「私はアルフレッド・ヒッチコック。今まで多くのサスペンス映画をお送りしてきた。だが、今回は少し違う。異は事実にあり。これは実際にあった物語である。私が今まで作ったどの恐怖の映画より、奇なることがあるのだ」
映画の冒頭でヒッチコックが語るように、本作は、「ライフ誌」に掲載された実話の映画化である。
ニューヨークのクラブでベースを弾くミュージシャン、マニー・バレストレロは、保険会社の事務所を訪ねた。
愛妻のローズの保険証書を抵当にして、妻の歯の治療代を捻出しようとしたのである。
全ては、この行動から開かれた。
去年、その保険会社の事務所を襲った強盗犯人と間違えられ、マニーは警察署に連行され、拘束されたのである。
その間、筆跡鑑定が実施され、犯人の残した脅迫文の筆跡と酷似していたばかりか、保険会社の事務所の目撃証言とも一致したことで、彼が強盗犯人と特定されたのだ。
自宅への連絡も許可されず、マニーはその日、警察署の留置所に拘束された。
留置所の中で、不安と恐怖の夜を過ごしたマニーに待っていたのは、手錠を掛けられて、拘置所に連行されるという現実だった。
まもなく、マニーは親族の協力で高額な保釈金を支払って、帰宅が許可された。
夫婦は誠実そうな弁護士と会って、弁護を依頼するが、ここから困難を極める夫婦の戦いが開かれたのである。
マニーの無実を証明する証人探しは、想像を絶するほど困難だったからだ。
マニーのアリバイを証明するはずの4人の内の2人は既に逝去していて、残りの2人を探さねばならなかったが、それ自身殆ど絶望的な状況でもあった。
「私があなたを、こんな目に遭わせたんだわ」
この嘆息は、自分を責めるローズの言葉。
彼女は精神的に追い詰められているようだった。
「まるで誰かに意地悪されているようで・・・」
これは、弁護士に語ったマニーの言葉。
残りの2人の証人探しを前に、ローズの自我は無気力感に支配されていた。
摂食もなく、不眠状態の彼女はネガティブな反応をするばかり。
「何をしようと不利に働くだけだわ。いくら無実でも、彼らはあなたを犯人だと思っている。全ては彼らの手の中。逃げられない。仕事もなく、子供も学校へ行けない。それをずっと考えていたの。私たちは家の中に閉じこもるの。誰も入れないの」
「そうだね。必要以上に出るのはよそう。子供たちの面倒は、お母さんに看てもらおう」
妻の言葉に異変を感じた夫は、彼女をフォローしようとするが、その気持ちが相手に届かない。
「私がおかしいから、子供を外へ?あなただっておかしいわ。狂ってるかもよ。無実だって分らないわ。あなたがしたかも・・・アリバイもなし。彼らは全て潰す。そうよ、潰されるわ」
その直後、妻は自分のヘアーブラシを取って、その土手で夫の額を思い切り叩いたのである。
夫の額から滲み出る血を見て、正気に戻った妻は、今度は自らを責めていく。
「あなたの言う通り、私、おかしいわ。私を何とかして・・・皆、信頼してくれてるのに、私が裏切って」
ローズと精神科医との、シビアな対話。
「いつも、そうでは?」と精神科医。
「違います」とローズ。
「そう思い始めたのは?」
「主人が捕まったとき、私のせいだと」
「なぜです?」
「皆、私を責めようと」
「ご主人を?あなたを?」
「私が罰せられます。私のせいで主人が。私がいけないのです」
「皆はご主人が有罪だと?」
「彼の無実は、皆知っています。罪は私にあるのです。私を捕まえる気なのです・・・何もかも、皆が私を」
その結果、「夫に忍び寄る危険も自分のせいだ」と考え、彼女は精神が衰弱していると診断され、療養所に行くように勧められた。
ローズは、恐怖と罪の意識に押し潰されているのだ。
押し潰された状態に耐え切れず、感覚を鈍磨するという防衛戦略に流れ込んでいったのである。
結局、ローズは精神病院に入れられた。
(人生論的映画評論/間違えられた男('56) アルフレッド・ヒッチコック <非日常の時間の未知のゾーンに拉致されていく心的圧力による不安と恐怖>」)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2010/05/56.html
