2014-01-01から1年間の記事一覧

思秋期(‘10) パディ・コンシダイン <悲哀と絶望を直視して、中年男女の心的行程の様態をシビアに切り取った人間ドラマの傑作>

1 荒れる男 祈る女 この日もまた、男は荒れていた。 ノミ屋で大敗したストレスが炸裂し、あろうことか、愛犬を蹴り殺してしまうのだ。 悔いても、いつも遅い。 身体反応としての情動が一気に噴き上げ、不快な感情の集合が不必要に炸裂し、攻撃的行動を抑制…

ミザリー(‘90)  ロブ・ライナー <「闘争・逃走反応」への心理の変容過程の致命的欠損が立ち上げた「車椅子のスーパーマン」>

1 「攻撃的狂気」を屠っていく「防衛的正義」の「悪者退治」の物語 人間心理の歪みについての批評の余地を残すサイコサスペンスなら、もう少し、人間の心理の恐怖感がリアルに再現できたにも拘らず、残念ながら本作は、その辺りの冷厳なリアリティが欠けて…

新・心の風景  継続的に暴力を受けた者の恐怖の心理的リアリティ ―― 映画「ミザリー」に見る「闘争・逃走反応」への心理の致命的欠損

1 継続的に暴力を受けた者の圧倒的な恐怖感の欠落 「ミザリー」というサイコもどきのホラー映画を観て、正直、辟易した。 重傷を負って馴れない車椅子を駆使する流行作家が、「恐るべき殺人鬼」によって、両足を巨大なハンマーで打ち砕かれ、身体機能が無能…

凶悪(‘13) 白石和彌 <「凶悪さ」という概念のアナーキーな氾濫への違和感>

1 「正義」を盾にした夫の叫びを打ち砕く妻のリアリズム 「絶対正義」の名の下に、「私的制裁」に奔走する一人のジャーナリストと、その背後に隠れ込み、「絶対悪」を糾弾して止まない「映画鑑賞者」=「一般大衆」の裸形の懲罰意識を露わにすることで、人…

光のほうへ(‘10)  トマス・ヴィンターベア <色褪せてくすんだ映像で匍匐する兄弟の遣り切れないほどの切なさ>

1 「守るべき者」を持ちながら、堕ちて、堕ちて、堕ちていく運命 本作のあとに創られる「偽りなき者」(2012年製作)と同様に、本質に関わらないエピソードを大胆に切り捨てて構成された映画の切れ味は出色であり、映像総体の訴求力は抜きん出ていて、…

偽りなき者(‘12) トマス・ヴィンターベア<「爆発的共同絶交」を本質にする、集団ヒステリー現象の爛れ方を描き切った傑作>

1 固有の治癒力という「特効薬」と暴力的な「排除の論理」 ―― 地域コミュニティの諸刃の剣 置かれた立場の弱い特定他者が犯したとされる、反証不能の忌まわしき行為に対して、大きな影響力を持つ者の、客観的合理性の希薄な思い込みが独り歩きし、一気に確…

終着駅 トルストイ最後の旅(‘09) マイケル・ホフマン <「不完全な男と女」が呼吸を繋ぐ人生の晩年を活写した一級の名画>

1 カリスマ性とは無縁な、一人の老人の裸形の相貌を描き切った人間ドラマ 「聖人」化された人格者の代名詞のような男の、その最晩年の心の風景の澱みと、その男への愛憎相半ばする複雑な女の感情の振幅を、短絡的な人間理解の皮相浅薄で、深みのない筆致で…

汚れなき悪戯(‘55)  ラディスラオ・ヴァホダ <理念系の濃度の高い作品に昇華させた一級の「宗教的ファンタジー」>

1 “パンとぶどう酒のマルセリーノ” 自我のルーツを切実に求める純朴な幼児・マルセリーノの思いを、その幼児から無償の援助行動を受ける「神の子・イエス」が柔和に吸収し、世俗と天上を融合させ、絶対安寧の世界に送り届けることで、限りなく、理念系の濃…

フライト(‘12) ロバート・ゼメキス <膨れ上がった心の振れ幅を持つ男の心の闇>

1 膨れ上がった心の振れ幅を持つ男の心の闇 ―― その1 人間を支配し、突き動かしているものが、価値観・思想という観念系のものであると言うよりも、寧ろ、感情・情動であることを、振れ幅の大きい一人の男の人物造形を通して描き切った秀作。 人間は複雑で…

現代最高の映像作家 ― ミヒャエル・ハネケ監督の世界

1 人間洞察力の凄みを見せるハネケ映画の真骨頂 一人の女がいる。 女の名はアンヌ。 多忙を極める女優である。 女優業で多忙を極めているアンヌが、アラブ系の二人の移民の若者に絡まれる恐怖体験についてのシーンがある。 車両の一番端に座っているアンヌ…

