2020-01-01から1年間の記事一覧

パターソン('16)   ジム・ジャームッシュ

<「日常性」の只中で〈私の状況〉を維持し、自己運動を繋いでいく> 1 「白紙のページに広がる可能性もある」 “愛の詩” 我が家には たくさんのマッチがある 常に手元に置いている 目下 お気に入りの銘柄は オハイオ印のブルーチップ でも以前は ダイヤモン…

半世界('19)   阪本順治

<「自分が見たものが全て」のトラップに嵌らない相対思考の大切さ> 1 息子に関しては気強い母と、息子に関与することから逃げる父 主要登場人物は5人。 主人公の紘(こう)は、炭焼き窯で備長炭(びんちょうたん)を作る炭焼き職人の二代目。 中古車店の…

COLD WAR あの歌、2つの心('18)   パヴェウ・パヴリコフスキ

<無音の映像が、俗世との縁を切った男と女の「常(とこ)しえの旅」の情景を映し出す> 1 「それでも私は あの人を抱き締め 死ぬまで愛すでしょう」 1949年のポーランド。 マズレク音楽舞踊団を率いるピアニストのヴィクトルは、イレーナ(ダンス教師…

エリザのために('16)   クリスティアン・ムンジウ

<人間と社会の歪んだ関係のフレームが、人間相互の関係にまで下降していく> 1 「お前たちの手で、この国を変えられるなら、残って闘えと言うよ。でも変わるとは思えない」 「どうしたの?」「石を投げ込まれた」「誰に?」「知らん」「気味悪いわ」「まっ…

日日是好日('18)   大森立嗣

<「一期一会」と「余情残心」 ―― 「今」・「この時」を丁寧に生きていく> 1 「日日是好日」の要諦を内化し、地に足をつけて呼吸を繋いでいる 二人の女子大生がいる。 一方は、田舎から出て来て、東京で一人暮らしを謳歌し、何事につけても能動的で、決意…

映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ('17)   石井裕也

<落としどころがなく、溶融しにくい会話を交わしながら、不器用な二人の男女が心理的距離を縮めていく> 1 「まあ、俺は変だから」「へえ、じゃ、あたしと一緒だ」 渋谷の夜の街の片隅。 「でもさ、なんでこんなに、何回も会うんだろうね。東京には100…

全人類を餌にする破壊力が爆裂する ―― 人類史は感染症との壮絶な闘いの歴史である

1 細菌と人類の終わりなき苛烈な攻防の歴史 打製石器と骨角器を武器に狩猟採集生活を送っていた「獲得経済」の時代から離れ、磨製石器と土器の出現(「新石器革命」)を可能にした私たち人類が、およそ12000年前頃に、家畜を飼育し、食糧を生産する農…

イングマール・ベルイマン ―― その映像宇宙のいきり立つ表現者

1 「人生が絶望的でも、戦うことが人間の義務だ」 イングマール・ベルイマン(以下、ベルイマン)は、私にとって特別な存在である。 「人生の師」であると言ってもいい。 「人生が絶望的でも、戦うことが人間の義務だ」 これは、初期の「インド行きの船」(…

わらの犬('71)   サム・ペキンパー

<「逃走」を拒み、「闘争」に踏み込み、「戦士」を立ち上げた男の「生き延び戦略」―― その壮絶な暴力の戦略的風景の凄み> 1 「僕には研究がある。余計な事に関わりたくなかったんだ」 宇宙数学者デイビッドは、奨学金を受給して、星の内部構造と放射線の…

万引き家族('18)   是枝裕和

<「負の記号」を集合させて構築した「疑似家族」の「延命」を犯罪で繋いでいく> 今回は、詳細な粗筋は省略する。 以下、「疑似家族」を構成する登場人物の紹介。(ウィキ参照) 1 寒風吹き荒ぶ極寒の季節を抜けていく 「殺さなかったら、二人ともやられて…

女は二度決断する('17)   ファティ・アキン

<暴力の連鎖を断ち切って、今、ここに、自己完結する> 1 浴槽に沈みつつある女が蘇生する ドイツ、ハンブルグ。 刑務所から出所する一人の男。 それを待つ、花嫁姿の女性。 男の名はヌーリ。 トルコからの移民者である。 麻薬取引で投獄されていた。 女性…

