ぐるりのこと('08) 橋口亮輔 <決め台詞なき映像を支配したもの>

 それは異様な光景だった。

 暴風雨の夜。

 仕事から帰って来たカナオが暗い部屋の中で見たものは、窓を開けて外を見遣っている妻の姿だった。その体は明らかにびしょ濡れになっていて、一瞬、言葉を失ったカナオに不吉な感情が走った。

 「何してるの?」

 妻は答えない。その表情は、深く思いつめて、抑制の効かない感情に翻弄されているようだった。

  「風邪、引くよ」

 夫がその一言を添えたとき、振り絞るような声で、妻は言葉を吐き出していく。

  「あたし、子供ダメにした…」
  「しょうがないよ。自分のせいじゃないし、寿命やったんやろ…」
  「死んで悲しかった?」
  「残念やったと思っとるよ…」
  「残念?」

  この言葉に刺々しいものを感じた夫は、妻の攻撃性を中和化させようとする。

  「何で…すぐ、お前そんなに言う…そういう話、苦手なんよ、知っとるやんか…」

 夫は静かに語りかけて、妻との距離を縮めていく。

  「泣いたらいい人なのかなぁ、そんなん、あてんならんやろ…俺、親父が首吊って死んだときも泣かんやったし、それよか、あー人って裏切るんやなぁって、そんとき思ったよ。そりゃ、お袋たちはワンワン泣いとったけど、あれは自分を納得させたかっただけのことよ。結局、親父が何で死んだのか、まだ誰も知らんまんまなんやけね。人の心の中は分らんのよ。誰にもね…」

  ここまで話したとき、妻の心にどこまで届いたかについて、夫のカナオには特別な計算が働いていない様子が、観る者には容易に察知できる。そのことが、人の心の反応に鋭敏な妻には、恐らく限りなく効果的だった。

  電気を点けて、部屋を明るくした夫がそこで見たものは、この部屋に住みついているかのような(?)一匹の蜘蛛。妻がその小さな命を守ろうとした蜘蛛を、無頓着な夫は忘れていたのか、いきなり土産の「金閣寺」の箱で叩きつけて殺してしまったのだ。

  その瞬間だった。

  妻の翔子は、突進していった。

  まさにそれは、突進だった。未だ妻には、「突進力」が残されていたのである。だからこそ、その後の絶叫と攻撃が、それを結ぶ自我から些かの脆弱性を稀釈化させていったのである。

  蜘蛛の死骸を確認した妻は、「金閣寺」の箱を手に取って、夫に投げつけた後、夫の髪といわず、顔といわず、思い切り自分の体全体をぶつけていく。夫の頬を打ち、夫も妻の顔を軽く張った。

  「ごめん、ごめん」

 夫から出てきた言葉だ。

  妻は床に繰り返し、嗚咽ともつかない音声を発して地団駄を踏む。まるでそれは、心の中の毒素を吐き出しているような光景だった。

  階下に住む女性が苦情を言いに来たときも、常軌を逸した翔子は口汚い言葉を相手に浴びせる始末。夫はそんな妻の暴走を必死に抑え、激昂する相手に弁明し、謝罪するのみ。

  黒々とした感情を吐き出し切った妻は、部屋の片隅に小さく蹲(うずくま)り、嗚咽するばかり。

  「どうしていいか、分んない」
  「何でもうまくいかんよ」
  「本当に…もっとうまくやりたかったのに…でも、うまくできなくて…もう、子供、できないかも知れない…」
  「子供のこと、いつも思い出してあげればいいじゃん…忘れないようにしてあげれば、いいじゃないの…お前は、色んなことが気になり過ぎる。考えてばっかり。皆に嫌われてもいいぞ。好きな人に沢山好きになってもらうんだったら、そっちの方がいいやん」

  妻の背中を擦りながら、夫は優しく語りかけていく。

  いつものペースである。いつものペースだからこそ、嗚咽の中で、妻もいつものペースで思いを吐き出していく。

  「好きな人と通じ合っているか分んない・・・ちゃんと横にいてくれているのに、あたしのために…いてくれてんのか分んない」
  「大丈夫…何でそういう風に考えるの?」
  「何か…何か…離れていくのが分ってんのに…どうしていいか分んない…」
  「考え過ぎだって。考えたら、わけ分んなくなるぞ…大丈夫」
  「どうして…どうして、私と一緒にいるの?」
  「好きだから…好きだから、一緒にいたいと思ってるよ。お前がおらんようになったら困るし。ちゃんとせんでもいい。一緒におってくれ」

  妻は、この言葉を待っていたのだ。

  確信していたが、それを言葉に出して言ってもらいたかったのである。相変わらず切れ味が悪い夫の言葉だが、しいかしそれを言ってもらうことで、次の言葉がスムースに吐き出せたのだ。

  「ちゃんとね、ちゃんとしたかったの…でも、ちゃんとできない」
  「ごめんな。ごめん」
  「ごめん」

  妻の症状がピークアウトに達して、これ以上にない感情を吐き出し尽くして、もう吐き出す何ものもないギリギリの所で、自らの全人格を受容してくれる対象人格に一切を預け、そこで得た小さいが、そのサイズこそ自分に見合った最適対象人格であると感受できるイメージラインを身体化したとき、これまで黒々とした冥闇(めいあん)の世界に拉致されていた何かが変容し、それまでのあらゆる経験情報にない何かが、新しく作り出される予感に近いものが、脆弱だった自我の辺りに張り付くようだった。


(人生論的映画評論/「ぐるりのこと('08) 橋口亮輔  <決め台詞なき映像を支配したもの>」より抜粋http://zilge.blogspot.com/2009/08/08.html