聯合艦隊司令長官 山本五十六-太平洋戦争70年目の真実- (‘11) 成島出<「メデイアの加害者性」を衝く反戦映画>

1 「メデイアの加害者性」を剔抉した、「基本・反戦映画」の鮮度の高さ この映画は、たとえ通州事件(1937年7月)があったにせよ、侵略戦争としての日中戦争ではなく、帝国主義間戦争(市場再分割戦争)としての太平洋戦争に焦点を当て、その戦争に対…

ゼア・ウィル・ビー・ブラッド(‘07)  ポール・トーマス・アンダーソン<「絶対個人主義」というルールで駆け抜けた孤高の男の、その収束点の陰翳感>

1 剥き出しの大地にへばり付き、穿っていく男の強烈なる個我の裸形の風景 風荒(すさ)ぶ荒野の一角で、一人の男が鶴嘴(つるはし)を振るっている。 夜になり、男は野営する。 その直後の映像は、小さな暗い穴の立坑で、右手に槌(つち)、左手に鑿(のみ…

仁義なき戦い(‘73) 深作欣二<「任侠ヤクザ」から「組織暴力」へのイメージ変換を決定的に成就させた映画>

1 「任侠ヤクザ」から「組織暴力」へのイメージ変換を決定的に成就させた映画 「弱気を助け、強きを挫く」というイメージを堅気の大衆にセールスする一方で、その内部で、疑似家族的な共同体のピラミッド型の階層構造を仮構し、「親分・子分」という関係で…

トト・ザ・ヒーロー(‘91) ジャコ・ヴァン・ドルマル <人生の行程で起こり得る多くのものが詰まった、反転的な「人生賛歌」のメッセージ>

1 観る者の視覚に強烈に鏤刻する名画の圧倒的な切れ味 これまで観た多くの映画の中で、初見時に、言葉に言い表せないほどの感動と鮮烈なインパクトを受けた作品の一つ。 後にも先にも、これほどの独特な筆致で描かれた作品と出会った記憶はない。 ジャコ・…

JAWS/ジョーズ(‘75)  スティーヴン・スピルバーグ <「三人の男VS人食い鮫」の直接対決を本丸の物語にした、海洋アドベンチャー映画の決定版>

1 「三人の男VS人食い鮫」の直接対決を本丸の物語にした、海洋アドベンチャー映画の決定版 アメリカ東海岸の海辺の町・「アミティ島」(架空の島)を餌場と決めたホオジロザメから、海水浴場というレジャーランドを守る争いは、「人がいる限り襲う、縄張り…

コード・アンノウン(‘00)  ミヒャエル・ハネケ <パリの街の見えにくい排他的な陰翳感を吹き払う、見事に調和された太鼓の律動感>

1 「知っていることと、理解することは別物だ」 ―― 困難な「知的過程」を開く作業の大切さ 全てが完成形のハネケ監督の秀作群の中で、「タイム・オブ・ザ・ウルフ」(2003年製作)、「愛、アムール」(2012年製作)と並んで、私に深い余情を残すに…

明日の記憶(‘05) 堤幸彦 <「夫婦」という記号だけが置き去りにされた、一人の男と一人の女の物語>

1 屋上の縁に立って、不安の極点を身体表現する男を襲う悪魔の鼓動 いつも、それは唐突にやって来る。 唐突にやって来るから困惑し、動揺し、狼狽する。 狼狽してもなお、より深刻になる状況に翻弄され、内側で何かが煩く騒いで止まなくなる。 内側で確実に…

ザ・マスター(‘12) ポール・トーマス・アンダーソン <帰還すべき場所に戻れなかったばかりに、アナーキーな「移動」に捕縛されてしまった男の悲哀の物語>

1 どのよう振舞っても救われようがない人生の、その孤独の極相 どのよう振舞っても救われようがない人生の、その孤独の極相。 孤独の極相の際(きわ)を匍匐(ほふく)する男の、遣り切れない人生の断片を描き切ったこの映画を、私はこよなく愛す。 それが…

横道世之介(‘12)  沖田修一 <「約束された癒しの快感」に張り付く、「普通に善き人」・世之介の人格像の押し売りの薄気味悪さ>

1 偏見の濃度の薄さ ―― 世之介の人格像の芯にある価値ある何か 「普通に善き人」・世之介の柔和なイメージ全開の青春譚・純愛譚の中で、その世之介の人格像を端的に表現している印象的なシーンを起こしてみる。 まず、私にとって最も印象深いのは、単に人間…

