ペパーミント・キャンディー('99)  イ・チャンドン <そこにしか辿り着かないような、破滅的傾向を顕在化させた自壊への航跡>

 1979年秋。

 20歳のヨンホにとって、「人生で最も美しい瞬間」を映し出して閉じていくラストシーンである。

 「花の写真を撮る」ことを趣味とする、工場労働者のヨンホの性格傾向に張り付く、ある種の「イノセント性」は、世代としては共通するであろう、「386世代」(1990年代に30代で、1980年代に学生運動にコミットし、1960年代の生まれの者)の若者たちの中にあって、政治に特段の関心を持たない印象を残していた。

 そんな若者が、「事件」にインボルブされたのである。

 1980年のことだった。

 兵士たちのライトアップによって、闇の中の表情を映し出され、誤殺した女子高生の遺体に取り縋って、キム・ヨンホは劈(つんざ)くような悲鳴を上げでいた。

 何より由々しきことは、映像に映し出された彼の人生の中で、この「事件」への関与だけが彼の意志的選択ではなかったことだ。

 この国の徴兵制度の強制力が、この国の歴史的転換期の内的要請に突き動かされて、そこに過剰に機能していたのは言うまでもない。

 その後の彼の破綻の人生の全てが、彼の意志的選択であるものと考えるとき、「事件」の異常さを照射する、このシークエンスは決定的に重要であるだろう。

 実は、その意志的選択について、イ・チャンドン監督がインタビューで答えている。

 「ヨンホがスニムを選ばなかったという行動を政治・社会的に分析すれば分析できると思います。やはり光州事件が大きな引き金になっていて、彼は光州事件によって変わってしまうんですね。

 ヨンホの人生の中で、光州事件だけが、彼が自分で望んだ選択ではなかったのです。外部から与えられた状況の中で、光州事件と巡り合ってしまって、自分の意志とは関係のないところで自分の手を血に染めてしまう。

 そのことによって、彼の人生は、変わってしまうというのは確かなんですけれども、でも、その後の選択というのは、結局はキム・ヨンホ自身が選択したことになるんですよね。警察に入ったのも、スニムを追い返してしまったのも、ホンジャを選択したというのも全て彼の選択によるものだったんです。

 キム・ヨンホに限らず、誰であっても世の中を生きている全ての人というのは、人生においてどうしても愚かな選択をしてしまいがちだと私は思います。愚かな選択をすることは自分自身を裏切るということでもあり、日常生活の中ではたくさんあると思うんです。

 スニムを選ばなかったということは、ヨンホの人生にとっては最も愚かな選択だったのですけれども、人の人生というのは、愚かな選択とアイロニーに満ちているのではないでしょうか。そういったこともいろんな多くの人に気づいてほしいなと思いましたので、ああいう設定をしたわけなんですけれども、ヨンホがスニムを選ばなかったというのは、本当に愚かであり最も彼の人生において残念な選択だったのではないかと思います」(シネマコリア インタビュー/筆者段落構成)

 確かに、イ・チャンドン監督の言うように、意志的選択を誤った彼の愚かさを認知するのは当然であろう。

 私は、このような愚かさを「脆弱性」と呼んでいる。

 だからと言って、一つの由々しき経験が、その後の人生を決定付ける流れ方が存在することを否定できないのである。

 
 
(人生論的映画評論/ペパーミント・キャンディー('99)  イ・チャンドン <そこにしか辿り着かないような、破滅的傾向を顕在化させた自壊への航跡>)より抜粋http://zilge.blogspot.com/2010/11/99_22.html