十九歳の地図('79) 柳町光男 <歪んだ支配願望が極点にまで達する危うさを必然化して>

 1  「嫌がらせの電話」という卑小な日常を繋ぐ青年



 ファーストシーン。

 厳冬の東京の未明。

 新聞を抱えた青年が、白い息を吐きながら走っている。

 一軒の家の前で立ち止まる青年。

 いつも吠えられている犬が、今朝もまた、青年に向かって攻撃してきた。

 小石を投げ、新聞を素早く入れた後の青年のモノローグ。

 「鈴木勇、×二つ」

 青年の名は、吉岡。

 紀州から上京後、新聞配達をしながら、一応、早稲田を目指して予備校に通っているが、熱心には見えない。

 そんな吉岡の「秘密の快楽」 ―― それは、不快な経験を蒙った配達先に×印をつけ、「×三つ」になると、「嫌がらせの電話」をかけ、何某かの暴力的攻勢を加えていくこと。

 例えば、「鈴木勇、×二つ」の家は、早くも切れた吉岡は、犬殺しの「通告」をするのだ。

 「お宅ね。ワンワン、吠える犬飼ってるでしょ。お宅は、×印が2つなんだよ。犬、今いますか?後であの犬見舞ってやって下さいよ。頭殴り付けたら死んじゃったよ。お前んちの玄関の軒先にぶら下げてあるからな。よく見とけよな、間抜け野郎!」

 また、新聞台を3カ月溜めて払わない男を脅した後に、快感の笑顔で「俺は右翼だ」と呟くのだ。

 金魚を買って来るそばから、それを殺す少年は、「南無妙法蓮華経」と唱える新興宗教を信仰する母に、暴力を振るう家庭だった。

 その新興宗教に誘われた吉岡の「判定」は、「クソ、貧乏人め。×二つ」。

 「やっぱり、どこにでも不幸はあるもんだわね。でも、それが世の中だから負けちゃだめよ」

 これは、集金でコーヒーとケーキをご馳走になった際、父が死んだことを告げた吉岡が、その家の主婦に言われた言葉。

 吉岡の「判定結果」は、表札を奪うことで、×印一つ追加。

 更に、彼の「判定」ノートには、「偽善者」という理由がメモされていた。

 それだけで我慢ができない吉岡は、例の「嫌がらせの電話」をかけ、電話に出た娘を恫喝するのだ。

 「お前んちに爆弾仕掛けて、一家4人、皆殺しにしてやるよ!」

 配達の途中で、牛乳を飲むのを常態化していた、そんな卑小な日常を繋ぐ青年がそこにいた。



(人生論的映画評論/十九歳の地図('79) 柳町光男 <歪んだ支配願望が極点にまで達する危うさを必然化して>)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2011/04/79.html