2017-01-01から1年間の記事一覧

映画「花様年華」における究極ののエロティシズム

序 「21世紀の偉大な映画ベスト100」の慧眼なる評価 2016年8月に、英BBCが企画した、「21世紀の偉大な映画ベスト100」が発表された。 36の国と地域から177人の映画評論家がベスト10を提出。各1位に10点、2位に9点とポイントを…

極限状態に放り込まれた人間の復元困難な脆弱性

1 人間が人間であることの根源性が問われ、究極の試練に押し込まれていく 「大東亜戦争」という名で閣議決定された太平洋戦争は、人間が人間であることの根源性が問われる「内なる戦争」だった。 太平洋の島々に置き去りにされ、食糧の供給を断たれた下士官…

ストーキングは「心理的テロリズム」である

1 「被害者にも非がある」という偏見に満ちた決めつけ アメリカ・カリフォルニア州に、リチャード・ファーレーという男がいた。 システムや技術開発を行う最先端企業に入社し、7年目になる海軍出身のエリート社員だが、そこで知り合った女性に想いを寄せ、…

人類は滅亡するのか

1 「どうせ、人類が滅びるんだから」 ―― そう思えば、かえって気持ちが楽になる 「2012年人類滅亡説」が、真しやかに吹聴されていた。 「マヤ予言」のことである。 2012年12月21日から12月23日頃に、「人類が滅亡する」という予言だったが…

受難の文学としての「源氏物語」 ―― その解放の雄叫び

1 受難の文学としての「源氏物語」 ―― その解放の雄叫び 日本近代史の中で、「源氏物語」は受難の文学だった。 「庶民感覚から遊離した『有閑階級の文学』」という理由で、プロレタリア文学から批判の矛先を向けられ、「ごく普通の人生を生きる者としての人…

麻薬撲滅 ―― その壮絶な戦争の底なしの闇の深さ

1 勇敢であることは、殉職する覚悟を持つことである 「あの連中は自分で治療します。勝手にオーバーユーズ(過剰摂取)し、死んでくれます」 これは、映画「トラフィック」(スティーブン・ソダーバーグ監督)の中で、敵対組織のオブレゴンを潰すために組織…

苛酷な氷河時代を生き抜き、優れた洞窟壁画を残したクロマニヨン人の、その誇るべき強さと表現力

1 「人間らしさ」とは世界に上手く適応できること ―― クロマニヨン人の狡猾なまでの生き延び戦略 アフリカ大陸東部から死海に至るまで、南北に縦断するプレート境界となる 大地溝帯・グレート・リフト・バレーこそが「人類生誕の地」と呼ばれていた、揺るぎ…

インセスト ―― その底層に澱む自我の歪みの本質

現代社会において、「人類最後のタブー」と言われるインセスト・タブーについて言及したい。 2年以下の禁固刑と定められているドイツの「近親相姦罪」(近親婚を認知する動きあり)が有名だが、日本では、明治時代に消滅して以来、近親相姦を罰する法は存在…

人生は自助努力半分、あとは「運・不運」の問題である

1 「私たちは、神に頼らず、自力でここまで来た!助けは請わない。だから邪魔するな!」 ―― 物語の簡単な粗筋 大晦日の夜。 豪華客船が航海の途中、多くの客が乗り合わせていた渦中に巨大な津波が押し寄せ、豪華客船は一瞬にして転覆してしまう。 パニック…

何度でも「居場所」を替えて手に入れる「物語」への、小さくも捨てられない旅

1 過分な夢などなくても、充分生きていけるのだ かつて、私たちが村落共同体にその身を預けていた頃は、産まれたとき、既にもう、人生の先が見えていて、その一生のサイクルも見通せてしまったが、特に誰もそれに異議を唱える者はいなかった。 人は皆、それ…

