タイムズ・スクウェアを一人の男が、部下を連れて歩いている。
左手に携帯電話を持って、次々に相手を替えて話し込んでいる。男の名はスチュワート・シェパード。通称スチュ。パブリシスト(注1)である。宣伝マンであるスチュは、携帯一つでタレントなどの売込みや、様々なイベントを計画し、自らが勝ち組のセレブとなった気分で日々を送っている。
(注1)「パブリシストとは、芸能人や政治家などのセレブをクライアントに持ち、彼らとマスコミの間を繋げるために様々なパーティ、記者会見などのイベントを企画・実施していくPR担当者、プレスのこと。一方ではスキャンダルが発覚しないための工作活動を手がけることも。マスコミが集中する大都市圏でしか成立しない職業である」(映画「ニューヨーク、最後の日々」公式HPより)
そんな多忙な男が携帯を手放して、フォーン・ブースに入った。
明日になれば取り壊される予定の、最後の電話ボックスである。男がそこに入ったのは、自分の携帯を使えないからである。機能上の問題ではなく、妻帯者である彼が通話記録を残したくないためだ。クライアントである新進女優に、いつも彼はこのようにして連絡をとっているのである。
そこに、ピザの配達がやって来た。
男はしつこく付きまとう配達員に金を払って、「お前が食え。失せろ」と下品に言い放って追い返した。スチュは女優の卵に電話して、映画の企画を持ち出して誘いをかけていく。彼はその誘いを断られ、受話器を置いてボックスを出ようとした。
更にそこに、一本の電話。彼は思わずその電話を取ってしまった。
「面白いよな。電話が鳴る。相手は分らない。なのに電話を取ってしまう」
いきなり、知らない男の声がした。
「何だって?」とスチュ。
「君は私の感情を傷つけたぞ」
「誰だ?」
「電話ボックスから出るな」
「番号違いだ」
「美味いピザだった。食って欲しかったよ」
「さっきのピザは、イケるジョークだな」
「これから体力の限界を味わうぞ」
「悪いが切る」
「ダメだ。君は私に従うんだ」
「あんたに従う?誰だ?」
「君を見ている」
「俺を?」
「ラズベリー色のシャツに、黒のスーツ。イタリア風だな」
「どこから見ている?」
「沢山ある窓を調べて見ろよ」
「俺は今、何を?」
スチュは電話ボックスから身を乗り出して周囲を見回したが、まるで見当がつかない。彼の中に少しずつ不安が過(よ)ぎってきた。
「頭を掻き、髪を後ろへ撫で付けた。良くないぞ、スチュ」
「スチュだって?一体誰のことだ?」
「スチュアートと呼ぶか?」
「あんたに関係ない」
「スチュアート・シェパード。西51丁目1326番3階」
「俺に構うな」
「私はパムも知っている。電話を切るとまずいぞ。誰かが傷つく」
パムとは、新進女優パメラのこと。電話の相手が自分のプライバシーを把握していることに、スチュは不安を隠せない。
「どうした?スチュ」と電話の男。
「俺が見限った役者か、クビにした助手なら、この町で働けないよう手を回すぞ。俺は無名の人間をスターにも、負け犬にもできる。聞こえたか?金が目当てなのか?狙いは何だ?」
スチュは懸命に虚勢を張って、相手を恫喝しようとする。しかし相手はどこまでも冷静である。
「話す気になったか?」
「アダムの差し金か?」
「いや、私が自分でやったことだ」
「下らん、切るぞ」
「君の妻、ケリーにかける。後でな」
電話を切ったスチュの表情は、明らかに不安な気持ちを隠せないでいる。彼はボックスを飛び出して、周りを見回した。しかし何も分らない。町行く人々が、それぞれ手に携帯を持って、自分の日常的なプライバシーを吐き出している。そこに再び、ブースの電話が鳴った。
スチュはそれを取って、いきなり不快な思いをぶつけた。未だ強気である。
「望みは何だ?」
「私の話に集中しろ」
「俳優か?」
「そう、君が見限った役者だ」
「仕事はなし?」
「君に手を回されるまでもなく、この街では働けない。オフ・ブロードウェイ(注2)に出たがこけた。家賃を払うため、ウェイターやトイレ掃除もしている」
「オーディションさせてやる」
「たかが宣伝屋のくせに」
「エージェントに顔が利く。楽勝だよ」
「本当か?すごい。電話して欲しい人がいる」
「誰だ?」
「さっき君がかけた相手だよ」
「何のことだ」
「メモしておいた。君が押した番号は丸見えだ。パムにかけろ。じゃ、私がかける」
「止めろ!」
「手遅れだ。もう鳴っている。スピーカーホーンにする」
「冗談だろ」
「スチュ。私は冗談が嫌いだ」
ここで電話の男は、パムに電話した。パムの声がスチュにも届くが、彼の声はパムには聞こえない。それを利用して、男はパムに、スチュがなぜ携帯ではなく、電話ボックスからいつもパムに電話することの理由を説明する。
「女房に携帯の請求書を調べられると困るからだ」と電話の男。
「何てことだ」とスチュ。
「独身だと言ってたわ」とパム。
「女房がいるとも。名前はケリー。感じのいい声をしている・・・君を騙すのは寝るためだよ」
「デタラメだ。信じるな」とスチュ。しかしその声は、パムには聞こえない。パムは男の声を受けて、「私はバカじゃない。彼と寝るつもりはない」と答えていく。
