「この映画は、1986年から1991年の間、軍事政権の下、民主化運動に揺れる韓国において、実際に起きた未解決連続殺人事件をもとにしたフィクションです」
この字幕から開かれた映像の内実の厳しさは、映像の展開の中で少しずつ明らかにされていく。
1986年10月下旬、農村風景が広がる小さな村でその事件は起きた。
ソウル近郊のその村の農道の用水路の溝の中に、手足を縛られ、その腐乱した体に蛆虫が蝟集(いしゅう)しているような状態で、若い女性の死体が発見されたのである。
目撃者の報を受け、その死体を最初に確認しようとする刑事は、水路が死体に遮蔽され、暗くてその中が良く見えない。刑事は水路脇に落ちていたガラスの破片を使って、水路の奥に遺棄されていた惨たらしい死体を確認した。
刑事の名は、パク・トゥマン。地元警察の中堅刑事である。
まもなく、死体を確認したパク刑事が捜査に当り、次々に容疑者と思しき男たちを事情聴取して、それを写真に撮っていく。その写真をファイルノートに貼り付けていくが、捜査の進捗状況は殆ど手詰まりの状態だった。
その数ヶ月後に、第二の事件が発生する。
そこはまた、最初の事件の現場から1キロほどしか離れていない、収穫の終わった農耕地が発見現場になっていた。その被害者となった女性の遺体の状況は、頭にガードルを被され、手足を後ろ手に縛り上げられていて、第一の事件のパターンに似た猟奇性を示すものだった。
捜査に当ったパク刑事は、現場が既に地元の人々に荒らされている現状に苛立って、「早く立ち入り禁止にしろ」と指示するが、発見された足跡を、鑑識課が来る前に耕運機が平気で荒らしていく始末。
「鑑識課も来ないし、現場保存もなっていない」
そう嘆くパク刑事には、猟奇的な連続殺人事件の様相を顕在化しつつある事件の渦中にあって、殆ど暗中模索という状態だった。
パク刑事が、事件に関するファイルに貼られた顔写真を凝視しながら食事している。
「そんなの見てたら、飯が不味くなるだろ」と捜査課長。
「全く・・・こいつらの顔を見てると、ある瞬間に、ピンとくるんだ」
「じゃあ、いっそのこと占い師になれ」
「課長、俺は人を見る眼だけはあるんだ。だから捜査課に・・・世間じゃ俺のこと、霊媒師の眼を持つ男だって・・・」
そう言われた課長は、室内の奥に並んで坐る二人の男の内、いずれがレイプ犯か当ててみろと刑事を試した。刑事はどちらも犯人然とする二人の男の識別がつかず、当惑するばかり。
「この年になって、とんだ災難だ」
パク刑事を試した捜査課長も、かつてない事件の捜査に当たる不運を嘆くばかりなのだ。彼を始め、地元署の刑事たちは事件の突破口を開けずに難渋していたのである。
やがてパク刑事は、自分の恋人であるソリョンから意外な情報をもたらされた。彼女の話だと、「ペクさんの焼肉屋の息子」が怪しいと言う。
「あの家に、クァンホという頭の弱い息子がいるの。そいつがイ・ヒャンスクに付きまとっていたそうよ・・・ガードルを被されたまま、死んでいたんでしょ?彼女が殺された日、クァンホが彼女の後を追い駆けていたって・・・」
「見たのか?」とパク。
「そう聞いたわ」とソリョン。
その話を聞いたパク刑事は、早速クァンホを拘束して、取調べを始めることになったのである。
「男同士だ、正直に言え。可愛い女を見るとやりたくなる。俺もお前くらいの年はそうだった。理解できるよ。最初は、ヒャンスクを殺すつもりはなかったろ?ちょっと胸でも触りたくて・・・」
「触ってない」
「だから、殺してから触ろうと?」
「違うよ」
あくまでも容疑を否認するクァンホ。
そこに突然、若いチョ刑事がやって来て、静かに坐っているだけのクァンホに向かって暴行を加えていく。
「ツラを見ただけで腹が立ってくる」
暴力刑事の「取り調べ」に対して、明らかに、知的障害者の様子を見せるクァンホは、その衝撃に対応できないでいた。
「お前本当に悪いことしてないか?俺の眼を見ろ・・・」
パク刑事の恫喝に、クァンホは怯えるばかりであった。
まもなく、ソウル市警から若い刑事が捜査の協力のためにやって来た。
その刑事とパク刑事との初対面の経緯(いきさつ)は、レイプ犯と間違えられて、若い刑事が通りがかりのパク刑事に殴打されるという、甚だ乱暴極まる因縁だった。
若い刑事の名は、ソ・テユン。
このソ刑事の加入によって、連続殺人事件の捜査の状況が大きく変化をもたらしていくことになるが、当初は、性格もその捜査の手法も、全く異なる二人の刑事の落差感だけが強調されていく。
滑稽なのは、お互いの素性が判明した後の、車内での二人の相手評。
「喧嘩が弱くてどうする?」とパク刑事。
「人を見る眼がなくてどうする?」とソ刑事。
映像の前半は、まだそこに、このような滑稽感を内包させていたのである。
