麻薬撲滅 ―― その壮絶な戦争の底なしの闇の深さ

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1    勇敢であることは、殉職する覚悟を持つことである
 
 
 
 
 「あの連中は自分で治療します。勝手にオーバーユーズ(過剰摂取)し、死んでくれます」
 
  これは、映画「トラフィック」(スティーブン・ソダーバーグ監督)の中で、敵対組織のオブレゴンを潰すために組織の一員として動いていた、サラサール将軍の言葉であるが、あまりに重い。
 
 人間の本質を言い当てているからだ。
 
  コカイン、ヘロインが大量に密輸されてくるアメリカ国内で、オーバーユーズの挙句、死んでいく者たちにとって、その強い依存性・毒性の故に、今や、脳内の神経伝達物質に作用することで信じ難き酩酊感や多幸感をもたらす、麻薬という極上の快感供給物質が、それを摂取する人間それ自身を搦(から)め捕り、一気に耐性を獲得していく負の連鎖に対する非武装ぶりは、本質的に、それなしに生きられない「脆弱なる人間の在りよう」を露わにすると言っていい。
 
  人間は、あまりに脆弱な存在体なのだ。
 

 薬物の最大の怖さが、この「耐性獲得」にあるとする事実を否定することは困難であるだろう。

 依存性の有無について個人差があるにも関わらず、それを吸引することで自我機能を麻痺させる恐れを持つ者が必ず現出するからである。

 

  そこにこそ、この問題の本質があるということだ。

 人間は一度、人工的に快楽の世界に浸かってしまうと、その「何とも言えない気持ち良さ」から、簡単に脱出することが困難な存在体である。

 人間は、必ずそこで、より強い快楽を求める心理に駆られてしまうので、そこからの軟着点を確保し得る根源的な解放には、相当程度、堅固な自我の武装が必要となるだろう。

 残念ながら、人間の自我は、それほど強靭なものではないのだ。

 私たちの眼前に、それらの類の固塊や結晶体が存在し、且つ、その蠱惑(こわく)的なイメージに捉われていて、それを自在に使用し得る状況下に置かれたとき、そこで生まれた心理の微妙な波動を、私たちは常に確信的に統御すると言い切れるだろうか。

例えば、マウスに麻薬を反復投与すると、薬物の投与回数の増加に伴って、マウスの「自発運動活性」が増大する現象が観察されるという報告がある。
 
 これを「逆耐性現象」と呼ぶ。
 
 「逆耐性現象」とは、薬剤に対する抵抗性を獲得することで、薬剤の効用濃度を低下させていく「薬物耐性」をも突き抜けて、「覚せい剤やコカインといった中枢興奮薬を反復投与すると、惹起される異常行動が進行性に増大する現象」(PDF文書・「逆耐性現象の新展開」より)のことであるが、この現象の真の怖さは、「再燃準備性」という概念によって説明されている。
 
 「再燃準備性」とは、次第に少量の麻薬の摂取によっても具現するようになる体の反応現象のことである。
 
  いつしか麻薬の摂取を途絶させても、「感受性の亢進」によって、幻覚や妄想などの精神病的な症状が具現することの恐怖 ―― それが、情動反応の処理と記憶 に関与する扁桃体大脳辺縁系の一部)との関連で研究されている「逆耐性現象」の真の怖さである。
 
  従って、自我によってしか生きられない私たち人間の抑制系の機能が劣化した、救い難い「人間の崩れ方」を約束させてしまうので、「逆耐性現象」を常態化させてしまった人間の治療の困難さを決定づけると言っていい。
 
  だから、映画「トラフィック」は、「麻薬戦争」という名を借りた、それなしに生きられない「脆弱なる人間の在りよう」を露呈することで、人間それ自身に対する「戦争」の、「闇への一灯」をイメージし得ないエンドレスな「人間の崩れ方」をも見せてしまったのである。
 
  後述するが、フェリペ・カルデロン大統領が仕掛けた大規模な「麻薬戦争」がメキシコで惹起しても、死体の数を増やすばかりで、一向に解決の道筋の見えない厄介な状況を俯瞰する限り、アヘン戦争の例を挙げるまでもなく、人間の本質的な裸形の欲望のラインを餌にして、じわじわと食(は)んでいく麻薬が内包する得体の知れない破壊力を認知せざるを得ないのである。
 

  決してそれらを、自分たちの生活圏の最近接ゾーンに近づけてはならないのだ。
 
 この世には、そのように観念させるものが明瞭に存在するということ。

 それを知るべきであるが、「スーパートンネル」と呼ばれる、アメリカとメキシコの両国間の麻薬密輸の地下ルートが200本以上あり、その中には、刑務所にまで通じる地下トンネルが存在する事実を知る以上、たとえ米墨間に「壁」を作っても、果たしてどれほどの有効性があるのかと、疑ってしまうのである。

 更に、AFP通信によって、麻薬撲滅を掲げて当選した、女性のメキシコ新市長・ギセラ・モタ氏(33歳)が、翌日に惨殺される事件の報道を知り、思わず絶句した。
 

  メキシコ地方自治体連合によると、メキシコでは過去10年で、およそ、100人の市長が襲撃により死亡していると言う。

 この国では、勇敢であることは、殉職する覚悟を持つことと同義であるようだ。

 何をか言わんやである。

 思うに、麻薬撲滅が困難であると言うなら、ソフトドラッグとハードドラッグに分類し、大麻をソフトドラッグとして認知した大麻のみを合法化し、指定店舗で販売するという、オランダの実践的試行にシフトするという方略も可能であるだろう。

 
 この試行によって犯罪組織の介在を遮断し得たことで、最も厄介なドラッグであるヘロイン常用者が減少したという報告を耳にする限り、一定の有効性を確認し得るだろうが、それは今なお、実践的試行のレベルに留まっている現実を認知すべきなのだ。
 
 そんな折、AFP通信の配信(2012年12月)の情報を、ついでに紹介しておこう。
 
「全米初、ワシントン州で嗜好用大麻が合法に」
 
 このヘッドラインで紹介されたニュースの内実は、以下の概要に要約されるもの。
 

合法化は米大統領選に合わせて11月6日に行われた住民投票で可決されていた。

 嗜好用マリフアナは連邦法では依然として禁じられている。


 しかし、風景が一変する。

  そして今、2017年5月現在、アメリカでは、医療用大麻が29州で合法化、嗜好用大麻が、以下の8州とワシントンD..で合法化されている。

 その8州とは、アラスカワシントン・オレゴンコロラド・カリフォルニア・ マサチューセッツ・メーン・アリゾナの各州。

 
 
 とりわけ、コロラド州の「大麻ツアー」は盛況を極めていて、「日本人向け大麻ツアー」も存在する。
 
 このコロラド州ワシントン州と共に、娯楽用大麻を合法化した初めての州としても、知る人ぞ知るところである。
 
 また、大麻産業は、2021年までに202億ドル(約2兆3700億円)の収益を上げる予定であるとされていて、合法州にとって大麻産業はドル箱なのである。 
 

 さすがにと言うべきか、1991年以降、「シアトル・ヘンプフェスト」(世界最大の大麻合法フェスティバル)があるワシントン州は年季が入っている。

 そう言う外にない。

 
 

時代の風景 「麻薬撲滅 ―― その壮絶な戦争の底なしの闇の深さ」 より抜粋http://zilgg.blogspot.jp/2017/05/blog-post_16.html