左手に携帯電話を持って、次々に相手を替えて話し込んでいる。男の名はスチュワート・シェパード。通称スチュ。パブリシスト(注1)である。宣伝マンであるスチュは、携帯一つでタレントなどの売込みや、様々なイベントを計画し、自らが勝ち組のセレブとなった気分で日々を送っている。
(注1)「パブリシストとは、芸能人や政治家などのセレブをクライアントに持ち、彼らとマスコミの間を繋げるために様々なパーティ、記者会見などのイベントを企画・実施していくPR担当者、プレスのこと。一方ではスキャンダルが発覚しないための工作活動を手がけることも。マスコミが集中する大都市圏でしか成立しない職業である」(映画「ニューヨーク、最後の日々」公式HPより)
そんな多忙な男が携帯を手放して、フォーン・ブースに入った。
明日になれば取り壊される予定の、最後の電話ボックスである。男がそこに入ったのは、自分の携帯を使えないからである。機能上の問題ではなく、妻帯者である彼が通話記録を残したくないためだ。クライアントである新進女優に、いつも彼はこのようにして連絡をとっているのである。
そこに、ピザの配達がやって来た。
男はしつこく付きまとう配達員に金を払って、「お前が食え。失せろ」と下品に言い放って追い返した。スチュは女優の卵に電話して、映画の企画を持ち出して誘いをかけていく。彼はその誘いを断られ、受話器を置いてボックスを出ようとした。
更にそこに、一本の電話。彼は思わずその電話を取ってしまった。
「面白いよな。電話が鳴る。相手は分らない。なのに電話を取ってしまう」
いきなり、知らない男の声がした。
「何だって?」とスチュ。
「君は私の感情を傷つけたぞ」
「誰だ?」
「電話ボックスから出るな」
「番号違いだ」
「美味いピザだった。食って欲しかったよ」
「さっきのピザは、イケるジョークだな」
「これから体力の限界を味わうぞ」
「悪いが切る」
「ダメだ。君は私に従うんだ」
「あんたに従う?誰だ?」
「君を見ている」
「俺を?」
「ラズベリー色のシャツに、黒のスーツ。イタリア風だな」
「どこから見ている?」
「沢山ある窓を調べて見ろよ」
「俺は今、何を?」
スチュは電話ボックスから身を乗り出して周囲を見回したが、まるで見当がつかない。彼の中に少しずつ不安が過(よ)ぎってきた。
「頭を掻き、髪を後ろへ撫で付けた。良くないぞ、スチュ」
「スチュだって?一体誰のことだ?」
「スチュアートと呼ぶか?」
「あんたに関係ない」
「スチュアート・シェパード。西51丁目1326番3階」
「俺に構うな」
「私はパムも知っている。電話を切るとまずいぞ。誰かが傷つく」
パムとは、新進女優パメラのこと。電話の相手が自分のプライバシーを把握していることに、スチュは不安を隠せない。
「どうした?スチュ」と電話の男。
「俺が見限った役者か、クビにした助手なら、この町で働けないよう手を回すぞ。俺は無名の人間をスターにも、負け犬にもできる。聞こえたか?金が目当てなのか?狙いは何だ?」
スチュは懸命に虚勢を張って、相手を恫喝しようとする。しかし相手はどこまでも冷静である。
「話す気になったか?」
「アダムの差し金か?」
「いや、私が自分でやったことだ」
「下らん、切るぞ」
「君の妻、ケリーにかける。後でな」
電話を切ったスチュの表情は、明らかに不安な気持ちを隠せないでいる。彼はボックスを飛び出して、周りを見回した。しかし何も分らない。町行く人々が、それぞれ手に携帯を持って、自分の日常的なプライバシーを吐き出している。そこに再び、ブースの電話が鳴った。
スチュはそれを取って、いきなり不快な思いをぶつけた。未だ強気である。
「望みは何だ?」
「私の話に集中しろ」
「俳優か?」
「そう、君が見限った役者だ」
「仕事はなし?」
「君に手を回されるまでもなく、この街では働けない。オフ・ブロードウェイ(注2)に出たがこけた。家賃を払うため、ウェイターやトイレ掃除もしている」
「オーディションさせてやる」
「たかが宣伝屋のくせに」
「エージェントに顔が利く。楽勝だよ」
「本当か?すごい。電話して欲しい人がいる」
「誰だ?」
「さっき君がかけた相手だよ」
「何のことだ」
「メモしておいた。君が押した番号は丸見えだ。パムにかけろ。じゃ、私がかける」
「止めろ!」
「手遅れだ。もう鳴っている。スピーカーホーンにする」
「冗談だろ」
「スチュ。私は冗談が嫌いだ」
ここで電話の男は、パムに電話した。パムの声がスチュにも届くが、彼の声はパムには聞こえない。それを利用して、男はパムに、スチュがなぜ携帯ではなく、電話ボックスからいつもパムに電話することの理由を説明する。
「女房に携帯の請求書を調べられると困るからだ」と電話の男。
「何てことだ」とスチュ。
「独身だと言ってたわ」とパム。
「女房がいるとも。名前はケリー。感じのいい声をしている・・・君を騙すのは寝るためだよ」
「デタラメだ。信じるな」とスチュ。しかしその声は、パムには聞こえない。パムは男の声を受けて、「私はバカじゃない。彼と寝るつもりはない」と答えていく。
(人生論的映画評論/フォーン・ブース('02) ジョエル・シューマッカー <匿名性社会、その闇のテロリズム>」)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2008/12/02_16.html