豊かさは共同体を破壊する

 15~16世紀のヨーロッパ経済の出現は、他の文明を圧倒し、ひとり資本主義的発展のコースに踏み出してしまった。ここから、あらゆるものが変貌を遂げていく。

 16世紀から18世紀にかけて展開された、手工業生産中心のプロト工業化を経て、18世紀後半の産業革命は機械制工業の道を開き、牙を剥き出しにした資本主義は暴力化するが、近代市民社会を支える主要な原理の浸透によって、暴力的な資本主義がそれぞれの国民国家の枠内で、その暴力性の牙を相対的に、漸次削り取っていったとき、私たちはいつのまにか、「皆、アメリカになろう」と唱和していたのだった。

 いや、私たちだけではない。

 些か古いエピソードだが、サン人(注1)も馬上のハンターに変貌したり(その定住化も進んでいる)、ニューギニアの高地部族などは、文化人類学者のお土産(ラジカセ等)を期待したり、加えて、バリエム渓谷のアキマ村などいくつかの村ではミイラが公開され(ダニ族)、ミイラ観光(写真)で算盤を弾くとも言われる。

 またメキシコのある部族では、白人のチャーター機が近づいていくると、部族全体がざわつき始めるや、突如、青年が交換用の煙草や石器を持ち出して走り出すというエピソードが、真木悠介見田宗介)の「気流の鳴る者──交響するコミューン」(筑摩書房刊)に紹介されている。

 これらの事例は、既に30年以上の昔の話である。

 イスラエルキブツでは、キブツ外で手に入れた電気製品を誰かが持ち込むと、その本来的な平等の原理の内的要請によって、遂にそれを買う羽目になり、キブツ経済は外部文明の圧力で逼塞状態であるというレポートもある。

 更に、中国の奥地に一台の外車が入り込んだら、車を見たことのない人々の人だかりの騒ぎで、車が動けなくなってしまったというのだ。

 このレポートの筆者は、「そこにアメリカある限り、みなアメリカになりたいのである」というような筆致で結んでいた。

 これが、近代文明の否定し難い底力なのだ。

 「健康な肥満」で名高いトンガに肉食文明が入り込んで、ハカロロイ(芋類)と魚とココナッツという、三種のみで食生活を維持していたそのバランスを大幅に崩し、高血圧症や糖尿病で悩む過ごす「不健康な肥満」者たちが急増中であるらしい。(注2)

 因みに、ハカロロイといっても単品ではなく、キャッサバ、タロイモ、ヤムイモ、サトイモなど各種のわたり、栄養バランスはベスト二近いという医学的データもある。

 要するに、芋→パン、魚→肉、ココナッツクリーム→バターに変化し、砂糖を一杯摂取するとう常套的な食変化が、ここにあるということだ。

 更に、アメリカの食文化の影響を受けて、戦後、缶詰食などが大量に移入されても、本土ほどにファーストフードが一般化されることもなく、なおその「長寿食」(?)によって生活習慣病の発症率が少ないと言われる沖縄のケースを見ると、近年の若年層の食の多様化と輸入肉の割合の増加の関係に随伴して、「ヤギ食」(自給率が22%に半減)が敬遠されるようになった事態は、この独特の地域における食文化の変容を示すものなのか、興味深い所である。

 また、かつてノルウェーは、インド漁民を救う目的で魚群探知機や大型冷凍庫を持ち込むが、設備維持によるハイリスクで住民の購買力をオーバーしてしまったため、仕方なく住民たちは上流層の食用イカを獲るようになり、結果的に伝統漁業が消滅してしまった、という報告もあった。

 これも、近代文明の底力である。

 全ての社会は、伝統的社会→テイク・オフ(離陸)期を経て、必ず高度大衆消費社会に至ると予言したのは、「経済発展の諸段階」(5段階)で著名なロストウ(アメリカの経済学者)であるが、歴史学からの批判がありながらも、これは不気味なほど説得力を持つ観察である。

 言わずもがなのことだが、「豊かさは共同体を破壊する」という命題を、私たちは確認しておく必要があるだろう。

 家族が豊かになるほど、個食化、個室化がすすみ(ニワトリ症候群・注3)、その個室にテレビや電話、そしてバストイレとガスレンジが入れば、家族はビジネスホテルになるだろう。

 それでも、愛情イデオロギーが求心力を持つ「血縁・疑似血縁家族」は簡単に解体されないだろうが、その時代に見合った果実を強(したた)かに含有させながら、少しずつ、しかし時にはドラスチックな変容を遂げていくに違いない。

 どうやら、ストレス発散の場としての家庭の中に不必要なまでのプライバシーが入り込むほど、家族の情緒的結合力が稀薄になるという宿命だけは回避できないようである。


(注1)「ブッシュマン」という差別的呼称に馴染んでいたが、現在は「サン人」と呼ばれるものの、なお未選定。南アのカラハリ砂漠に住む。

(注2)「トンガ王国の首都では主食が安い精白小麦の流入により食物繊維の多い芋類から低食物繊維のパンへ変わり、主菜が魚介類-有効な脂肪分(DHA,EPAなど血中のコレステロール値を下げる善玉コレステロールHDLを増やすと言われる不飽和脂肪酸が多いです)から肉類(それもある国では食べる事が法律で禁止されている羊の脂肪分たっぷりのシピと言われるばら肉をそのある国から安く購入して脂肪分ごと大量に食べています。)へと変わりました」(「トンガ王国に学ぶ献立作成例!!」より)

 更に、以下の報告もある。

トンガ王国の離島成人(ウイハ地区)は、一日中芋類と魚とココナッツの3種類しか食べないきわめて単調な食物の組み合わせで優れて健康的な生活をしている人が多いです。

 ところが首都成人(コロフォオ地区)のような都会の人々は、近年アメリカなどから精白精製した小麦や肉類が入りました。それらを多く食べるようになった為に品数は多い食事であるが栄養素のバランスが悪くなりました。そして、日本のように現代病といわれる生活習慣病が増加しています」(同上)

(注3)「この言葉は、子どもの間に広まっている孤食・欠食・個食・固食(または粉食)という4つの食習慣を総称する。以上の頭文字をつなぎ合わせるとコケッココ(孤欠個固)となる。教育臨床学者の中井孝章教授が、朝日新聞の記事(2007年2月12日)で『現在の子どもたちの食生活は〈ニワトリ症候群〉と言われます』と述べたことから注目されるようになった」(「NIKKEI NET 時代を読む新語辞典」より)
 
 
(「心の風景/豊かさは共同体を破壊する」より)http://www.freezilx2g.com/2009/05/blog-post_2853.html(2012年7月5日よりアドレスが変わりました)