2012-03-01から1ヶ月間の記事一覧

乱れる('64) 成瀬巳喜男   <繋げない稜線を捨て去って、振り切って、遂に拾えなかった女>

1 告白 「一周年記念 大特売!」と看板を下げたトラックが、マイクで記念セールのアナウンスする社員たちを乗せて、軽快な律動感を辺り一面に振り撒いて、町を走り抜けていく。 「全て半額のお値段!全店5割引という開店以来のサービスです!」 そこに流れ…

稲妻('53)  成瀬巳喜男  <離れて知る母の思い>

1 あまりに人間的で、嘘臭い装飾を、一切剥ぎ取ったそれぞれの生きざま ごくありふれた日常性を丹念に描く映像作家、成瀬巳喜男のその膨大な映像群の中で、私にとって最も愛着の深い作品は「稲妻」である。 「稲妻」は、私が「成瀬巳喜男」を「再発見」する…

歌行燈('43)  成瀬巳喜男   <木洩れ陽の中の表現宇宙>

1 プライドラインの確信的撃破 ―― その罪と罰 少し長いが、「虚栄の心理学」という拙稿から引用する。 「(虚栄心とは)自らの何かあるスキルの向上によって生まれた優越感情を、他者に壊されないギリギリのラインまで張り出していく感情であるとも言える。…

鶴八鶴次郎('38)  成瀬巳喜男   <「自己基準」に崩された愛、砕かれた芸道への夢>

1 覚悟を括った女の決定力 「ねえ、お豊ちゃん、あんた本当に帝劇に出るつもり?」 「ええ出ます。あたしはもう一度高座へ出て、昔の人気を取り戻してみたくなったの」 「それは願ったり叶ったりだけれど、ご主人が何て言うかな」 「大丈夫。許してくれるに…

ソーシャル・ネットワーク('10) デヴィッド・フィンチャー<「夢を具現する能力」にシフトした「夢を見る能力」が負う、「具現した夢を継続する能力」が内包する責任の重大さについての物語>

1 自らが拓いた前線で手に入れたものと、失ったものの価値の様態① 時代の風穴を穿(うが)つことに、全神経網を集中的、且つ、継続的にフル稼働させていく能力において抜きん出た若者が、自らが拓いた前線で手に入れたものと、失ったものの価値の様態を、観…

ヤコブへの手紙('09) クラウス・ハロ<「映画の嘘」の自在性の中で暴れ過ぎてしまった物語 ―― 感動譚の軟着点ありきという、ラストシークエンスに収斂される御都合主義の映像構成>

1 内面的に必要とする他者の存在を感受していない中年女と、内面的に必要とする他者の不在を認知せざるを得ない老牧師の物語 自己の人格的存在性を、内面的に必要とする他者の存在を感受していない継続的な心的現象の有りよう ―― 私は、この狭義な定義を「…

武蔵野古刹の春

石神井長命寺。 別名、「東の高野山」とも言う。 「当寺院は、慶長18年(1613年) に後北条氏の一族である増島重明(北条早雲のひ孫にあたる。のちに出家して慶算阿闍梨になる)によって弘法大師像を祀る庵を作ったのが始まりといわれている。その後寛…

浮雲('55)  成瀬巳喜男     <投げ入れる女、引き受けない男>

昭和21年初冬。 一人の女が仏印(仏領インドシナ=現在のベトナム)から単身引き揚げて来た。まもなく女は、代々木上原にある男の家を訪ねていく。 焼け跡の東京の風景は、この国の他の都市の多くがそうであったように、あまりに荒涼としていた。 そこだけ…

女の中にいる他人('66)  成瀬巳喜男    <告白という暴力の果て>

1 殺人事件 鎌倉で隣り合う家に住む二人の男、田代勲と杉本隆吉は赤坂で偶然出会った。 仕事の都合で東京に来た建築士の杉本は、東京に勤務する妻のさゆりを訪ねることにした。二人は行きつけのバーに寄って、酒を酌み交わすが、東京の雑誌社に勤める田代は…

めし('51) 成瀬巳喜男  <「覚悟の帰郷」という、相互の自我を相対化させた時間の決定力>

1 観念的に社会的自立を目指した女の、その心理の振幅の激しさ 「あなたは私が毎日、どういう思いで暮らしているか、お考えになった事あります?結婚って、こんなことなの?まるで女中のように、朝から晩までお洗濯とご飯ごしらえであくせくして。たまに外…