映画の冒頭でヒッチコックが語るように、本作は、「ライフ誌」に掲載された実話の映画化である。
ニューヨークのクラブでベースを弾くミュージシャン、マニー・バレストレロは、保険会社の事務所を訪ねた。
愛妻のローズの保険証書を抵当にして、妻の歯の治療代を捻出しようとしたのである。
全ては、この行動から開かれた。
去年、その保険会社の事務所を襲った強盗犯人と間違えられ、マニーは警察署に連行され、拘束されたのである。
その間、筆跡鑑定が実施され、犯人の残した脅迫文の筆跡と酷似していたばかりか、保険会社の事務所の目撃証言とも一致したことで、彼が強盗犯人と特定されたのだ。
自宅への連絡も許可されず、マニーはその日、警察署の留置所に拘束された。
留置所の中で、不安と恐怖の夜を過ごしたマニーに待っていたのは、手錠を掛けられて、拘置所に連行されるという現実だった。
まもなく、マニーは親族の協力で高額な保釈金を支払って、帰宅が許可された。
夫婦は誠実そうな弁護士と会って、弁護を依頼するが、ここから困難を極める夫婦の戦いが開かれたのである。
マニーの無実を証明する証人探しは、想像を絶するほど困難だったからだ。
マニーのアリバイを証明するはずの4人の内の2人は既に逝去していて、残りの2人を探さねばならなかったが、それ自身殆ど絶望的な状況でもあった。
「私があなたを、こんな目に遭わせたんだわ」
この嘆息は、自分を責めるローズの言葉。
彼女は精神的に追い詰められているようだった。
「まるで誰かに意地悪されているようで・・・」
これは、弁護士に語ったマニーの言葉。
残りの2人の証人探しを前に、ローズの自我は無気力感に支配されていた。
摂食もなく、不眠状態の彼女はネガティブな反応をするばかり。
「何をしようと不利に働くだけだわ。いくら無実でも、彼らはあなたを犯人だと思っている。全ては彼らの手の中。逃げられない。仕事もなく、子供も学校へ行けない。それをずっと考えていたの。私たちは家の中に閉じこもるの。誰も入れないの」
「そうだね。必要以上に出るのはよそう。子供たちの面倒は、お母さんに看てもらおう」
妻の言葉に異変を感じた夫は、彼女をフォローしようとするが、その気持ちが相手に届かない。
「私がおかしいから、子供を外へ?あなただっておかしいわ。狂ってるかもよ。無実だって分らないわ。あなたがしたかも・・・アリバイもなし。彼らは全て潰す。そうよ、潰されるわ」
その直後、妻は自分のヘアーブラシを取って、その土手で夫の額を思い切り叩いたのである。
夫の額から滲み出る血を見て、正気に戻った妻は、今度は自らを責めていく。
「あなたの言う通り、私、おかしいわ。私を何とかして・・・皆、信頼してくれてるのに、私が裏切って」
ローズと精神科医との、シビアな対話。
「いつも、そうでは?」と精神科医。
「違います」とローズ。
「そう思い始めたのは?」
「主人が捕まったとき、私のせいだと」
「なぜです?」
「皆、私を責めようと」
「ご主人を?あなたを?」
「私が罰せられます。私のせいで主人が。私がいけないのです」
「皆はご主人が有罪だと?」
「彼の無実は、皆知っています。罪は私にあるのです。私を捕まえる気なのです・・・何もかも、皆が私を」
その結果、「夫に忍び寄る危険も自分のせいだ」と考え、彼女は精神が衰弱していると診断され、療養所に行くように勧められた。
ローズは、恐怖と罪の意識に押し潰されているのだ。
押し潰された状態に耐え切れず、感覚を鈍磨するという防衛戦略に流れ込んでいったのである。
結局、ローズは精神病院に入れられた。
(人生論的映画評論/間違えられた男('56) アルフレッド・ヒッチコック <非日常の時間の未知のゾーンに拉致されていく心的圧力による不安と恐怖>」)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2010/05/56.html