石中先生行状記(「千草ぐるまの巻」)('50) 成瀬巳喜男  <共同体を繋ぐ天使 ―-― 「ナチュラル・スマイラー」の底力>

 序  何とも言えない温和な空気感



 原作は、石坂洋次郎の著名な作品。

 本作は、その中から三つの物語を映像化したオムニバス作品になっている。三篇ともユーモアたっぷりなほのぼのとした作品に仕上がっているが、私を魅了したのは、何と言っても、三話目の「千草ぐるまの巻」。

 ここで描かれたエピソードは他愛のない純情譚だが、このエピソードの何とも言えない温和な空気感が、いつまでも心に残る短編として、本作の魅力を能弁に検証するものになっている。

 従って、本稿は、この「千草ぐるまの巻」についての感懐に留めることにする。
 
 因みに、原作は、石坂洋次郎疎開していた青森県で見聞した話を、一応のベースにした作品になっているが、映像は、本作のラストで「青い山脈」が歌われていることでも分るように、戦後まもないこの地方の庶民の生活を映し出している。

 

 1  スマイルの世界に呑み込まれて



 簡単に、この小さな物語を追っていこう。


 青森県のとある田舎の長閑な一本道を、岩木山神社(注1)の村祭りの行列が練り歩いている。

 その光景を満面の笑みで迎える少女、ヨシ子。

 彼女はこの日、町の病院に姉のカツ子を見舞いに行くところである。

 ヨシ子は、広々とした田舎道の一角にある茶屋の女将と笑顔で挨拶を交わすが、知り合いに会えば、どんなときでも笑顔を絶やさないヨシ子の明朗な性格を浮き彫りにしていて、観る方も自然に彼女のスマイルの世界に呑み込まれていくようである。


(注1)弘前市(旧岩木町。青森県西部にある都市)百沢にある格式高い神社。本殿など、重要文化財に指定されている。「お岩木さま」として、津軽地方の人々から崇拝されている。


 病院に着いたヨシ子は、元気な姉の姿を見て安堵する。

 その姉の誘いで、同じ入院患者の青年に手相の占いを見てもらうことになった。勿論、彼は素人。嫌がるヨシ子の手を取って、その素人占い師は真顔で言った。

 「・・・うん、この手筋にはごく近(ちけ)え内に、一生連れ添う相手に巡り会うって運勢が出てるぞ」
 「まあ、ごく近え内っていつ頃さ?」と姉のカツ子。
 「まあ、今日、明日の内じゃ」

 そこで、どっと爆笑が起る。爆笑の対象となったヨシ子だけが照れていた。

 その日、ヨシ子は妙に異性を意識するようになった。

 そのヨシ子は姉から小遣いをもらって、一人で映画を見に行った。その映画のタイトルは、「青い山脈」。そこには、ヨシ子役の女優である若山セツ子が生徒役で出演しているという「楽屋落ち」(注2)があったが、これは愛嬌である。


(人生論的映画評論/石中先生行状記(「千草ぐるまの巻」)('50) 成瀬巳喜男   <共同体を繋ぐ天使 ―-― 「ナチュラル・スマイラー」の底力> )より抜粋http://zilge.blogspot.jp/2008/12/50.html