#映画レビュー

こわれゆく女(‘74) ジョン・カサヴェテス<「囚われ感」の強度が増すたびに、限りなく演技性を帯びていく女の二重拘束状況>

1 退行的に「白鳥の湖」を踊る女と、感情コントロールの限界の際(きわ)で妻を愛する男の物語 インディーズ・ムービーの一つの到達点を示す、殆ど満点の映画。 意思疎通が上手くいかない夫婦の思いが沁みるように伝わってきて、言葉を失うほど感動した。 …

ガタカ(‘97)  アンドリュー・ニコル<「不適正者・神の子」という人間 ―― その精神世界の目映い輝き>

1 弛(たゆ)まぬ努力なくして成就し得ない、苛酷な日々を繋ぐ若者の物語 「神が曲げたものを誰が直しえよう」(「伝道の書」) 「自然は人間の挑戦を望んでいる」(ウィラード・ゲイリン/米国の精神分析医) この冒頭のキャプションから開かれる映像は、…

ローマ環状線、めぐりゆく人生たち(‘13)  ジャンフランコ・ロージ <光と色彩のシャワーによる摩訶不思議な世界の昼夜の光景の変容>

1 固有の人生を人知れず繋ぐ人々の時間の断片を切り取る映像空間 「GRA環状高速道路はイタリアで最長を誇り、土星の輪のようにローマを取り囲んでいる」 冒頭のキャプションである。 サイレンを鳴らして走る救急車が患者を搬送するシーンから開かれるG…

狩人の夜(‘55)   チャールズ・ロートン <サイコパスと「性嫌悪障害」を人格の芯と化す男の「妖怪性」>

1 「香水の匂い。ひらひらしたレース。巻き毛」を憎む神の名の下で 「偽預言者に気をつけよ。羊の衣を着て近づくが、内側はオオカミである。その果実で彼らを見分けよ。良い木に悪い実はならず、悪い木に良い実はならない。実によって、彼らを見分けるのだ…

遠い空の向こうに(‘99)  ジョー・ジョンストン  <「夢を具現する能力」に昇華させた「夢を見る能力」の凄み>

1 「炭鉱は僕の人生じゃない。僕は宇宙へ飛びたい」 素直に感動できる。 物語の主人公が、自分の遠大な夢を具現するには、本人の人一倍の努力だけでなく、それを共有する仲間との友情、周囲の理解ある大人の存在が如何に重要であるかということを、あざとさ…

マレーナ(‘00)  ジュゼッペ・トルナトーレ <戦略的映像の理念系映画の鮮やかな着地点>

1 「心に残るのは、あの少年の日に愛した女(ひと)だけ。マレーナ・・・」 「ファシスト党のムッソリーニ首相の演説があるから、カステルクルトの町民はラジオ放送を聞け!」 軍の宣伝カーから開かれる物語は、少年時代を回想する主人公・レナートのナレーシ…

声をかくす人(‘11)   ロバート・レッドフォード <「国の混乱を防ぐために真実を捨てることができる者」と、「人間の尊厳を守るために真実を捨てることができない者」との闘いの物語>

1 「戦時に法は沈黙する」―― その政治力学と闘う弁護士の絶望的な風景 ロバート・レッドフォード監督の真骨頂とも言える傑作。 「普通の人々」(1980年製作)、「クイズ・ショウ」(1994年製作)と並んで、私の最も好きな映画である。 いつものよう…

バンクーバーの朝日(‘14)  石井裕也 <世代の意識のギャップを昇華させる「朝日軍」の若者たち ―― その結合エネルギーの結晶点>

1 「ひょっとして、俺たちさ。何か凄いことやってんじゃねぇか」 心の芯にまで染み込んでくるような秀作である。 石井裕也監督は、今、何を作っても水準を超えるクオリティが高い映像を構築するのではないか。 ここでも、妻夫木聡は素晴らしかった。 テーマ…

ラリーフリント(’96)  ミロス・フォアマン <「宗教国家」アメリカの中枢に風穴を開けた男の物語>

1 「俺は、何か意味あることで覚えられたいんだ」 1952年のケンタッキー州。 アルコール依存症の父親を持つために、ポテトを原料にする密造酒を売り歩くことで、自分たちの力で生計を立てようとする年端もいかない兄弟がいた。 「まじめに稼ぎたいだけ…

悪童日記(’13) ヤーノシュ・サース <外部環境の暴力的な圧力を突破する兄弟の自立化の物語>

1 身体と精神を鍛え、残酷さに馴れる訓練を繋ぐ兄弟の苛酷な情況性 「今は戦争中。1944年8月14日。あの夜、こっそり聞いていた。お父さんは言う。“双子は目立つ。二人を引き離そう” お母さんは泣く。僕らは泣かない。僕らは絶対に離れない。お互いが…

