2011-02-01から1ヶ月間の記事一覧

ドイツ零年('48)  ロベルト・ロッセリーニ <リアリズムとの均衡への熱意の不足 ―― 「葛藤」描写の欠損の瑕疵>

「明日、父が退院します。でも、食べさせる物がありません。父のために何をしたらいいでしょうか」 かつて「ナチズム」を教え込まれた元教師に、本作の主人公であるエドムント少年が相談したときの反応は冷淡なものだった。 「何もできんさ。健康な者さえ楽…

イヴォンヌの香り('94) パトリス・ルコント <〈生〉と〈性〉が放つ芳香に張り付く固有のエロティシズムの自己完結感>

名画と呼ぶには相当の躊躇(ためら)いがあるが、説明しない映像のイマジネーションのみで勝負した、如何にもパトリス・ルコントらしい印象深い映画を要約して見る。 ―― 女の全身から放射されるフェロモンに誘(いざな)われて、男たちが群がって来た。 群が…

理由なき反抗('55)  ニコラス・レイ <「父に迫る息子、頭を抱える父」から「縋りつく息子、受容する父」への変容>

1 「古き良き時代」の映画の範疇を逸脱しない健全さ 誰が観ても分りやすいシリアスな映画が、量産された時代があった。 主題も、それに対する答えも同時に表現される「映像」に馴染んだ時代があったのだ。 「フィフティーズ」(「古き良きアメリカ」の原点…

浮草('59) 小津安二郎 <もう一つの小津映画のジャンダルム>

「小津ルール」と呼ばれている、小津映画の様々な映像技法がある。 最も有名なのは、ローアングル(低い位置からの仰角)の撮影技法。 その狙いは、淡々とした日常性を繋ぐ日本的家族風景を描く作品が多い作り手が、題材とするホームドラマに安定感を保証す…

終電車('80) フランソワ・トリュフォー <トリュフォーの、トリュフォーによる、ドヌーヴのための映画>

この映画のエッセンスは、ラストシーンの劇中劇に集約されるだろう。 以下、その際の男と女の会話を再現してみる。 「あなたを忘れたかったの。あなたの自尊心が私を遠ざけたの」 「あなたは新しい嘘を考えて、ここに来る」 「嘘?何のため?あの人は死んだ…

チェイサー('08) ナ・ホンジン  <チェイサーと化した民間人を、凶暴な攻撃者に変容させしめる警察機構の脆弱さ>

本作の凄いところは、一貫して、犯人のヨンミンの犯罪動機に触れるに足るような、身分・地位・学歴などの履歴や政治社会的背景に、犯罪のルーツを安直に還元させないところにある。 いつの時代でも、どのような凄惨な社会でも、ある一定の確率で、このような…

めし('51) 成瀬巳喜男 <「覚悟の帰郷」という、相互の自我を相対化させた時間の重要性>

「あなたは私が毎日、どういう思いで暮らしているか、お考えになった事あります?結婚って、こんなことなの?まるで女中のように、朝から晩までお洗濯とご飯ごしらえであくせくして。たまに外へ出て帰れば、嫌なことばかり」 倦怠期にある夫婦生活の変わらぬ…

長い散歩('06)  奥田瑛二 <「愛と情緒」の「表現的直接主義」の爛れ方>

「毒だらけの今の世の中、毒に満ちた映画を作っても仕方がない。毒を浄化する作品を作りたかった。観た後で結果的に癒されるが、ただ癒されるのではない。もう1歩前に進むための宿題を与えるような映画にできたと思う」(「JANJAN 奥田瑛二さん帰国会見 2…

恋人たちの食卓('94)  アン・リー <現代家族の流れ方に溶融する自己完結的な映像>

人間は自分の中にあって、自分が認知する性格傾向とほぼ同質のものを相手の中に確認するとき、その性格傾向が「肯定的自己像」に近いほど、相手に対する親和動機が高くなるだろう。 人間の性格傾向は、多くの場合、「自己像」のうちに固められているので容易…

レオン 完全版('94)  リュック・ベッソン <「静」によって支配される「動」が炸裂するとき>

ニューヨークのリトル・イタリーに住む、ウオッチキャップ(米国海軍の水兵が防寒用に被ったニット製の帽子)を冠る、一人のイタリア人。 ファーストシーンでの、殺しの描写の緊迫感の導入は見事。 これで、観る者を一気に映像に惹き付ける。 父の眼を盗んで…