ベトナム戦争とは何だったのか

1 「防衛性・攻撃的大義」と、「攻撃性(侵略性)・防衛的大義」 「防衛性・攻撃的大義」と、「攻撃性(侵略性)・防衛的大義」。 分りにくいが、私の造語である。 「大義」という概念を説明する際に、色々、利用可能であると考えているが、ここでは、ベト…

人は、なぜ怒るのか

1 オスたちの「怒り」を吸収するボノボのメスの結束力 ボノボという霊長類がいる。 感情移入能力が最も高いと看做(みな)されている大型類人猿である。 コンゴ民主共和国の保護区に2万頭が生息し、チンパンジーに一番近い類人猿(ヒト科チンパンジー属)…

人間は限りなく酷薄に、愚かになり得る

カンボジア発の「キリング・フィールド」(殺戮の野)は、現代史が生んだ最悪なる負の遺産の一つである。 それは僅か4、5年という短い時間の中で、あろうことか、自国民に対する大量殺戮の蛮行を、まさに自国の歴史にどす黒く刻んでしまったのである。 そし…

西瓜を盗んだだけで首を吊るされた黒人たちの闘いの歴史

「黒人は人間ではない」 ―― 南部白人の対黒人観のスタートライン ルイジアナ州ニューオリンズ。 映画「それでも夜は明ける」の主人公・ソロモンが騙されて売り飛ばされた、合衆国最大の奴隷市場(競売市場)、且つ、奴隷売却地である。 ここで、1840年時…

嫉妬感情の心理学

1 嫉妬感情とは何か 私たちは、自らが心積もりをし、期待していた利益を獲得できなければ、悔しい思いをする。 悔しい思いをしても、その思いを推進力にすれば、次の機会に挑戦できる可能性がある。 そのように解釈し、一過的に自己完結できる人は幸せであ…

ハンセン病差別の暗くて深い闇 ―― その風景の途方もない凄惨さ

1 日本のアウシュヴィッツ 「私は義憤を感じた。この恥ずべき病者を多くもっていることは文明国の恥である。さらにそれを街頭にさらして何の方法もとらないことは、何という情けないことであろう。 ― 即ちライは、最愛の家族に感染させてその生命をほろぼす…

軽視してはならない鬱病の破壊力

鬱病とは、一体、何だろうか。 改めて、それを考えてみる。 まず、発症率が3~5%と言われるほどに高い、鬱病のメカニズムが、未だ、現在の医学では充分に解明されていないという現実を理解する必要があるということ ―― 残念ながら、私たちは、この事実を…

「芸術世界の天下人」 ―― 利休の凄み

利休は私にとって、永遠にミステリアスな人物である。 利休の賜死事件の事実を記録する資料すら存在しないからである。 だから、この魅力ある男の死について多くの仮説が生まれ、それが文学の格好の題材にもなってきた。 そんな文学の中で、映画「利休にたず…

環境が遺伝子を動かす

全ての生物は約60兆の細胞から構成されている。 0.01mm程度の大きさを持つ細胞の中に細胞核があり、その細胞核の中に生物を形成し、生きていくための染色体がある。 23組46本で、2本で1組となっている染色体(そのうちの1組、2本の染色体が…

性犯罪は「魂の殺人」である

1 「人間の尊厳」の被弾の問題こそ、性犯罪被害者が負う終わりの見えにくい精神的外傷である 性犯罪は「魂の殺人」である。 私は、この言葉を何度でも断言する。 「レイプ」を許しがたい「犯罪」として認知し、それを我が国の国民の共通言語にしない限り、…

自尊感情の心理学

1 意識する自己はすべて「客体としての自己」である 私たちは、日常生活で出会う様々な対象・出来事を評価している。 評価の対象には、当然のように、私たち自身も射程に入っている。 自己に対する評価 ―― そこに、私たちの自尊感情が生まれる。 社会心理学…