「三度目の殺人」('17)   是枝裕和

<確信犯的に断罪する男 ―― その男への同化から解き放たれた時、全てが終わる> 【心理サスペンスの傑作。被告人との接見のシーンが圧巻だった。是枝監督流の社会派系のメッセージが強含みにならない心理劇として受容できた。福山雅治の渾身の演技に心を打た…

判決、ふたつの希望('17)   ジアド・ドゥエイリ

<「憎悪の共同体」の破壊力に巻き込まれ、個と個の争いが自壊する悲哀> 1 「謝罪」を求めた法廷闘争が開かれていく 「シャロンに、抹殺されてればな!」 絶対禁句の言葉を放ってしまった。 男の名はトニー・ハンナ。 自動車修理工場を経営するトニーは、…

ラブレス('17)   

<「否認」の「トラウマ」が自我の底層に固着し、感情処理の出口が完全に塞がれてしまっていた> 1 漏れる嗚咽を必死に押し殺す少年 ズビャギンツェフ監督の最高傑作。 英当局によって特定された「在英ロシア人元スパイ毒殺未遂事件」(2018年/有毒な…

「バスキアのすべて」('10) 

<「防衛体力」の欠如によって、最強の毒素に壊されていく> 1 「激情的習得欲求」の自由人 ―― その中枢を動かす推進力 「最初は拾ってきた窓に描いていた。窓枠を額縁に見立ててガラスの部分に描く。拾ったドアにも描いた」 ジャン=ミシェル・バスキアの…

エレナの惑い('11) 

<お金の臭気に蝟集し、屯するパラサイト家族は済し崩し的に自壊する> 1 「あなたは夫を案じる妻を見事に演じてる。それが本性よ」 野鳥の囀(さえず)りと犬の鳴き声。 これがなければ静止画像だった。 これ以上、望むべくもないと思われるような、モスク…

「スポットライト 世紀のスクープ」('15)

<ジャーナリズムの役割とは何か ―― 「記事にしない場合の責任」を衝く大傑作> 1 「カトリック教会の性的虐待事件」の真実を剔抉した、緊張感漲る真摯な映像 ニューヨーク・タイムズ社の傘下に入った「ボストン・グローブ」社。 150年の歴史を持ち、ボ…

裁かれるは善人のみ('14) アンドレイ・ズビャンギンツェフ

<「聖」と「俗」が共生すれば最強の「正義」になり、頑固な抵抗者を完全解体する> 1 途轍もなく、観る者に迫ってくる映像の峻厳さ 寒風吹きすさぶ、バレンツ海に面する、ロシア北部の入り江のある小さな港町。 自動車修理工場を営むコーリャは、若い妻リ…

「浮世絵革命」のアーティスト ―― 「画狂人」北斎の「激情的習得欲求」が炸裂する

1 享楽する町人文化 ―― 浮世絵は我が国特有の絵画文化の結晶である 「大和絵」という、絵画の様式概念がある。 中国風の絵画「空絵」(からえ)の影響を受けた新様式の日本画に対して、「源氏物語絵巻」に代表される、平安文化の時期に発達した伝統的な様式…

「傍観者効果」の心理学、或いは、「傍観者」の心理学 ―― その内的メカニズムのリアリティ

1 38人の目撃者がいながら、キティはなぜ強姦され、殺されたのか その事件は、決して治安の良くないニューヨークで起こった。 1970年代・80年代に、高い犯罪率が常態化したアメリカ社会において、ニューヨークは、最も暴力的で危険な都市のイメージ…

〈生と芸術〉の軌跡の総体が息づき、日々の呼吸を繋ぐ「水玉」の「記号性」 ―― 「草間彌生」とは何か

1 「無限の網」 ―― 「水玉」の「反復と増殖」が開かれていく 幼い頃から悶え苦しんでいた。 それが、心の奥深くで騒いで止まなかった。 「河原に行くと幾つも石があって、ワーって何億って石が迫ってくるのね。スミレ畑に来ると、スミレが人間の顔して語り…