2016-01-01から1年間の記事一覧

リアリティのダンス(‘13) アレハンドロ・ホドロフスキー <「家族のスターリン」を延長できなかった男から解放され、「ただ、風だけが通り過ぎる」記憶を再構成する映画作家の物語>

1 「未来の君は、すでに君自身だ。苦しみに感謝しなさい。そのおかげで、いつか私になる。幻想に身を委ねなさい。生きるのだ」 「お金は血なり、循環すれば活力になる。お金はキリストであり、分かち合えば祝福される。お金はブッダであり、働かなければ得…

その男、凶暴につき(‘89) 北野武 <「野生合理性」という感情システムを内蔵する男の「約束された収束点」>

1 血染めの赤に塗り潰された、重くて、救いようのない瞑闇の風景の中で 既成の映画文法の押し付けを拒絶し、好き放題に撮った映画の面白さ。 それが、この映画に凝縮されている。 北野作品群の中で、「娯楽」と割り切って作ったこの映画が、私は一番好きだ…

サイダーハウスルール(’99) ラッセ・ハルストレム <「人生の重み」 ―― 「戦略的離脱」に打って出た青春が手に入れた至高の価値>

1 「こんな充実感は初めてです。僕は残ります。役に立ってると思うから。ここで学ぶのは、どんな小さなことも、僕には新鮮です」 「よそでは、若者は家を出ると、自分の未来を探して、広く遠く旅をする。その旅のエネルギーは、悪を倒すという夢や、めくる…

トレーニングデイ(‘01) アントワーン・フークア <「公正」の観念によって葬られる、「上下関係で固められた、構造化された秩序」>

1 疑心暗鬼で揺れる若き捜査官の良心を甚振り、利用する男の容赦なき狡猾さ 「俺、刑事になりたいんです」 自ら志願し、ロス市警の刑事部・麻薬取締課に配属された、妻子持ちのジェイクの言葉である。 彼の相棒となったのは、ベテラン刑事のアロンゾだった…

サンドラの週末(‘14) ダルデンヌ兄弟<疾病再発の危うさをブレイクスルーした女の、それ以外にない着地点>

1 人生の新たな局面に向かって、自己運動を繋いでいくまでのシビアな物語 社会観・世界観が違っていても、ダルデンヌ兄弟の映画は大好きだ。 決してプロパガンダに堕さず、秀逸なヒューマンドラマに仕上がっているからである。 グリーフという現代的テーマ…

きみはいい子(‘14) 呉美保 <揚げパンを届けるために疾走する新米教師、或いは、トイレに隠れ込む母が負う荷が降ろされるとき>

「酒井家のしあわせ」、「オカンの嫁入り」、「そこのみにて光輝く」、そして本作の「きみはいい子」と4作観てきたが、全て一級品である。 いつもながら、呉美保監督の抜きん出た演出力は、ここでも圧巻だった。 高良健吾、尾野真千子。共に素晴らしい。 特…

海にかかる霧(‘14) シム・ソンボ <悲劇の円環性 ――  その救いようのない海洋密室劇>

1 日の出と共にに沈降していった、海霧の中で炙り出される男たちの「野生合理性」 麗水(ヨス・全羅南道東南部の沿海部に位置する)で漁業を営むカン船長が、中国からの朝鮮族の密航(中国から韓国に運ぶ違法行為)を引き受けたのは、近年の深刻な漁業不振…

大統領の執事の涙(‘13) リー・ダニエルズ<「黒人の家畜化」を拒絶する父と子 ―― その復元の物語>

1 同胞たちとの距離を感じつつも、威厳ある振る舞いによって人種間の壁を崩す戦士 【本作は公民権運動を背景に描いているので、公民権運動の流れについては3で後述します】 “闇は、闇を追い払えない。 闇を払うのは光だけ” 冒頭から、「ストレンジフルーツ…

フォックスキャッチャー(‘14) ベネット・ミラー <「自己愛性パーソナリティ障害」 ―― その屈折的自我の心の闇の痛ましき風景>

1 「国を羽ばたかせたい」という尖り切った熱情の破滅的帰結点 「カポーティ」(2005年製作)で度肝を抜かれ、「マネーボール」(2011年製作)で感動させられ、そして、この「フォックスキャッチャー」(2011年製作)では、完璧すぎて絶句させ…

おみおくりの作法(’13) ウベルト・パゾリーニ  <「孤独死」のリアリズムの風潮を反転させ、「葬送儀礼」の本質を描き切った秀作>

1 「孤独死」した人の葬儀に誠心誠意を尽くす男の物語 道路を渡るとき、車が通らない状況下でも、青信号になって、左右を確認し、道路を渡る男がいる。 この極端に几帳面な性格を持つ男の名は、ジョン・メイ(以下、ジョン)。 様々な事情で「孤独死」した…

黒衣の刺客(‘15)  ホウ・シャオシェン <「今、ここから」、暗殺者の人生の時間が変換されていく>

1 政治に翻弄され続ける暗殺者の悲哀と新たな旅の物語 8世紀の中国は、第9代皇帝・玄宗(げんそう)の出現で絶頂期を迎えたと言われる唐王朝の時代だった。 しかし、多くの場合、絶頂期は衰退期の始まりになる。 辺境防衛の目的で設置された強大な軍事力…