塀の中のジュリアスシーザー(‘12)  タヴィアーニ兄弟 <「虚実皮膜」の手品を駆使してまで送波するタヴィアーニ兄弟の真骨頂>

1 映画の虚構の中で特化された、もう一つの虚構の切れ味 子供を対象にした暴力防止の教育プログラムとして、1980年代に米国で考案・作成された「セカンドステップ」は、日本でも、多くの学校や児童養護施設などで実施され、反社会的行動の減少において…

バベットの晩餐会(‘87) ガブリエル・アクセル <「12人の使徒」に贈る、「最初にして、最後の晩餐」という極上の「お伽噺」>

1 「12人の使徒」に贈る、「最初にして、最後の晩餐」という極上の「お伽噺」 この映画は、粗食を旨とせざるを得ない共同体の内実が、いつしか劣化させていた「信仰」と「共食」の文化の日常性を、唐突に侵入してきた非日常の「美食」の文化が1回的に、…

いつか晴れた日に('95) アン・リー <「ラストシーンのサプライズ」によって壊された映像の均衡感>

1 「ラストシーンのサプライズ」によって壊された映像の均衡感 「ラストシーンのサプライズ」に象徴されるように、観る者の感動をビジネス戦略で包括する、ハリウッド系ムービーの狡猾さがここでも露わになっていて、本作を「名画」と呼ぶには相当気が引け…

名画短感⑤ プレイス・イン・ザ・ハート('84) ロバート・ベント監督

観る者の感動を狙っただけの映画が氾濫する情緒過多なる時代のとば口に、かくも堅実で良質なヒューマンドラマがあったことを確認させられる一篇。 主演を演じたサリー・フィールドと、ジョン・マルコヴィッチの冴えた演技が映像的感性を濃密にしていて、最後…

南極料理人(‘09) 沖田修一 <美食の本質は「不在なる食」との再会の欣喜にあり ―― メッセージコメディの傑作>

1 俳優たちが伸び伸びと演技する人間模様の風景の圧巻 コメディとして完全受容し、観ることができなければ、「アウト」と言われるような典型的な作品。 私は完全受容し、観ることができた。 だから存分に楽しめた。 ただそれだけのこと。 ただそれでけのこ…

男はつらいよ 寅次郎恋歌('71) 山田洋次 <リンドウの花――遠きにありて眺め入る心地良さ>

序 「寅さん映画」の真髄 「寅さん」シリーズ全48作の中で、そのコメディのパワーと映像的完成度のレベルから「最高傑作」を選ぶとしたら、私は躊躇なく一作目の「男はつらいよ」か、5作目の「男はつらいよ 望郷篇」を選ぶであろう。 この二作は、全シリ…

最強のふたり(‘11)  エリック・トレダノ 、オリヴィエ・ナカシュ <階級を突き抜ける友情、その化学反応の突破力>

1 脊損の四肢麻痺に罹患する主人公の内面世界をフォローすることの意味 この映画は、「児戯性」を強調するためのエピソードのくどさに些か辟易したが、映像総体としては、「良い映画」(心に残る映画)であると評価している。 しかし、危さに満ちた映画であ…

マンデラの名もなき看守('07) ビレ・アウグスト <千切れかかっていた「善」が、確信犯の「善」のうちに収斂される物語>

1 千切れかかっていた「善」が、確信犯の「善」のうちに収斂される物語 権力を維持するために行使される、過剰な暴力を是とするシステムに馴染めない「善」と、その権力への自衛的暴力を行使することを指示する確信犯の「善」が物理的に最近接し、そこに心…

インビクタス/負けざる者たち('09) クリント・イーストウッド <「偉大なる黒人大統領」の視線を追い続けることで、間断なく提示していく「主題提起力」の一気の快走>

1 「英雄」という名の未知のゾーンに搦め捕られる心理の鮮度の持つ、「初頭効果」の訴求力 作品が持つ直截な政治的メッセージの濃度の高さを限りなく相対化するためなのか、ほんの少し加工するだけで、もっと面白くなる物語を比較的淡々と構成化することで…

舟を編む(‘13) 石井裕也 <辞書という名の「大海に浮かぶ一艘の舟」を丁寧に編む男の物語>

1 主題と構成が見事に融合し、均衡感を堅持した、邦画界での名画の誕生を告げる秀逸な一篇 特段にドラマチックな展開もない地味な物語の中で、歯の浮くような感傷譚を挿入することなくして、これだけの構築力の高い映画を作った石井裕也監督に最大級の賛辞…

まほろ駅前多田便利軒(‘11) 大森立嗣 <実存的欠損感覚を補填する心的旅程の艱難さ>

1 実存的欠損感覚を持つ二人の男 実存的欠損感覚を持つ二人の男がいる。 一方の男は、不確実性の高い、見えにくい未来に向かうことで欠損の補填をしようと、辛うじて身過ぎ世過ぎを繋いでいる。 しかし、男の心奥に潜むトラウマが、いつもどこかで、その補…