エレファント('03)  ガス・バン・サント  <日常性と非日常性の、激突の瞬間に解き放たれた肉声>

 1  黒ずんだ雲が染め抜かれて



 ミルク色の柔和な雲がゆったりとしたリズムで流れていき、次第にそれがブルーに染められて、最後には濃紺に変色し、そして闇の黒を映し出した後、そこに突然、闇とは対極の眩い黄色が映像を支配した。それは、晩秋のシグナルとも言える黄葉だった。
 
 その艶やかに染め抜かれた季節の中を、一台の乗用車が迷走している。ドライバーは酔っていて、同乗する少年が父から運転を代わることになった。

 少年の名は、ジョン。オレゴン州ポートランド郊外にあるワット高校の生徒である。ジョンは高校に到着した後、学校から自宅に電話し、兄のポールに父の迎えを頼んだ。不運にも背後に校長が待機していて、ジョンは校長室に来るように命じられたのである。
 
 一方、写真好きの少年は、落ち葉を敷き詰めた公園内でアベックを呼び止めた。ポートフォリオ作りのために、格好の被写体を探していたのである。「ヌードでも撮るか?」とからかう男の誘いを少年は丁寧に拒んで、アベックの写真を撮らせてもらった。

 「もう少し笑って・・・面白い顔をして・・・そのまま歩いて・・・」

 そんな注文をつけながら、少年は手慣れたカメラマンになりきっていた。

 「最高だ。学校に行かなきゃ」

 少年は相手に感謝の念を伝え、自己紹介して公園を後にした。少年の名は、イーライ。彼もまた、ワット高校の生徒である。

 ベートーベンの「月光」のピアノの旋律が、静かに奏でられている。その調べに合わせるかのように、ワット高校の校庭では、アメフトの練習が淡々と行われていた。練習を終えた一人の少年が教室に入って来た。

 「月光」の調べが、彼の後を追い駆けていく。廊下ですれ違った三人の女の子の一人が、「彼、かっこ良くない?」と他の二人に話しかけた。少年は待ち合わせのガールフレンドと落ち合って、授業の話をする。彼らの名は、ネイサンとキャリー。

 校長先生に居残りを命じられたジョンは、人のいない教室に入って、涙を流した。そこにたまたま入って来た、同級生の女の子に声をかけられた。

 「どうしたの?」
 「いや別に」
 「泣いてたの?」
 「まあね」

 彼女はジョンの頬にキスして、「じゃあ、同性・異性愛会があるから」と言って、教室を離れた。彼女の名は、アケイディア。彼女は、「同性・異性愛会」が開かれている教室に入って行った。

 「ゲイの人が町を歩くとき、どこでゲイだって分る?」
 「そもそも、分るの?」
 「いい質問だ」
 「実際、分らないと思うけど」
 「状況によって分ることも。わざと見せたり」
 「そうだとしても、どう分る?」
 「もし、誰かの髪がピンクだったら・・・」
 「ピンクを着ていても、性的趣味までは・・・」
 「男だって着るじゃない」
 「確かにな」
 「虹色の小物を多くつけてたら・・・」
 「ほら、皆も参加して・・・」
 
 どうやら、本日のこの会の議題は、「人を見ただけで、ゲイであると分るかどうか」というテーマらしい。議論はいつまでも続いている。
 
 授業の始まりを告げるベルが鳴る廊下で、イーライはジョンと擦れ違って、彼の写真を撮らせてもらった。ジョンは学校を抜け出て、表に出た。そこに向こうから二人の友人が、その手に重い鞄を持って歩いて来るのを見て、声をかけた。

 「何するんだ?」
 「中に入るなよ。地獄になるぞ」

 二人はそう忠告して、教室の中に入って行った。二人の少年は迷彩服らしきものを着ていて、共にリュックを背負い、いかにも重装備の出で立ちだった。二人の少年の名は、エリックとアレックス。
 

 映像はその後、物理の授業の風景を映し出す。教師は難しい講義を続けていて、その授業についていける生徒と、授業の意味が分らなくて、ただそこに座っているだけの生徒に二分されてしまっている。一人の生徒が、最後尾の席に座る生徒に物を投げつけた。投げつけられた生徒は、アレックス。

 彼はどうやら学校でいじめられているらしい。アレックスは授業の後、トイレに服の汚れを拭いに行った。その後、校内の食堂の中に入って、なにやらメモを取っている。彼の視線は食堂の周囲をぐるりと見回して、定まることがなかった。それは建物の様子を探っているようでもあった。

 イーライは校内の長い廊下を歩いて、写真部の部室に入って行き、暗室の中に消えて行った。撮った写真を現像するためである。

 ミシェルという名の女子生徒が、体育の女性教諭から、歩きながら注意を受けている。

 「体操着だけど、長いのはだめよ。皆は短いのに。私も減点したくはないけど、短パンになれないのなら仕方ないわ。今日は見逃すけど、明日はちゃんと着るのよ」

 ミシェルは「分りました」と答えて、一人体育館の中に入って行った。

 イーライは先程の暗室から出て来て、撮った写真のネガを乾かしている。その作業は、殆んどカメラマンを目指す者の、手慣れた一連の動作を映し出していた。一方、体育館から出て来たミシェルは、皆と一緒にシャワーを浴びられず、一人ロッカー室の隅で私服に着替えている。「ダサい子」という女子生徒の声が、後方から聞こえてきた。

 イーライはネガを暗室で引き伸ばしていた。引き伸ばしたその写真を、照明光のある部屋に出て、ロープに吊るして、それを乾かした。彼はカメラを持って、廊下を歩いていく。そこでジョンと擦れ違って、彼を被写体にして写真を撮った。このシーンは、先程の描写をジョンの反対側の角度から映し出したものである。

 ジョンが向った先は、図書室。そこでは、ミシェルが図書の整理の作業を、図書教諭に注意されながらも続けていた。

 
(人生論的映画評論 エレファント('03)  ガス・バン・サント   <日常性と非日常性の、激突の瞬間に解き放たれた肉声> )より抜粋http://zilge.blogspot.com/2008/12/03_18.html