博士の異常な愛情('63) スタンリー・キューブリック<「風刺」、或いは、「薄気味悪さ」や「恐怖」という、ブラックコメディの均衡性>

何とも緩やかななメロディに乗って、空中給油シーンから開かれた長閑(のどか)な映像は、一転してハードな場面にシフトする。 米国の戦略空軍基地司令官であるリッパー将軍が、突然発狂し、あろうことか、ソ連への水爆攻撃を命令するのだ。 「R作戦」であ…

シリアの花嫁('04)  エラン・リクリス <「境界突破」の果敢な「進軍」 ―― 「少しの希望」を象徴するもの>

「イスラエル占領下のゴラン高原。若き娘モナがシリア側へ嫁いでゆく一日の物語。一度境界を越えてしまうと、もう二度と愛する家族のもとへは帰れない。それでも、女たちは未来を信じ、決意と希望を胸に生きてゆく」(『シリアの花嫁』公式サイト) これが、…

父の祈りを('94) ジム・シェリダン <塀の中での「父と子の葛藤と和解」、そして「再生」の物語>

原作にはない、父と子が獄中で同室になるという創作を仮構したことでも分るように、本作の作り手は明らかに、この映画の主題を「父と子の葛藤と和解」、そして冤罪でありながらも、看守に対しても律儀に対応する、その一貫して変らぬ父の誠実な生き方と、そ…

夫婦善哉('55)  豊田四郎 <虚栄と切れた男、それを拾って繋ごうとする女>

大坂船場の化粧問屋、維康(これやす)商店。 その息子の柳吉は、とんでもない道楽息子。東京の得意先で集金した金を懐に入れて、売れっ子芸者の蝶子と駆け落ちしてしまったのだ。その事実を知った柳吉の父は、中風で病の床に臥していたその体を起して、番頭…

太陽の少年('94)   チアン・ウェン <鮮度の高いシャープな筆致で特化して切り取った、「甘美なる青春の、あの夏の日々」>

物語は、成人したシャオチュンのモノローグで開かれる。 「北京の変貌は目まぐるしい。あれから20年。近代的な街に変身した。今の北京に昔の面影は見られない。私の思い出も、かき消されてしまった。私の思い出も、夢か真実かはっきりしない。私の物語は、…

ギルバート・グレイプ('93)  ラッセ・ハルストレム <「埋葬」と「再生」、或いは、紛う方ない「若き父性」の立ち上げ>

1 移動への憧憬と定着への縛り 「エンドーラ。僕らの住む町だ。冴えない町なんだ。いつも同じ表情で何も起こらない。僕の働く食料品店。今や、国道沿いのスーパーに客を取られてしまった。これが我が家。パパが建て、今は僕が修理を受け持つ。弟の寿命を1…

海を飛ぶ夢('04) アレハンドロ・アメナーバル  <「生と死への旅」という欺瞞性>

ラモン・サンペドロ。 これが映像の主人公であり、同時にスペインに実在した人物の名である。 彼は20代半ばに、自宅近くの岩場から引き潮の海に飛び込み、浅瀬の海底に強打し、脊髄損傷による四肢麻痺患者となった。この絶対的自由を奪われた生活が30年…

ミラーを拭く男('03)  梶田征則  <カーブミラーの光沢が放ったもの>

1 ミラーを拭く男 宮城県の、とある町の県道。 そこに一人の男が仰向けになって倒れている。意識を失っている状態である。傍には脚立が一つ転倒していて、ガードレールには男のものらしいサイクリング車が横付けになっていた。道路には、これも男のものらし…

父、帰る('03) アンドレイ・スビャギンツェフ  <母性から解き放たれて>

1 最も屈辱的な一日が閉じていって ―― 7日間で語られる映画の、その印象深いストーリーラインを追っていこう。 【日曜日】 5人の少年がいる。 眼の前には、広大な海と思しき水辺が広がっている。飛び込み台には、4人の少年が水着姿で下を見ている。既に…

スウィート ヒアアフター('97)   アトム・エゴヤン <コミュニティの治癒力によるグリーフワークの遂行>

これは、長い時間を要すれば、コミュニティが内側に持つ固有の治癒力によって、「対象喪失」という「不幸」に対するグリーフワーク(悲哀を癒す仕事)が遂行されていくかも知れないにも関わらず、その類の「不幸」と無縁に、「他人の不幸」を金銭に換算する…