この字幕から開かれた映像の内実の厳しさは、映像の展開の中で少しずつ明らかにされていく。
1986年10月下旬、農村風景が広がる小さな村でその事件は起きた。
ソウル近郊のその村の農道の用水路の溝の中に、手足を縛られ、その腐乱した体に蛆虫が蝟集(いしゅう)しているような状態で、若い女性の死体が発見されたのである。
目撃者の報を受け、その死体を最初に確認しようとする刑事は、水路が死体に遮蔽され、暗くてその中が良く見えない。刑事は水路脇に落ちていたガラスの破片を使って、水路の奥に遺棄されていた惨たらしい死体を確認した。
刑事の名は、パク・トゥマン。地元警察の中堅刑事である。
まもなく、死体を確認したパク刑事が捜査に当り、次々に容疑者と思しき男たちを事情聴取して、それを写真に撮っていく。その写真をファイルノートに貼り付けていくが、捜査の進捗状況は殆ど手詰まりの状態だった。
その数ヶ月後に、第二の事件が発生する。
そこはまた、最初の事件の現場から1キロほどしか離れていない、収穫の終わった農耕地が発見現場になっていた。その被害者となった女性の遺体の状況は、頭にガードルを被され、手足を後ろ手に縛り上げられていて、第一の事件のパターンに似た猟奇性を示すものだった。
捜査に当ったパク刑事は、現場が既に地元の人々に荒らされている現状に苛立って、「早く立ち入り禁止にしろ」と指示するが、発見された足跡を、鑑識課が来る前に耕運機が平気で荒らしていく始末。
「鑑識課も来ないし、現場保存もなっていない」
そう嘆くパク刑事には、猟奇的な連続殺人事件の様相を顕在化しつつある事件の渦中にあって、殆ど暗中模索という状態だった。
パク刑事が、事件に関するファイルに貼られた顔写真を凝視しながら食事している。
「そんなの見てたら、飯が不味くなるだろ」と捜査課長。
「全く・・・こいつらの顔を見てると、ある瞬間に、ピンとくるんだ」
「じゃあ、いっそのこと占い師になれ」
「課長、俺は人を見る眼だけはあるんだ。だから捜査課に・・・世間じゃ俺のこと、霊媒師の眼を持つ男だって・・・」
そう言われた課長は、室内の奥に並んで坐る二人の男の内、いずれがレイプ犯か当ててみろと刑事を試した。刑事はどちらも犯人然とする二人の男の識別がつかず、当惑するばかり。
「この年になって、とんだ災難だ」
パク刑事を試した捜査課長も、かつてない事件の捜査に当たる不運を嘆くばかりなのだ。彼を始め、地元署の刑事たちは事件の突破口を開けずに難渋していたのである。
やがてパク刑事は、自分の恋人であるソリョンから意外な情報をもたらされた。彼女の話だと、「ペクさんの焼肉屋の息子」が怪しいと言う。
「あの家に、クァンホという頭の弱い息子がいるの。そいつがイ・ヒャンスクに付きまとっていたそうよ・・・ガードルを被されたまま、死んでいたんでしょ?彼女が殺された日、クァンホが彼女の後を追い駆けていたって・・・」
「見たのか?」とパク。
「そう聞いたわ」とソリョン。
その話を聞いたパク刑事は、早速クァンホを拘束して、取調べを始めることになったのである。
「男同士だ、正直に言え。可愛い女を見るとやりたくなる。俺もお前くらいの年はそうだった。理解できるよ。最初は、ヒャンスクを殺すつもりはなかったろ?ちょっと胸でも触りたくて・・・」
「触ってない」
「だから、殺してから触ろうと?」
「違うよ」
あくまでも容疑を否認するクァンホ。
そこに突然、若いチョ刑事がやって来て、静かに坐っているだけのクァンホに向かって暴行を加えていく。
「ツラを見ただけで腹が立ってくる」
暴力刑事の「取り調べ」に対して、明らかに、知的障害者の様子を見せるクァンホは、その衝撃に対応できないでいた。
「お前本当に悪いことしてないか?俺の眼を見ろ・・・」
パク刑事の恫喝に、クァンホは怯えるばかりであった。
まもなく、ソウル市警から若い刑事が捜査の協力のためにやって来た。
その刑事とパク刑事との初対面の経緯(いきさつ)は、レイプ犯と間違えられて、若い刑事が通りがかりのパク刑事に殴打されるという、甚だ乱暴極まる因縁だった。
若い刑事の名は、ソ・テユン。
このソ刑事の加入によって、連続殺人事件の捜査の状況が大きく変化をもたらしていくことになるが、当初は、性格もその捜査の手法も、全く異なる二人の刑事の落差感だけが強調されていく。
滑稽なのは、お互いの素性が判明した後の、車内での二人の相手評。
「喧嘩が弱くてどうする?」とパク刑事。
「人を見る眼がなくてどうする?」とソ刑事。
映像の前半は、まだそこに、このような滑稽感を内包させていたのである。
(人生論的映画評論/殺人の追憶('03) ボン・ジュノ <追い詰めゆく者が追い詰められて――状況心理の差異が炙り出したもの> )より抜粋http://zilge.blogspot.com/2008/10/2003.html