エレニの帰郷(’08) テオ・アンゲロプロス <「時の埃」を浄化する「翼」の不透明感を突き抜けて>

1 「何も終わってない。終わるものはない。帰るのだ」 身震いした。 心の奥深くまで染み込んでくる映像の途轍もない強度は、独立峰の如く屹立する映画作家の独壇場の世界だった。 私にとってアンゲロプロス監督は、ダルデンヌ兄弟と共に、これだけの映像を…

父の秘密(‘12)  ミシェル・フランコ <頓挫されたグリーフワーク ――  その破壊的暴力の風景の痛ましさ>

1 飽和点に達したディストレス状態が、一回的な復讐的エネルギーに変換された男の痛切な収束点 「左右のベンダーにファンカバー、ラジエーター、ヘッドライト、ボンネット、フロントガラス、フロントバンパー、グリル。シャシーと緩衝器を修理して、ウォー…

少女は自転車にのって(‘12) ハイファ・アル=マンスール <「通過儀礼」を突破するテーマを引き受け、闘い切った少女の颯爽感>

1 「自転車を買います」と言い切った少女の、何ものにも妥協しない強(したた)かさ いつものように、コーランを暗唱することに不熱心なばかりに教師に叱られ、一人だけ屋外に出されても、一向に気にする様子を見せない少女。 少女の名はワジダ。 サウジア…

柘榴坂の仇討(‘14) 若松節朗 <<人生に決着を付けに行った「全身武士」の男に広がる、反転的風景の鮮やかさ>

1 主君への絶対忠義を果たし得ていない男に被さる苛酷な負荷 明治5年、秋。 悪夢で目が覚めた男は、13年前(安政7年)の婚礼のことを想起する。 彦根から嫁いで来た妻・セツと結ばれた日のことである。 「末永く世話になる。よろしく頼むぞ」 美貌のセ…

光にふれる(‘14) チャン・ロンジー <視覚障害者の青春の断片を切り取った一級の名画>

1 「僕は自分で試してみたいんだ。何でも人に頼らないで、自分の力を確かめたいと思う」 身震いするほど感動した台湾映画。 障害者を出汁に使う狡猾な作品と切れ、構成に全く破綻がないヒューマンドラマの傑作。 視覚障害者のピアニストの主人公を本人が演…

紙の月(‘14) 吉田大八 <甘美なる「ギブ・アンド・ギブ」のトラップに嵌った女の焼失点>

1 貢ぐ女と享受する若者 言葉を失うほど感動した。 邦画界に、これだけの映像を構築する映画作家がいることを誇らしく思う。 思い切り主観的に書けば、私の大好きな「パーマネント野ばら」(2010年製作)、「桐島、部活やめるってよ」(2012年製作…

百円の恋(‘14)  武正晴 <ノーサイドに収斂される「戦う女」の疾走感>

1 追われるように、「32歳の自立」を立ち上げた女の心許なさ 30歳過ぎても働かず、弁当屋の実家に引きこもり、締まりがない日常性を延長させている斎藤一子(いちこ/以下、一子)が、そのニート然とした生活を途絶するに至ったのは、子連れ出戻りの実…

鴛鴦歌合戦(‘39) マキノ正博 <オペレッタ時代劇のえも言われぬ「突き抜けた可笑しさ」>

1 「浮かれ鴛鴦。おしゃれ鴛鴦。皆でやんやと踊ろうよ♪」 私のように、この映画の面白さを受け入れられる者には、殆ど病み付きになるコメディ。 とんでもなく可笑しく、生半可ではない笑いの連射は、邦画史上に名を残す紛れもない傑作として、今後も観られ…

ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅(‘13) アレクサンダー・ペイン <「誇り」の奪回を懸けた老人の人生最高の旅の物語>

1 「俺は国に仕えたし、税金も払ってる。したいことをする権利がある」 ロッキー山脈北部に属し、「輝く山脈の地」と異名を取る、アメリカ合衆国の北西部にあるモンタナ州。 州面積の過半が大草原・プレーリーであり、小麦・トウモロコシ・綿花を中心にする…

真珠の耳飾りの少女(‘03)   ピーター・ウェーバー  <心理的・身体的接触の快楽を観念の世界に昇華し切った名画の風景>

1 「フェルメール・ブルー」の鮮烈な青の世界を全身の感性で理解する少女 「お前を働きに出すなんて・・・食べ物に気を付けてね。雇い主はカトリックよ。祈りの言葉が聞こえても、耳を塞いで」 職人の父が事故で失明したことで、貧しい家族の家計を支えるため…