「失敗のリピーター」を止められない日本軍の度し難き生態

1 「戦争というのは勝ち目があるからやる、ないから止めるというものではない」 よく言われるように 、日本軍の失敗の原因を追究する歴史研究の中で、真っ先に挙げられるのは、1939年(昭和14年)5月から9月にかけて出来したノモンハン事件(モンゴ…

キャロル(’15) トッド・ヘインズ <「家族主義の時代」の「差別前線」の包囲網を突き抜け、抑圧からの女性の解放を描いた傑作>

1 抑圧の縛りを穿ち、新しい人生に踏み込んでいく二人の女の葛藤と再構築の物語 消費文明が一つのピークを迎えて、健全な「家族主義」を謳歌する「フィフティーズ」(50年代)の時代の渦中にあって、二人は運命的な出会いをする。 キャロルとテレーズであ…

「ナチズム」という妖怪の風景の悍ましさ ―― 或いは、「思考停止」というラベリングの浮薄さ

1 「アーリア人の勝利か、しからずんば、その絶滅とユダヤ人の勝利か」 1919年、フランスのベルサイユ宮殿で調印された、第一次大戦の講和条約によって、ドイツは領土の割譲と多額の賠償金の支払いを義務付けられて、その不満からナチスの台頭を招来し…

あん(’15) 河瀬直美<抑制力を欠き、「全身自然派系」にシフトしていく物語が失ったもの>

1 子を産めなかった女と、母を喪った男との「疑似母子」の物語 前半は、文句なく素晴らしい。 自分の顔を傍に近づけながら、小豆(あずき)と対話する76歳の徳江。 手の甲に皮膚疾患(結節)の目立つ徳江の穏やかな表情が、50年間、「あん」作りに魂を…

さざなみ(’15) アンドリュー・ヘイ <「親愛・共存・共有・援助・依存」という、相互作用による関係密度の深さと修復力が、衝撃波を突き抜けていく>

1 「45年間」という時間の重みが無化されていく恐怖に捕捉された妻の、色褪せた心理的風景 「僕のカチャだ。絶対に君に話したよ。彼女は、50年以上、冷凍庫にいたのと同じだ。やっと見つかった」 英国の郊外に暮らす、結婚45周年の記念パーティーを直…

サウルの息子(’15) ネメシュ・ラースロー <「今」・「ここ」で起きている歴史の現場に立ち会わされてしまう映画の怖さ>

1 「恐怖と欠乏からの自由」を手に入れられない男の「防衛適応戦略」 被写界深度を極端に浅くし、背景をアウトフォーカスにした物語がフォローするのは、他の囚人と引き離され、数カ月間、働かされた後、殺される運命を負った、「ゾンダーコマンド」と呼ば…

この国で、「野球」とは何だったのか ―― 「体育会系」から「知的体育会系」への風景の遷移

1 「体育会系」という行動体系の本質 場所は、甲子園室内練習場。 そこで実施された、「新人合同自主トレ」の中での笑えないエピソード。 2017年1月14日のこと。 未だ、プロの合同自主トレに慣れていない3人の新人に、檄を飛ばした男がいた。 男の…

ディーパンの闘い(’15) ジャック・オーディアール <一筋縄でいかない世界の現実を凝縮し、リアルを仮構した映画の完璧な「描写のリアリズム」>

1 アナーキーな 「戦争」に巻き込まれた、「疑似家族」の憂愁の時間の果てに 内戦下のスリランカで決定的に敗北した、反政府運動を展開する「タミル・イーラム解放の虎」(以下、LTTE。詳細は3で後述する)の戦士・ディーパンが、難民キャンプで、26…

「覚悟」の心理学

1 決定的状況の中で孤立した男の覚悟が揺れ動き、白昼の戦場に自己投企する 男はプライドを守りたいだけだった。 「敵に後ろを見せたくない」 愛するエイミーに、男はそう言い切った。 男の名はケイン。 結婚式を執り行ったばかりで、自分の後任となる保安…