私の、息子(‘13) カリン・ピーター・ネッツァー <〈状況〉を開き、その〈状況〉の中枢点に自己投入する「胎児」の「恐怖突入」の物語>

1 階級的特権が優位に、且つ効果的に機能し、温存されている社会の中枢で起こった交通事故 凄い映画を観た。 余計な描写を切り取ったラストシーンに震えが走った。 全てとは言わないが、説明セリフを捨てられるヨーロッパ映画の厳しさを観せられると、徹底…

初恋のきた道(‘99) チャン・イーモウ <「再構成的想起」による完全無欠な純愛映画>

1 村と町をつなぐありふれた山道で愛し合った父と母の物語 「父が突然、死んだ。私の故郷は三合屯(サンヘチュン)という小さな山村。父は村の小学校で、ずっと教師をしていた。私は一人っ子で、村でただ一人、大学に行った。残された母が、どうしているか…

心の風景・「『感情』が人間を支配する」

1 感情とは何か 私たちは普段、様々な感情経験をしているが、現代人にとって、感情は目的遂行の弊害となったり、事態を抑制できずに悪化させたりなど、どちらかと言えば、ネガティブなイメージを持たれやすい。 このことは、日常的に活用するインターネット…

自由が丘で(‘14)  ホン・サンス <そこだけは他者と共有できない「内なる時間」の絶対性>

1 「不在の女」と「常在の女」の間で浮遊する男の軽走感 「手紙を送ります。君に書いた手紙だからです。“親愛なるクォン。ソウル行きの機内にいる。すぐ会いに行くよ。機体が降下を始め、窓越しにはっきり地上が見える。空の光がとても美しい。たとえ会えな…

仮面ペルソナ(‘66)  イングマール・ベルイマン <映画作家の煩悶が集中的に外化し、模索する稀有なアーティストの映画論>

1 海辺の別荘を拠点にした女の真摯な「内的会話」の結晶点 「3カ月間、そのままで、あらゆる検査も受けた。精神的にも肉体的にも全く問題はなかった。ヒステリー発作でもない」 これは、舞台女優として地位を築いていたエリザベートが、突然、舞台の出演中…

第七の封印(‘56) イングマール・ベルイマン <虚無の地獄に喰い尽くされた者たちの、その終息点の風景の痛ましさ>

1 「ヨハネの黙示録」 ―― その冥闇の世界が開かれていく ベルイマン監督の映画は、いつ観ても素晴らしい。 経年劣化しないのだ。 常に、人間の普遍的テーマを問題意識のコアに据えて、それを的確に表現するアーティストとしての力量が、一頭地を抜いている…

利休にたずねよ(‘13) 田中光敏<「政治の世界の天下人」と「芸術世界の天下人」 ―― 加速的に累加された矛盾の最終炸裂点>

1 「ぬかづく茶人」に堕ちていく道を確信犯的に拒絶する男の物語 利休聚楽屋敷。 利休切腹の朝は嵐だった。 「茶人一人に、3000の兵を差し向けるとは・・・我が一生は一服の茶に己が全てを捧げ、ひたすら精進に励んできた。その果てが・・・天下を動かしてい…

コーヒーをめぐる冒険(‘12)  ヤン・オーレ・ゲルスター<依存的なモラトリアムが壊れ、魂の呻きを吐き出す「現在性」が動き出していく>

1 「周りが変に思えて、違和感があるんだ。だけど分ってきた。問題なのは他人じゃなくて、自分なんだと・・・」 「コーヒー、いれようか?」 「遅刻しそうなんだ」 「今夜の予定は?」 「今夜は無理だ」 「何で?」 「忙しいんだ」 「何があるの?」 恋人の質…

こわれゆく女(‘74) ジョン・カサヴェテス<「囚われ感」の強度が増すたびに、限りなく演技性を帯びていく女の二重拘束状況>

1 退行的に「白鳥の湖」を踊る女と、感情コントロールの限界の際(きわ)で妻を愛する男の物語 インディーズ・ムービーの一つの到達点を示す、殆ど満点の映画。 意思疎通が上手くいかない夫婦の思いが沁みるように伝わってきて、言葉を失うほど感動した。 …

ガタカ(‘97)  アンドリュー・ニコル<「不適正者・神の子」という人間 ―― その精神世界の目映い輝き>

1 弛(たゆ)まぬ努力なくして成就し得ない、苛酷な日々を繋ぐ若者の物語 「神が曲げたものを誰が直しえよう」(「伝道の書」) 「自然は人間の挑戦を望んでいる」(ウィラード・ゲイリン/米国の精神分析医) この冒頭のキャプションから開かれる映像は、…

ローマ環状線、めぐりゆく人生たち(‘13)  ジャンフランコ・ロージ <光と色彩のシャワーによる摩訶不思議な世界の昼夜の光景の変容>

1 固有の人生を人知れず繋ぐ人々の時間の断片を切り取る映像空間 「GRA環状高速道路はイタリアで最長を誇り、土星の輪のようにローマを取り囲んでいる」 冒頭のキャプションである。 サイレンを鳴らして走る救急車が患者を搬送するシーンから開かれるG…