乱れ雲('67)   成瀬巳喜男 <禁断の愛の畔にて>

1 絶対拒絶と無限に続く債務感 一人の女が幸福の絶頂の中で、その持ち前の美貌に磨きをかけるような微笑の日々に包まれていた。 彼女の名は由美子。 新妻である由美子の夫は、通産省輸出促進課に勤務するエリート官僚。その出世も際立っていて、米国派遣の…

彼女が消えた浜辺('09) アスガー・ファルハディ <「イラン映画」という狭隘な枠組みを突き抜けて、「非日常」の突発的な〈状況〉を支配し切れない、人間の脆弱性に関わる普遍的な問題提示>

1 極めて普遍的な人間の問題のうちに収斂される映像 いずれの国も抱える国民国家の、歴史形成的な政治・文化風土の問題に関わる提示が、そこで特化されて提示された、極めて普遍的な人間の問題のうちに収斂される映像として、本作を把握すること ―― この基…

緑のある風景

あれは、いつ頃だっただろうか。 私がまだ、カメラより低山徘徊の方に関心が強かった頃のことだ。 県指定天然記念物の大銀杏と、110段の石段を有する、堂々とした山寺として名高い、何度目かの高山不動(飯能市真言宗智山派の寺院)へのハイキングをした…

陽春を歩く(その1)

「みどりの日」である。 私が神代植物公園に訪園した最後の日である。 ブルーに染め抜かれた空が眩いほどだった。 その日、私は生まれて初めて、最も美しい風景を見たという幻想に酔ったのは事実である。 元々、ワシントン市に寄贈したサクラの苗木の返礼と…

奥武蔵・秩父の四季(その3)

2000年4月16日、私が奥武蔵に行った最後の日である。 その日、私は半日中、武蔵横手(埼玉県日高市)の駅で降りて、気の向くまま集落内を散策した。 この時期、春の花が殆ど出揃っていて、できれば、私の好きなハナモモやミツバツツジの花の写真を撮…

四季の花々

私の大好きな奥武蔵の集落・低山徘徊の中で、最も頻繁に通ったエリアは高麗郷(埼玉県日高市)である。 池袋駅から西武秩父駅まで運航する、特急列車のレッドアローの開通(1969年の「ちちぶ」)によって、日高、高萩、こま川、こま武蔵台の各団地が完成…

四季を旅して

<「青春の一人旅」から、トレッキングの醍醐味への「旅」> 「ママ、私が書いた詩、覚えてる?“ある日、私は自分の骸骨と向かい合った。骸骨は終始黙ったまま、洞穴のような暗い眼の奥から、絶えず私に微笑みかけた。白い骨の関節が軋(きし)んで、私の手…

バビロンの陽光('10) モハメド・アルダラジー <「煩悶の人生の集約的な最終到達点」と、自立に関わる行程の萌芽を内包する初発点という、二つのイメージに結ばれた一つの旅の物語>

1 「煩悶の人生の集約的な最終到達点」と、自立に関わる行程の萌芽を内包する初発点という、二つのイメージに結ばれた一つの旅の物語 これは、身体化された記憶にどっぷりと張り付く、失った「過去」を追う老婆=祖母と、身体性の媒介のない、「過去」を追…

ハート・ロッカー('08)  キャスリン・ビグロー <「戦場のリアリズム」の映像的提示のみに収斂される物語への偏頗な拘泥>

1 「ヒューマンドラマ」としての不全性を削り取った「戦争映画」のリアルな様態 テロの脅威に怯えながらも、その「非日常」の日常下に日々の呼吸を繋ぎ、なお本来の秩序が保証されない混沌のバグダッドの町の一角。 そこに、男たちがいる。 米陸軍の爆発物…

羅生門('50)  黒澤 明 <杣売の愁嘆場とその乗り越え、或いは「弱さの中のエゴイズム」>

1 杣売の呟き 物語を追っていこう。 時は平安時代。場所は京の都の羅生門(注1)。 度々の戦乱で、その門の外観は大きく崩れている。その崩れかけた一角を狙い撃ちするかのように、弾丸の雨が激しく叩きつけていて、その門下には、二人の男が雨宿りをしてい…

