ゴーストライター('10)  ロマン・ポランスキー <起こり得ることだと思わせるリアルの仮構性>

イメージ 11  観る者の不安心理を継続的に惹起させるパワー



物語の中で展開される予測し難い状況に不安心理を継続的に惹起させるパワーを持つ映画が、サスペンス映画の王道とすれば、本作は、褒め殺し的に言えば、サスペンス映画の王道をいく作品と評価すべきなのだろう。

「善きサスペンス映画」とは、物語展開への合理的で的確な判断を鈍磨させつつ、観る者の心に惹起させた不安を継続的に保証するもので、その不安心理によって、映像総体に異化効果的な非日常的感覚をもたらすような映画であると言っていい。

観る者の不安心理を、継続的に惹起させるパワーを持つには、私見を言えば、以下の要件が必須であるように思われる。

即ち、「主人公への感情移入による同化」、「物語展開の緩みの希少性」、「映像提示された情報の共有化」、「映像総体の風景の陰翳感」、「起こり得ることだと思わせるリアルの仮構性」である。

私が本作で最も面白いと思っている点は、「起こり得ることだと思わせるリアルの仮構性」について描き切っていた点である。

「サスペンス映画の神様」と評価される、高度な映画技法を駆使した、ヒッチコック的なスリラー映画の要素を含んだ、極めてオーソドックスなサスペンス映画である本作の梗概を、「起こり得ることだと思わせるリアルの仮構性」という視座について具体的に書くと、以下の文脈のうちに要約されるだろう。

稿を変えて、書いていく。



2  起こり得ることだと思わせるリアルの仮構性



1971年にCIAに加盟し、国外の人材担当部門になったイェール大卒のポール・エメット(後の教授)を介して、演劇にしか関心を持たない若者が、異文化である政治の世界に巧みに誘導され、且つ、アメリカ留学中にCIAによって洗脳された女子学生が、その若者にハニートラップをかけていく。
 
ケンブリッジ大学出身の23歳の若者の名は、アダム・ラング。

労働党党首であると同時に、第73代英国首相でもあった、トニー・ブレアを彷彿させるアダム・ラングを、将来の英国首相に育て上げていくという、途轍もないプロジェクトを遂行し、成就する。

そこで成就された内実とは、英国首相となったアダム・ラングが、実質的に「対米完全同盟」の状況下にあって、イラク戦争対テロ戦争、或いは、スターウォーズ計画(戦略防衛構想=弾道ミサイル人工衛星の攻撃によって迎撃する計画)、中東政策など、全て米国の利益になる政策を遂行していくというもの。
 
当然の如くと言うべきか、この途轍もないプロジェクトに沿って、CIAによって洗脳された女子学生は件の若者の妻となり、「献身的な内助の功」を発揮し、純朴な夫を継続的に「洗脳」していく。
 
その妻の名は、ルース。

そして、テロ対策の法案が否決されたことに象徴されるように、対テロ戦争への過剰な自己投入が一因となって、政権を党内ライバルであるゴードン・ブラウンに譲ったラングが、他の引退した政治指導者をトレースして、出版するだけで多額の報酬を得るという、予約された自伝を書き上げていく。

ところが、政治的センスはあっても、「売れる本」に関わる営業センスのない政治的指導者は、「ゴーストライター」を駆使するという公然の秘密に倣って、いいとこ取りの自伝を完成させていく。

ところが、ここに予期し得ない事件が出来した。

自伝の執筆者であった、ラングの側近のマカラが、不慮の事故死(暗殺)を遂げたのである。

当然、そのマカラに代わって、新たな「ゴーストライター」が起用されるに至る。

それが、自らを「ゴースト」としか自己紹介しない本作の主人公である。

友人の弁護士の誘いに乗って、食指を動かすに足らない仕事を引き受けた「ゴースト」は、いきなり、「クローズドサークル」(出口なしの状況)の世界に押し込まれるのだ。    

機械音を連想させるストリングス(弦楽器)が表現する重々しくも、協和性の低いマイナースケールの音楽が、「ゴースト」の内部不安を助長する負の効果が手伝って、今にも雨が降り出しそうな鉛色の空が低く垂れ込める、アメリ東海岸の孤島にある海辺の別荘は、そこを丸ごと囲繞する、海岸に打ち寄せる波高く荒れる自然の咆哮と睦み合うが如く、殆ど刑務所のような外貌の武装性を有する、俗世間と乖離した鉄筋コンクリート建ての無粋な密室を印象づけていた。
 
 
 
(人生論的映画評論・続/ゴーストライター('10)  ロマン・ポランスキー <起こり得ることだと思わせるリアルの仮構性>)より抜粋http://zilgz.blogspot.jp/2012/12/10.html