悪人('10) 李相日 <延長された「母殺し」のリアリティに最近接した男の多面性と、「母性」を体現した女の決定的な変容 ―― 構築的映像の最高到達点>

 1  無傷で生還し得ない者たちの映画



 言わずもがなのことだが、本作は、主要登場人物8人(祐一、光代、祐一の祖母、祐一の母、佳乃、佳乃の父の佳男、佳乃の母、増尾、)のうち、物理的に生還できなかった者(佳乃)を除いて、無傷で生還しなかった者は一人もいなかった映画である。

 そこに複雑な事情が込み入っていたにせよ、物語の中枢に歴とした殺人事件が存在し、近未来において、その殺人事件が立件されていくに違いないからだ。
  立件された殺人事件には、特定された加害者と被害者(画像)がいて、それぞれに家族が存在する。

 更に、立件された事件の被告でなかったにしても、事件に直接的・間接的に関与したことで、この事件から被った何某かの因子によって無傷では済まされないからである。

 そんな登場人物の中で、本作を支配し切っていた登場人物が、「ラブ・ストーリー」の体裁を仮構して物語を推進していった、二人の若い男女であることは言うまでもない。

 そして、この重層化された物語の中で、主題に関わる振舞いを見せることで、本作を、その根柢において支え切っていた人物もまた、二人いる。

 まもなく立件されるだろう、殺人事件の被害者である佳乃の父の佳男と、事件の被告となる祐一の祖母である。

 その辺りから書いていく。

(人生論的映画評論/悪人('10) 李相日 <延長された「母殺し」のリアリティに最近接した男の多面性と、「母性」を体現した女の決定的な変容 ―― 構築的映像の最高到達点>)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2011/06/10.html