2011-05-01から1ヶ月間の記事一覧

劒岳 点の記('09) 木村大作<「仲間」=「和」の精神という中枢理念への浄化の映像の力技>

1 入魂の表現力のうちに隠し込んで浄化させた映像総体の力技 「昨今のチャラチャラした日本の男たちは・・・」、「金融資本主義に突っ走る、今の日本社会の荒廃は・・・」、「CGなどの表現技巧に依存するハリウッド映画の物真似は・・・」等々という説教を喰らいそ…

アフガン零年('03)  セディク・バルマク <「恐怖心」を表現し切った少女の訴求力>

1 「オサマ」という名の「少年」が誕生したとき 「忘れられずとも許せはしよう」(N・マンデラ) これが、冒頭のキャプション。 「政治運動ではありません。私たちはひもじい」 ブルカに覆われた女性たちのデモでの、遠慮げなシュプレヒコール。 彼女たちの…

ソルジャー・ブルー('70)  ラルフ・ネルソン <「前線離脱」⇒「銃後彷徨」⇒「前線拒絶」という流れの中で破綻した「インディアン無罪論」>

公開当時、私は本作を観たときに、名状し難い衝撃を受けたことを覚えている。 ラスト20分間のシークエンスに震えが走った。 観終わった後、席を立てなかったほどだ。 ごく普通の好奇心でアメリカ史を学習していた私にとって、ベトナム戦争の爛れ方に怒りを…

闇の子供たち('08)  阪本順治 <「象徴的イメージを負った記号」の重量感に弾かれて>

<「象徴的イメージを負った記号」の重量感に弾かれて> 1 象徴的イメージを負った記号 ここに、6人の日本人がいる。 1人、2人目は梶川夫婦。拡張型心筋症の息子(8歳)を持ち、近々、タイで心臓移植を計画している夫妻である。① 3人目は、買春目的で…

父と暮らせば('04)  黒木和雄 <内側の澱みが噴き上げてきて>

この映画は、「見えない残酷」を見せられた挙句の果てに生き残った自我が、その内側に澱むものを束の間洗浄するかのようなときめき感情のうねりの中で、その「残酷」を見せられて解体された者たちへの贖罪意識と、それを未来の時間の内に昇華させていくまで…

過去のない男('02) アキ・カウリスマキ <温もりのある〈生〉の確かさを再現させたお伽話>

強盗に襲われ、瀕死の状態で病院に運ばれた一人の男。 脈拍が停止して、「植物状態になるなら死なせてやろう」と医師に宣告された、その男が突然、病床から起き上がり、折れた鼻を元の状態に戻して、アンドロイドの如く蘇生するのだ。(画像) 既に、この設…

タクシードライバー('76) マーティン・スコセッシ <「英雄譚」という逆転ドラマの虚構の終焉>

1 男の内側に潜む妄想心理という魔物 殆ど病的な不眠症の故に、夜勤のタクシードライバーを仕事にする一人の男を介して、マーティン・スコセッシが特定的に切り取った、「悪の溜まり場」の「ビッグアップル=アメリカの現状況性」というラベリングを、フィ…

ディア・ドクター('09)  西川美和 <微妙に揺れていく男の脱出願望 ―― 「ディア・ドクター」の眩い残影>

1 男の脱出願望と、感謝の被浴による快楽との危うい均衡 必ずしも、本作の主人公である「『善人性』を身体化するニセ医者」のバックボーンが明瞭に表現されていないが、私なりにイメージする、件の「ニセ医者」の心理の振れ具合に焦点を当てて書いてみよう…

ノーマンズ・ランド('01)  ダニス・タノヴィッチ <〈状況〉が分娩した憎悪の鋭角的衝突を相対化した男の視座のうちに>

1 塹壕内の空気を支配する力関係の微妙な振れ幅 1992年に出来したボスニア・ヘルツェゴビナ紛争下で、ボスニア軍の交代班が夜霧の中で迷った末に、セルビア軍の猛攻撃を受け、「ノーマンズ・ランド」と呼ばれる「中間地帯」に辿り着く。 生き残った兵士…

サード('78)  東陽一 <「陰翳」が削り取られた「純度の高い内面的表現力」の決定的瑕疵>

1 「素人」の「鮮度」の「魅力」という範疇を逸脱するお粗末さ 初見時から数十年を経て鑑賞した印象が、これほど失望の念を禁じ得なかった映画も珍しい。 私にとって、それは、初見時の印象深い感銘が、単に青臭い感傷でしかなかったことを能弁に物語るもの…