七人の侍('54)  黒澤 明 <黒澤明の、黒澤明による、黒澤明のための映画>

「戦国時代― あいつぐ戦乱と、その戦乱が生み出した野武士の横行。ひづめの轟(とどろき)が、良民の恐怖の的だった。その頃・・・」 これが、映画「七人の侍」の冒頭の説明文である。 時は15世紀、室町時代の後半、所謂、戦国時代である。 この時代、この国…

天国と地獄('63) 黒澤 明 <三畳部屋での生活を反転させたとき>

1 緊張感溢れるサスペンスフルな描写の連射 「ナショナル・シューズ」という製靴メーカーの権藤専務は、息子を誘拐したという電話を受けた。ところが、誘拐犯人である電話の男が誘拐した少年は、権藤家の運転手の息子。開き直った誘拐犯人の要求は、運転手…

野良犬('49)  黒澤 明  <「前線の死闘」、そして「平和の旋律」へ>

1 凶悪事件の暗い予感 映像にいきなり映し出される飢えた野犬の尖った視線、獲物を一撃で噛み殺してしまうような牙。 そこに「野良犬」という大きな字幕が映し出されて、「その日は恐ろしく暑かった」という導入が、観る者をサスペンスフルな映像に誘(いざ…

(人生論的映画評論・続/街の灯('31)  チャールズ・チャップリン <「純愛譚」の終焉を告げてフェードアウトしていく、虚構の物語の残酷なる着地点>)より抜粋

1 一世一代の「純愛譚」に身を捧げる男の物語 金を蕩尽するだけの富豪と、盲目の花売り娘という定番的な対比にシンボライズされた資本主義への呪詛は、オープニングシーンで滑稽に描かれた「平和と繁栄」の記念の彫像の描写の挿入によって開かれるが、いつ…

名画短感⑧ 黄金狂時代('25)   チャールズ・チャップリン監督

「チャップリン映画」の中では、最も好きな作品。 金鉱を求めてアラスカの雪山で苦労する男たちの話に、滑稽なラブストーリーが絡んで、極めて完成度の高いチャップリン喜劇が誕生した。 嵐によって自分たちの小屋が断崖の縁まで飛ばされて、その小屋の中で…

武蔵野春爛漫(その1)

「神代植物園のハナモモ園」 私の最も好きなハナモモの樹木がピンクや赤、白の色をつけて咲き揃う4月中旬は、ソメイヨシノが散った後の眩いばかりの新緑を借景にして、私には、そこだけが目立って、陽春の季節を演出している主役のように見えるのである。 …

JSA('00) パク・チャヌク <澎湃する想念、或いは、「乾いた森のリアリズム」>

1 澎湃する想念 ―― 立ち上げられた反米のスーパーマン 「ヒットの理由は、タブーに対する挑戦だったからだと思います。北朝鮮の人々をどう考えるかについては、強要された思考方式と、植え付けられたイメージがあった。そこから抜け出して、彼らも私たちと…

風景への旅

「青梅市の市街地から北方には、霞丘陵自然公園がなだらかに広がり、周辺には史跡が多く点在し、なかでも塩船観音寺は1300余年の歴史を今に伝える古刹で、つつじ、あじさい、はぎ、秋桜など四季折々の花が咲く花の寺としても広く知られ、多くの観光客が…

風景への旅(武蔵野その1)

「越生梅林は、関東三大梅林に数えられ、約2ヘクタールの園内には、約600年前に植えられた古木を含め、白加賀、越生野梅、紅梅など約 1000本の梅の木が植えられています。毎年2月中旬から3月下旬まで梅まつりが行われ、 大勢の観梅客で賑わいます…

アラビアのロレンス・完全版('88)  デヴィッド・リーン <溢れる情感系のアナーキー性を物語る抑制機構の脆弱さ>

1 自分で運命を切り開く男の英雄伝説の第一歩 T.E.ロレンスの自伝(「知恵の七柱」)で書かれたロレンス像とどこまで重なり合っているか定かでないが、明らかにデイヴィッド・リーン監督は、本作の主人公を「英雄譚」として描き切っていない。 何より、…