秀子の車掌さん('41) 成瀬巳喜男 <ラストのスパイスが痛い、長閑なる「プロレタリア・ムービー」>

背景は、昭和十六年頃の甲州。 そこに、一台の乗り合いバスが走っている。ドライバーの園田は車掌のおこまと視線を合わせた後、バスの客席を振り返った。誰も乗っていないのである。 「ねえ、この調子じゃ、今月はまた月給が危ないわね」とおこま。 「うーん…

ジョニーは戦場へ行った('71) ドルトン・トランボ  <絶対孤独の闇に呑まれて>

序 私の魂のバイブルに近い何か 人間だけが想像力を持つ。 それが人間を他の動物と分ける。想像力の起点としての肥大化された脳は、人間に固有な財産である。合理的に思考し、目的的に行動し、広く外部環境に適応する総合的能力としての「知能」(アメリカの…

スラムドッグ$ミリオネア('08)  ダニー・ボイル <「長い旅の後の希望」、或いは、「夢と決意を捨てないスラムドッグの、〈状況突破〉の純愛譚」>

ムンバイの人口の過半が居住していると言われる、「スラム」という「生存のリアリズム」と、そこからの 〈状況突破〉の極点にある「クイズ$ミリオネア」という、「夢幻のロマンチシズム」の世界の対比によって、人間社会で分娩される極端な要素を包括してし…

グエムル - 漢江の怪物('06) ポン・ジュノ <アンチの精神の激しい鼓動が生み出したもの>

2000年2月9日。 駐韓米軍第8部隊・ヨンサン基地内霊安室。 アメリカの一人の老科学者が、韓国の若い科学者に「ホルムアルデヒド(注5)の瓶に汚れが付いているので、一滴残らず捨ててカラにしたまえ」と命じた。規則違反を理由に躊躇(ためら)う部下…

狼たちの午後('75) シドニー・ルメット <大いなる破綻と救済の向こうに>

1972年8月22日。その日、ニューヨークは35度を越えるような猛暑だった。場所はブルックリン、チェース・マンハッタン銀行支店に、3人の男たちが乗り込んだ。時刻は2時57分。閉店間際の銀行には、客は疎(まば)らにしかいなかった。最初に入った…

無防備都市('45)  ロベルト・ロッセリーニ <「時代限定の映画」の賞味期限が切れたとき>

1 「3つの死の悲劇」を囲繞する者たちのリアリズムの欠損感 「『無防備都市』と『戦火のかなた』、そしてそれより小さな規模で『ドイツ零年』がおさめたつかのまの成功は、誤解の上に成り立っていた。人びとはネオリアリズモについてさかんに語り、わたし…

偽れる盛装('51) 吉村公三郎 <浮薄な感傷を突き抜けた、「世界を分ける踏切」の構図という主題提起力>

1 「男に踏まれても、それを跳ね返す女の強さ」を身体表現する、京マチ子の圧倒的存在感 邦画界の狭隘な縛りを抜けて、作家的主体性を貫徹するために松竹を退社した新藤兼人が、吉村公三郎らと作った「近代映画協会」の第一回作品である本作は、男の欲望の…

不良少女モニカ('53) イングマール・ベルイマン <自我の未成熟な女の変わらなさを描き切った圧倒的な凄味>

1 「青春の海」の求心力 ―― プロットライン① 陶磁器配達の仕事に追われる一人の若者がいる。 彼の名は、ハリー。 彼は奔放な我がまま娘と出会うことで、その生活に変化を来たしていく。 彼女の名は、モニカ。このとき、17歳だった。 純粋な青年、ハリーと…

マイ・レフトフット('89) ジム・シェリダン <直球勝負の自己投入をする男 ―― 自死への際どい「前線」での「勝負」の中で>

「生まれながらの重度の脳性小児麻痺により、左足が少し動かせるだけで、後は植物人間同様の生活を余儀なくされている不遇の主人公が、その絶え間ざる努力の末、やがて言語能力を取り戻し、わずかに動く左足を使い絵を描けるようになるまで成長していく姿を…

エレファント・マン('80) デビット・リンチ  <特定的に選択された、「無垢なる障害者」>

時は19世紀末。場所は、英国ロンドンの見世物小屋。 そこに、「エレファント・マン」と呼ばれる容貌怪異な人間がいた。警察の取締りで見世物小屋の小屋主が、厳重な注意を受けている現場に、そこを訪ねたトリーブスは立ち合った。彼はロンドン病院の外科医…