2014-01-01から1年間の記事一覧

川の底からこんにちは('09) 石井裕也 <「深刻さ」を払拭した諦念を心理的推進力にした、「開き直りの達人」の物語>

1 「開き直った者の奇跡譚」という物語の基本骨格 本作の物語の基本骨格は、「開き直った者の奇跡譚」である。 「開き直った者の奇跡譚」には、物語の劇的変容の風景を必至とするだろう。 独断的に言えば、物語の劇的変容の風景を映像化するには、コメディ…

パーマネント野ばら(‘10) 吉田大八 <ブラックコメディの暴れようが、ヒューマンドラマに一気に回収されていく秀作>

1 ブラックコメディの暴れようが、ヒューマンドラマに一気に回収されていく秀作 山下敦弘監督と共に、吉田大八監督は、私にとって、邦画界で最も愛着の深い映画監督である。 その殆ど全ての作品が好きな山下監督は別として、吉田監督はその明晰な頭脳で、巧…

桐島、部活やめるってよ(‘12) 吉田大八 <「現代の青春」の空気感を鋭く切り取った青春ドラマの大傑作>

1 「現代の青春」の空気感を鋭く切り取った青春ドラマの大傑作 映画を観ていて、涙が止まらなかったのは、いつ以来だろうか。 外国映画なら人間の尊厳を描き切った、ワン・ビン監督の「無言歌」(2010年製作)という生涯忘れ難い作品があるが、邦画にな…

腑抜けども、悲しみの愛を見せろ(‘07) 吉田大八<男たちの「腑抜けさ」を均等に分け合って喰っていく、誰も勝者のいない女たちの腕力の決定版>

1 「癒しの空間としての家族」という物語と、家族外人間関係における道徳観念が内包する欺瞞性 私たちが殆ど疑うことがない「癒しの空間としての家族」という物語と、とりわけ、この国において、家族外人間関係における道徳観念が内包する欺瞞性を、ブラッ…

キツツキと雨(‘11)  沖田修一 <非日常の「祭り」の世界に変換された「異文化交流」の物語>

1 非日常の「祭り」の世界に変換された「異文化交流」の物語 ここでは、殆ど大袈裟な事件・事故が惹起しない、緩やかに、淡々と進む映画のストーリーラインから書いていく。 以下、本篇の簡単な梗概。 3年前に、病気で妻を喪った、「林業一筋」の初老の男…

かもめ食堂('05) 荻上直子 <「どうしてものときはどうしてもです」―― 括る女の泰然さ>

1 「距離の武術」としての「アイキ」の体現者 合気道―― 「理念的には力による争いや勝ち負けを否定し、合気道の技を通して敵との対立を解消し、自然宇宙との『和合』『万有愛護』を実現するような境地に至ることを理想としている。主流会派である合気会が試…

ブルース・ブラザーズ('80) ジョン・ランディス<印象濃度を決定付けた「破壊的シークエンス」の映像構成>

1 マキシマムにフル稼働させた「ナンセンス性」 私にとって、「単に面白いだけの映画」に過ぎない、この映画の異常な人気を考えてみたい。 それが本稿の目的である。 その一。 スラップスティックに内包される「ナンセンス性」を、マキシマムにフル稼働させ…

蒲田行進曲(‘82) 深作欣二 <「全身映画的」を構築し切った「活動屋魂の復元」の情感のうちに結ばれた、「カーテンコール」という自己完結点>

1 「全身映画的」なヒューマン・コメディの一代の傑作 良かれ悪しかれ、いつの時代でも、その時代の風景に見合った映画のサイズが存在することを慮(おもんばか)れば、本篇が、「映画命」と幻想し、その身を削っていた者たちが、なお命脈を繋いでいた、「…

その土曜日、7時58分('07) シドニー・ルメット<「失敗は失敗のもと」という負のスパイラル――自壊する家族の構造性>

1 兄 「不動産業界の会計は実にはっきりしている。ページにある数字を全部足せばいい。毎日、それできちんと帳尻が合う。総額はいつもパーツの合計だ。明朗会計。絶対的な数字が出る。でも俺の人生は、そうはならない。パーツが積み重ならず、バラバラだ。…

カポーティ('05)  ベネット・ミラー<「恐怖との不調和」によって砕かれた、「鈍感さ」という名の戦略>

1 野心 1959年11月15日 グレートプレーンズの中枢に位置する、小麦畑が広がるカンザス州西部のホルカムで、その事件は起きた。 平原の一角の高台にある、富裕なクラッター家の家族4人が、惨殺死体で発見されたのである。 「間違いは正直に認めなき…

プラトーン(‘86)  オリバー・ストーン <「ベトナム帰還兵」としての使命感に変換されていく若者の痛切な前線経験>

1 「悪魔」に堕ちていくハードルを低下させる、差別意識と憎悪感・恐怖感 この存分に毒素の詰まった映画の基本骨格は、二つの異なった「大義」の衝突による、極めて現代史的要素の強い作品と考えているので、その問題意識に準拠して批評を繋いでいくつもり…

地獄の黙示録('79)  フランシス・F・コッポラ<「ベトナム」という妖怪に打ち砕かれて>

1 ニューシネマの最終到達点 アメリカは厄介な国である。 自分の国を最も偉大で、強大な国であると、皆、素朴に信じて疑わないところがあるように見える。敢えて辛辣な言辞を弄すれば、その内実は、食いっぱぐれた無数のヨーロッパ系移民がインディアンを、…

