ヒマラヤ山麓の小さな村で、子供たちの教育や奉仕活動のために、カルカッタ(現在のコルカタ)の尼僧院から、強い使命感を抱いて赴いた5人の英国の尼僧が、そこで直面する苛酷な自然環境と「異界」の文化風土によって、次第に疲弊し、信仰心を希薄にしていく。
領主と親交を持ち、すっかり現地に土着した、唯一の英国人男性のディーンは、それまでもそうであったように、彼女たちの能力の限界を見抜き、雨期まで持たないとシニカルに言い切った。
そんな厳しい全きリアリズムの世界に身を預け入れた、若き尼僧院長の名はクローダー。
以下、疲弊し切ったクローダーと、ディーンとの会話。
また、ディーンへの一方的想いから、クローダーへの激しい嫉妬に悩む尼僧であるルースの尖った視線が、僧院の陰になった潜みから投げかけられていた。
「この土地は人を変えます」と尼僧クローダー。
「あなたさえね」とディーン。
「私、そんなに?」
「そう。良くなった」
「良くなった?」
「人間らしくね」
「人間?皆、人間ですものね。昔、私にも好きな人が。アイルランドにいた頃で、幼馴染でした。皆、決めていました。結婚するものと。でも、野心家の彼はアメリカへ行くつもりでした。私を同行せずに。彼は多分、結婚など考えていなかったのね。小さな町で、皆が私の恋心を知っていた。居づらくなって・・・」
「それで、修道会に?」
頷くクローダー。
「誇りが傷ついた訳だ」
「動機はどうあれ、神の御業は不思議です。そこに充足があったのです。理解しにくいでしょうが、自分を神に捧げ、全てを忘れていました。ここへ来た日に、彼を思い出しました。彼を愛した頃が蘇ってきたのです。王子を見ても、彼のことが・・・外の世界も押し寄せて来て、私を夢想させた。もう一度忘れるために、もがいている毎日です」
嗚咽するクローダー。
「深刻に考え過ぎないことだ。嵐は過ぎる」
「シスター・フィリップが去る上、今朝、修院長からの手紙でシスター・ルースが誓願を新たにしないと」
「残念だ」
「そして、あなた!ここに来て以来、皆、事あるごとにあなたを頼りにして」
「他に誰もいないからだ。ここを去るんだ。すぐに」
「逃げろと?」
「それしかない」
「仕事をやりかけで?」
「そうだ。修道院には向かない。全てを誇張するものが大気中にある。引き上げるんだ。何かが起こらないうちに」
この会話の中に、強い使命感を抱いて赴いた5人の英国の尼僧の疲弊感が凝縮されていた。
激しい嫉妬感も手伝って、いよいよ精神を病むに至るシスター・ルース。
信仰心を捨てて、髪を切るシスター・ルースは、クローダーにその思いを噴き上げた。
「魂胆は分ってるわ。監禁する気よ!その手に乗るものか!」
口紅を塗りたくることで、シスター・ルースは尼僧院の存在価値を否定するのだ。
まもなく、彼女はディーンの前に現れた。
片想いの対象人格であるディーンに、彼女は想いを告白するが、当然、相手にされることはない。
自棄的になったシスター・ルースが取った行動は、クローダーへの殺意を具現化することだった。
狂気の笑みを浮かべた彼女は、断崖絶壁に建つ尼僧院の鐘を突くクローダーを突き落とそうとした瞬間、足を踏み外し、そのまま落下していったのである。
それは、心身共に疲弊し切った尼僧たちの奉仕活動の終焉したことを告げる、決定的な事件となった。
初志を貫徹できずに、カルカッタに帰還するクローダーと、彼女を見送るディーン。
二人は握手を交わして、別れを惜しんだ。
ヒマラヤ山麓に降る雨に濡れて、哀感を込めたディーンの表情が映し出されて、映像は閉じていった。
(人生論的映画評論/黒水仙('47) マイケル・パウエル <「内的秩序」の防衛力の「脆弱性」>)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2011/03/47.html
領主と親交を持ち、すっかり現地に土着した、唯一の英国人男性のディーンは、それまでもそうであったように、彼女たちの能力の限界を見抜き、雨期まで持たないとシニカルに言い切った。
そんな厳しい全きリアリズムの世界に身を預け入れた、若き尼僧院長の名はクローダー。
以下、疲弊し切ったクローダーと、ディーンとの会話。
また、ディーンへの一方的想いから、クローダーへの激しい嫉妬に悩む尼僧であるルースの尖った視線が、僧院の陰になった潜みから投げかけられていた。
「この土地は人を変えます」と尼僧クローダー。
「あなたさえね」とディーン。
「私、そんなに?」
「そう。良くなった」
「良くなった?」
「人間らしくね」
「人間?皆、人間ですものね。昔、私にも好きな人が。アイルランドにいた頃で、幼馴染でした。皆、決めていました。結婚するものと。でも、野心家の彼はアメリカへ行くつもりでした。私を同行せずに。彼は多分、結婚など考えていなかったのね。小さな町で、皆が私の恋心を知っていた。居づらくなって・・・」
「それで、修道会に?」
頷くクローダー。
「誇りが傷ついた訳だ」
「動機はどうあれ、神の御業は不思議です。そこに充足があったのです。理解しにくいでしょうが、自分を神に捧げ、全てを忘れていました。ここへ来た日に、彼を思い出しました。彼を愛した頃が蘇ってきたのです。王子を見ても、彼のことが・・・外の世界も押し寄せて来て、私を夢想させた。もう一度忘れるために、もがいている毎日です」
嗚咽するクローダー。
「深刻に考え過ぎないことだ。嵐は過ぎる」
「シスター・フィリップが去る上、今朝、修院長からの手紙でシスター・ルースが誓願を新たにしないと」
「残念だ」
「そして、あなた!ここに来て以来、皆、事あるごとにあなたを頼りにして」
「他に誰もいないからだ。ここを去るんだ。すぐに」
「逃げろと?」
「それしかない」
「仕事をやりかけで?」
「そうだ。修道院には向かない。全てを誇張するものが大気中にある。引き上げるんだ。何かが起こらないうちに」
この会話の中に、強い使命感を抱いて赴いた5人の英国の尼僧の疲弊感が凝縮されていた。
激しい嫉妬感も手伝って、いよいよ精神を病むに至るシスター・ルース。
信仰心を捨てて、髪を切るシスター・ルースは、クローダーにその思いを噴き上げた。
「魂胆は分ってるわ。監禁する気よ!その手に乗るものか!」
口紅を塗りたくることで、シスター・ルースは尼僧院の存在価値を否定するのだ。
まもなく、彼女はディーンの前に現れた。
片想いの対象人格であるディーンに、彼女は想いを告白するが、当然、相手にされることはない。
自棄的になったシスター・ルースが取った行動は、クローダーへの殺意を具現化することだった。
狂気の笑みを浮かべた彼女は、断崖絶壁に建つ尼僧院の鐘を突くクローダーを突き落とそうとした瞬間、足を踏み外し、そのまま落下していったのである。
それは、心身共に疲弊し切った尼僧たちの奉仕活動の終焉したことを告げる、決定的な事件となった。
初志を貫徹できずに、カルカッタに帰還するクローダーと、彼女を見送るディーン。
二人は握手を交わして、別れを惜しんだ。
ヒマラヤ山麓に降る雨に濡れて、哀感を込めたディーンの表情が映し出されて、映像は閉じていった。
(人生論的映画評論/黒水仙('47) マイケル・パウエル <「内的秩序」の防衛力の「脆弱性」>)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2011/03/47.html