母なる証明('09)  ポン・ジュノ <「忘却の舞い」を必要とする母がいて、「狂気の舞い」に追い込まれた母がいた>

1 深く澱んだ〈状況〉の只中に置き去りにされて 本作の中で、最も重要と思える会話を紹介する。 そこには、本作の基幹テーマとなっている、母性の過剰な包容力のルーツとも思える会話が拾われているからだ。 会話の主は、本作の主人公である母と、その一人…

得意淡然、失意泰然 ―― 2009 松井秀喜の最高到達点

1 ペドロ・マルティネスという恐怖のハンター ペドロ・マルティネス。(画像下) メジャーリーグベースボール(以下、MLB)の投手部門の最高の名誉であるサイ・ヤング賞を過去3度受賞し、現役最高の右腕とも称されるドミニカ共和国出身の投手の名は、M…

この国の「闘争心」の形

1 序 ―― その場凌ぎのリアリズム この国では、しばしば、結果よりもモチーフの純度こそ評価される傾向があるという指摘は多い。 極端に言えば、この国では「何をしたか」によってではなく、「何をしようとしたか」によって人間の価値が決まるのであり、その…

ただいま('99)  チャン・ユアン   <「贖罪意識の累加の17年」という内実の重さ>

1 これ以上削れないという、ミニマムな描写の提示のうちに鏤刻した構築的映像 ラスト9分間で勝負する、この90分にも満たない映像の完成度の高さに舌を巻いた。 内側から込み上げてきたものが、幾筋もの液状のラインを成して、相貌を崩すほどの感動を与え…

グレート・ブルー 国際版('88) リュック・ベッソン <「マリンブルー」の支配力だけが弾ける世界の、単純な映像構成の瑕疵>

1 「純粋」、「無垢」、「超俗」、「寡黙」、「非文明」、そして「『聖なるもの』としてのイルカへの至上の愛」 「錦鯉の外見美を守るために、平気で水生昆虫を食べさせる環境擁護論も可笑しいが、『ハエや蚊のいない、トンボや蝶の舞う町づくり』をアピー…

台風クラブ('85) 相米慎二 <「閉鎖系の空間」を「解放系の空間」に変容せしめた「思春期爆発」の決定力>

1 思春期状況に呼吸を繋ぐ少年少女たちを捕捉する、「非日常」の未知のゾーンの危うさ 本作の基幹テーマは、映像の冒頭のシークエンスのうちに凝縮されている。 某地方都市の木曜日の夜。 市立中学校のプールで密かに泳いでいた一人の少年が、たまたま、プ…

英雄の戦後史

英雄を必要とする国は不幸である、と言った劇作家がいた。英雄を必要とするのは、国家が危機であるからだ。しかし国家が危機になっても、英雄が出現しない国はもっと不幸である。なぜなら、英雄が出現しないほどに国民が危機になっているからだ。 英雄を必要…

4ヶ月、3週と2日('07) クリスティアン・ムンジウ監督<限界状況からの危うい突破への身体化現象>

「二人が会えるか心配だったけど、会えて良かった」とガビツァ。 この言葉から全てが開かれた。 狭いホテルの暗い一室に、カーテン越しに開かれた窓から、薄曇りの空の隙間を縫って、その澱んだ空気を幾分でも浄化させる対比的効果を狙ったかのように、緩や…

パピヨン('73) フランクリン・J・シャフナー <「人生を無駄にした罪」によって裁かれる男の物語>

1 「人生を無駄にした罪」によって裁かれる男の物語 この波乱万丈に満ちた、アンリ・シャリエールの実話をベースにした映画の中で、最も重要なメッセージは、以下の言葉に尽きるだろう。 「お前は、人間が犯し得る最も恐ろしい犯罪を犯したのだ。では、改め…

イン・ザ・ベッドルーム('01) トッド・フィールド <映像の根柢的変容を顕在化させる私的・暴力的制裁の冥闇の風景>

米国で最古のエリアであるニューイングランド6州の中で、大西洋に面した最東北部に位置するメイン州の小さな町で、開業医を営むマット・ファウラー(以下、マット)と、その妻である合唱隊の教師のルース夫妻の元に、夏期休暇を利用して、学生であるフラン…

