カナリア('04) 塩田明彦 <そこのけ、そこのけ、「子供十字軍」が罷り通る>

 子供が、大人または大人社会によって、自分の意思とは無縁な辺りで遺棄されるような苛烈な環境に置かれていて、その子供の現在的なキャパシティを遥かに越える適応を、彼らを囲繞する環境から強いられたとき、その子供が自分を理不尽な状況下に置かれた現実を、邪悪、且つ否定的な感覚で、その幼い自我の内に把握することによって、その子供が、これまでの負性の関係史を反転攻勢させる意志に繋げる薄明の文脈を身体化するということ。
 
 それは、幼い自我の明瞭な大人、または大人社会への異議申し立てであり、しばしば、激越な行動を随伴することで、一見、「子供VS.大人・大人社会」という短絡的な関係構図の内に、「聖なる子供十字軍」の進軍が発動されて、画面一杯に、その高らかな雄叫びや浮薄なアジテーションが、多分に感傷含みで刻まれていくであろう。

 私は大枠に於いて、このような溢れ返るような映像表現の類の作品を、「聖なる子供十字軍」の殆ど遊戯的なコミック映像群と呼んでいる。例を挙げれば限りがないから省略するが、近年、この類の映像群が巷に氾濫していることに深く嘆息している。

 そんな映像群の一つである本作を最後まで我慢して観て、どうしても幾つかの点について言及せずにはいられなかった。その辺を書いていく。

 まず、このようなテーマを持つ作品を世に放つとき、無視し難い視座があることを指摘したい。

 即ち、苛酷な環境下に置かれた子供が、その負性なる環境の縛りを突き破り、その邪悪なる世界と何某かの対決を身体化するとき、そこで表現された身体的、理念的ラインの内には不可避なる制約があるということだ。その映像をファンタジーや、重厚な形而上学、純粋コミックの世界に流そうとせず、少なくとも、作品の骨格からリアリズムを意図的に削ろうとしないならば、どうしても、その作品には不可避なる制約が付きまとってしまうのである。

 それは、例えば12歳の子供なら、その子供の自我の現在性という絶対的制約がある。つまり、その子供の自我が抱える情報、経験、感性の総体の内側からのみ、その子供の表現の全てが吐き出されてくる限り、そこで吐き出された表現には、経験的に社会化された重量感が当然ながら欠落することになる。

 本作の少年が、ラストシーンに於いて、「我は全てを許す者なり」と、恰も、状況を俯瞰した者の視座で言い放つとき、果たしてそこに、この少年のメッセージに仮託された作り手の思いがどれほど具象化されているのだろうか。

 もし作り手が、この少年のメッセージに存分な思いを仮託したとすれば、そのメッセージの重量感の欠落が、映像表現の重量感の欠落を検証するものにはならないのか。或いは、少年のメッセージが、なお洗脳された内的状況下の表現の範疇で捉えるならば、母の死によって金髪化したコミック的エピソードの流れの内に、「ニルヴァーナの子」としての思春期を、なお快走し続けねばならないことになる。だとすれば、これは一篇の読み切りコミックと全く変わらない、言わば、映像上の遊戯であったと見られても仕方ない究極の愚作になるだろう。

 考えても見よう。

 真の意味での人生の絶望と、辛酸を通過してきた中で形成した社会的自我とは無縁に、単に、「歪んだ自我」を洗脳によって形成されてきたに過ぎない偏頗(へんぱ)な自我が、唐突に、トラウマになるような異常な経験をしたことによって、達観した者のような人生訓を垂れるときの、その重量感の欠落をどう評価すべきなのか。

 或いは、「子供の自我の社会化の未成熟」を無視して、例えば、テオ・アンゲロプロスの「霧の中の風景」のように、そこに形而上学的なメッセージを仮託するムービーならそれもいい。私も嫌いではない。思うに、本作がそのようなムービー・カテゴリーの内側で勝負を挑んだ作品であることを仮定しても、残念ながら、表現それ自身が内包する、固有なる力感を決定的に欠如してしまっていたことは否めないのだ。作品に全く力がないからだ。それは、映像的表現力の圧倒的な欠落感であると言ってもいいだろう。

 一応そこに、物語のモデルとなった陰惨な事件があり、この事件に絡んだ者たちの後日談の一環として、児童相談所を脱走して、妹を奪回する少年少女の物語性としての骨格が中枢に座っていて、そこから基本的に逸脱しないラインで、物語をまとめ上げていくというオーソドックスな手法の中に、余分なものが不必要なまでに侵入してしまったり、または、その表現にあまりに稚拙なものが流れ込んでしまったりして、それが表現作品の完成度を著しく貶めてしまっていたのである。



(人生論的映画評論/カナリア('04) 塩田明彦 <そこのけ、そこのけ、「子供十字軍」が罷り通る>」)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2008/11/04.html