蜩ノ記(‘13) 小泉堯史 <「武士道」を貫徹し、「利他行動」の稜線を広げていった男の自己完結点>

1 一日の終わりを哀しむかのような蜩の鳴声に寄せ、一日一日を賢明に生きる男 不満の多かった「雨あがる」(1999年製作)と切れ、全く破綻のないこの映画は、取って付けたような描写も違和感もなく、私の中枢に自然に這い入ってきて、極めて美しく特化…

眺めのいい部屋(‘86)  ジェームズ・アイヴォリー  <「予定調和」のラインで成就した階級を越える愛>

1 ミドル・クラスの令嬢とワーキング・クラスの異端児の出会い フィレンツェの街の中心を流れるアルノ川。 そのアルノ川に架かるヴェッキオ橋は、フィレンツェ最古の橋として、フィレンツェの代表的な観光スポットになっている。 20世紀初頭のこと。 英国…

転々(‘07)  三木聡 <「不在」の父親と「非在」の息子が仮構した「疑似父子」の物語>

1 「寄り道」のエピソードの中で心理的近接が深まっていくヒューマンコメディの情感濃度 「大学8年の秋、俺は3色の歯磨きを買えば、この最悪の状況から逃れられるような気がしていた」 法学部に所属する大学8年生の、竹村文哉(以下、文哉=ふみや)のこ…

鉄くず拾いの物語(‘13)  ダニス・タノヴィッチ  <「忘れられた被害者」に対する「全称の誤用」のトラップの危うさ>

1 貧しい国の家族が負った状況を突破する男の物語 ボスニア=ヘルツェゴヴィナの冬。 雪の積もる中、一人の男が細い木を伐採し、多くの薪を作っている。 更に、レフケという名の弟と共にハンマーを振り上げ、廃車を解体し、それを鉄くず状の小さな物質に加…

薄氷の殺人(‘14) ディアオ・イーナン <「負け組」の男と女の、その究極の生き様を描き切った傑作>

1 「ただ、やることを探しているだけ。でなきゃ、完全な負け犬だ」 検閲とのせめぎ合いの中で、基幹メッセージを巧みに隠し込み、商業映画としての成功を収めた映像は、見事なまでのラストシーンの提示のうちに、極めて作家性の高い結晶点に収斂されていく…

蝉しぐれ(‘05) 黒土三男 <「古き良き日本」の純愛譚の眩さ>

1 ひしと伝わってくる繊細な人間の感情を描く描写の繋がり 「古き良き日本」の純愛譚を貫く者の眩さ。 この時代に、このような人物もいて、そうでない人物もいた。 この映画は、前者を特化して描いた作品である。 そこに、私は特段の違和感を覚えない。 ベ…

蠢動 -しゅんどう-(‘13) 三上康雄 <「人間道」によって削がれる「武士道」の脆弱さ ―― 本格派時代劇の醍醐味>

1 絶望的な叫びに変換され、理不尽な世界に堕ちていった男の無念さ 享保(きょうほう)20年。 山陰・因幡藩(モデルは鳥取藩)でのこと。 「三年前の飢饉から、ようやく立ち直った矢先に、御公儀の無理難題。更に此度(このたび)のことを・・・頭の痛いこと…

バートン・フィンク(‘91) コーエン兄弟 <煩悶する映画作家 ―― 妄想的に仮構した世界の達成的焼失点>

1 「底なしの沼に飛び込み、自分の魂の奥から、何かをさらい出す。魂を探る旅は苦痛を伴う旅だ」 コーエン兄弟の個性的な作品群の中から最高傑作を選ぶとするなら、私は躊躇なく、この「バートンフィンク」という稀有な逸品を選ぶだろう。 繰り返し観ても、…

フルートベール駅で(‘13)  ライアン・クーグラー  <「犯罪の臭気」を漂動させている「少なくない黒人」への「権力的構え」の暴走>

1 「ムショは、もういやだ。あの服役で懲りた」 とかく暴走しやすい主題を、一人の黒人の生活風景のうちにシンプルに特化した構成力によって均衡を保持した、インディーズムービーの傑作。 ―― 以下、梗概。 フルートベール駅。 2009年元旦に、その事件…

罪の手ざわり(‘13) ジャ・ジャンクー <「ルールなき激しい生存競争」―― 「人治国家」という構造化された「負のシステム」>

鮮烈な冒頭シーン。 トマトを運ぶ大型トラックが横転し、路傍に大量のトマトが散乱している。 事故を目撃したのか、オートバイに跨(またが)る一人の男が、その無残な現場を眺めている。 恐らく、警察に連絡し、その到着を待っているのだろう。 その幹線道…