定着への揺らぎと憧憬―「寅さん」とは何だったのか

序 ――「反近代」の庶民の旗手として どこかで、誰かが、強烈なイメージを漂わせながら、異議申し立てをして欲しかった。 過激派ではなく、狂信者ではなく、もっと遥かに世俗の匂いを嗅がせるキャラクターこそ求められた。高度成長の澎湃(ほうはい)はかくも…

霧の中の風景('88) テオ・アンゲロプロス  <始めに混沌があった>

闇が支配する部屋の小さなベッドに身を埋めて、11歳の姉が5歳の弟に、この夜も「創世記」をコンパクトになぞった物語を語っていた。 姉の名はヴーラ。弟の名はアレクサンドロス。就寝を確かめに来た母親の足音に、今夜もまた姉の語りが千切れてしまった。…

津軽じょんがら節('73)  斎藤耕一  <「外部装置」に捩じ伏せられた物語構成の脆弱さ>

1 自我と〈生〉のルーツを持たない男の空洞感が埋められたとき 誰から生まれ、誰に育てられ、どこで育ったかという、自我と〈生〉のルーツを持たない男にとって、内側に巣食う空洞感を曖昧にさせてくれる場所で呼吸を繋ぐことで、そこに、その男の応分に見…

草の乱('04) 神山征二郎監督  <善悪二元論を突き抜けられない革命ロマンの感動譚>

1 「奥武蔵・秩父」という固有の存在性 今から30年もの昔、自由民権運動に強い関心を持っていた私は、地域でささやかな文化運動に挺身しながら、関東近県の町村を歩き回っていた。 在野の研究者を気取って、メモ帳片手にオーラル・ヒストリー(聞き書き)…

ギルバート・グレイプ('93)  ラッセ・ハルストレム <「埋葬」と「再生」、或いは、紛う方ない「若き父性」の立ち上げ>

1 移動への憧憬と定着への縛り 「エンドーラ。僕らの住む町だ。冴えない町なんだ。いつも同じ表情で何も起こらない。僕の働く食料品店。今や、国道沿いのスーパーに客を取られてしまった。これが我が家。パパが建て、今は僕が修理を受け持つ。弟の寿命を1…

狼たちの午後('75) シドニー・ルメット  <大いなる破綻と救済の向こうに>

1 うだるような夏の午後 映画の原題は、「Dog Day Afternoon」。「うだるような夏の午後」というような意味である。 ―― 以下、本作の基幹的なストーリーを詳細に追っていく。 1972年8月22日。その日、ニューヨークは35度を越えるような猛暑だった…

コックと泥棒、その妻と愛人('89)  ピーター・グリーナウェイ <「暴食」の問題に還元される、「悪」のイメージとしての究極の「黒」の破滅性>

1 おぞましきカニバリズムの饗宴のうちに大団円を迎えるリベンジ劇 本作は、「舞台」の幕の開閉によって、登場人物への過度な感情移入を抑制することで、観る者を限りなく客観的観劇者である姿勢の維持を求めている。 「異化効果」の演劇的手法の導入である…

ピアノ・レッスン('93)  ジェーン・カンピオン <男と女、そして娘と夫 ―― 閉鎖系の小宇宙への躙り口の封印が解かれたとき>

1 自然と睦み合う旋律と一体化した女、それを凝視する男 ―― 浜辺のシークエンスの決定力 幼少時より言葉を失った女は、非社会的で閉鎖系のミクロの宇宙に住んでいる。 そんな女が嫁ぐために、ニュージーランド南端に浮かぶ「異界」の島にやって来ても、そこ…

日の名残り('93)  ジェームス・アイボリー <執事道に一生を捧げる思いの深さ―プロセスの快楽の至福>

1 長い旅に打って出て 英米の映画賞を独占した「ハワーズ・エンド」の翌年に作られた、米国人監督ジェームス・アイボリーの最高傑作。 また前作でも競演した英国出身のアンソニー・ホピキンスとエマ・トンプソンの繊細な演技が冴え渡っていて、明らかに彼らの…

ピアノ・レッスン('93)  ジェーン・カンピオン <男と女、そして娘と夫 ―― 閉鎖系の小宇宙への躙り口の封印が解かれたとき>

1 自然と睦み合う旋律と一体化した女、それを凝視する男 ―― 浜辺のシークエンスの決定力 幼少時より言葉を失った女は、非社会的で閉鎖系のミクロの宇宙に住んでいる。 そんな女が嫁ぐために、ニュージーランド南端に浮かぶ「異界」の島にやって来ても、そこ…