無罪です」

 これは、決定的な証言をしたケンの心理を、逆手にとった巧妙な弁論である。

 これに対するキャサリン検事補は、説得力を持つ反論で切り返す。

 「レイプを黙って見ていただけなら、教唆ではありません。しかし他人の暴行行為を唆し、煽り、けしかけることは、教唆犯と言われる行為なのです・・・被告たちは見ていただけではなく、囃し立て、手を叩き、暴行を唆したのです。サラが犯されることを望んだのです。それも何度も・・・」

 この最終公判の結果、陪審員の評決は「有罪」となり、「教唆犯」が成立するに至ったのである。

 公判での、丁丁発止(ちょうちょうはっし)と渡り合う場面の少ない「法廷映画」は、呆気ない幕切れを印象付けて、二人のヒロインの笑顔の内に閉じていった。

 「米国で起こる暴行事件は、6分に一件。4件に一件は複数犯による犯行である」

 あまり実感の湧かないこのキャプションが、消えた画面の後に残されていた。


(人生論的映画評論/告発の行方('88)  ジョナサン・カプラン  <「当事者熱量」と「第三者熱量」が無化されたとき>」)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2010/03/88.html