フルメタル・ジャケット('87) スタンリー・キューブリック <「戦争における『人殺し』の心理学」についての映像的検証>

1 「狂気」に搦め捕られた「殺人マシーン」の「卵」と、「殺人マシーン」に変容し切れない若者との対比 本作の物語構造は、とても分りやすい。 それを要約すれば、こういう文脈で把握し得るだろう。 「殺人マシーン」を量産する「軍隊」の、極めて合理的だ…

シャイン(‘95) スコット・ヒックス <父との「権力関係」の中で作られた「仮構された『善き子供』」という形象を克服し、自立と再生を果たす物語>

1 「過干渉」という名の「権力関係」の破壊力の怖さ 「ヘルフゴット夫妻の協力に感謝します」 これが、エンドロールのキャプション。 しかし、この映画の公開にあたって、Wikipediaによると、以下のエピソードがあったらしい。 「映画化に当たって、ヘルフ…

4分間のピアニスト('06) クリス・クラウス <「表現爆発」に至る物語加工の大いなる違和感>

1 簡潔な粗筋の紹介 本稿に入る前に、以下、本作の粗筋を簡潔にまとめておこう。 ピアノ教師として女子刑務所に赴任して来た80歳のクリューガーは、新入りのジェニーが机を鍵盤代わりにして指を動かす姿を見て、一瞬にして抜きん出た才能を認知する。 「…

ピアニスト('01) ミヒャエル・ハネケ<「強いられて、仮構された〈生〉」への苛烈極まる破壊力>

1 「父権」を行使する母との「権力関係」の中で 母の夢であったコンサートピアニストになるという、それ以外にない目的の故に形成された、実質的に「父権」を行使する母との「権力関係」の中で、異性関係どころか、同性との関係構築さえも許容されなかった…

カサブランカ(‘42)  マイケル・カーティス <プロパガンダ映画の厭味を感じさせない、「大人のラブロマンス」の心理的風景>

1 闇のスポットで虚しく揺曳する、運命的な再開を果たした男と女の残影 本作は、「自由と正義の国・アメリカ」という名の「パラダイス」への旅立ちと、そこでの反独レジスタンスの雄々しき継続という、「明白なる使命感」に結ばれるラストシーンに集中的に…

十二人の怒れる男('57)  シドニー・ルメット <「特定化された非日常の空間」として形成された【状況性】>

1 「特定化された非日常の空間」として形成された<状況> 「早く、片付けようぜ」 陪審員の一人のこの言葉が、評決に参加する者たちの空気を代弁していた。 「本件は第一級殺人事件だから、有罪と決まったら、必然的に被告は電気椅子に送られる」 夏の暑さ…

第三の男('49) キャロル・リード<「戦勝国」という記号によって相対化された者たちとの、異なる世界の対立の構図>

1 「闇の住人」の視線を相対化する映像構成 時代の大きな変遷下では、秩序が空白になる。 空白になった秩序の中に、それまで目立たなかったような「闇」が不気味な広がりを見せていく。 「闇」は不安定な秩序を食い潰して、いつしか秩序のうちに収斂し切れ…

鍵泥棒のメソッド(‘12) 内田けんじ <完璧に伏線を回収する構成力と人物造形力に成就した、完成形のエンタメムービー>

1 完璧に伏線を回収する構成力と人物造形力に成就した、完成形のエンタメムービー ほぼ完成形のエンタメムービー。 面白過ぎて、快哉を叫びたいほどだった。 完璧に伏線を回収する構成力と人物造形力、演じる俳優たちの完璧な表現力。 近年の邦画で、これを…

アフタースクール('08)  内田けんじ <狭隘なるラベリング思考から抜け切れない男への情感炸裂>

Ⅰ 「予定調和の逆転劇」の効果を高める伏線としての「対立構図」 本作がミステリー・ヒューマンドラマとして観るとき、とても精緻に構築された映画であることは間違いない。 「予定調和の逆転劇」という軟着点を前提化しているように見えるので、ミステリー…

運命じゃない人('04) 内田けんじ<類稀なるパーソナリティの給温効果を持つ、「全身誠実居士」のラブストーリーという物語の基本骨格>

1 〈状況〉に投入された主体の感情や行為の無秩序な集合という、様々に交叉する人間学的事象の構造 本作が、かつて、そこに張り付いていたであろう幾許(いくばく)かの付加価値が脱色され、差別化特性を失うことでコモディティ化されつつも、なお文化的継…

ローマの休日(‘53) ウィリアム・ワイラー  <「越えられない距離」にある男女の「自由の使い方」の最高表現力>

1 「越えられない距離」にある男女の「自由の使い方」の最高表現力 「スクリューボール・コメディ」(戦前のロマンティック・コメディ)の代表作とされる、フランク・キャプラ監督の「或る夜の出来事」(1934年製作)と並んで、ラブコメディの最高到達…

青の炎(‘03)  蜷川幸雄<臨界状況を疾走する少年の内的宇宙>

1 「青の炎」の消炎の思いを乗せたロードレーサーの駆動の果てに 徹頭徹尾、映画的空間の中で切り取られた物語の芯にあるのは、何者にも頼らず、能力的に限定的な思考プロセスの中で、トライアンドエラー(試行錯誤)を繰り返しながら、そこで得たベストな…

羊たちの沈黙('91) ジョナサン・デミ <「羊の鳴き声」を消し去る者の運命的自己投企―― 或いは、「超人格的な存在体」としての「絶対悪」>

1 「構成力」と「主題性」、「娯楽性」、「サスペンス性」がクリアされた一級のサイコ・サスペンス 「The Silence Of Lambs」 これが、本作の原題である。 和訳すると、「羊たちの沈黙」。 この謎に満ちた原題を持つ鮮烈なサイコ・サスペンスは、立場が異な…