2011-02-01から1ヶ月間の記事一覧
「明日、父が退院します。でも、食べさせる物がありません。父のために何をしたらいいでしょうか」 かつて「ナチズム」を教え込まれた元教師に、本作の主人公であるエドムント少年が相談したときの反応は冷淡なものだった。 「何もできんさ。健康な者さえ楽…
名画と呼ぶには相当の躊躇(ためら)いがあるが、説明しない映像のイマジネーションのみで勝負した、如何にもパトリス・ルコントらしい印象深い映画を要約して見る。 ―― 女の全身から放射されるフェロモンに誘(いざな)われて、男たちが群がって来た。 群が…
1 「古き良き時代」の映画の範疇を逸脱しない健全さ 誰が観ても分りやすいシリアスな映画が、量産された時代があった。 主題も、それに対する答えも同時に表現される「映像」に馴染んだ時代があったのだ。 「フィフティーズ」(「古き良きアメリカ」の原点…
「小津ルール」と呼ばれている、小津映画の様々な映像技法がある。 最も有名なのは、ローアングル(低い位置からの仰角)の撮影技法。 その狙いは、淡々とした日常性を繋ぐ日本的家族風景を描く作品が多い作り手が、題材とするホームドラマに安定感を保証す…
この映画のエッセンスは、ラストシーンの劇中劇に集約されるだろう。 以下、その際の男と女の会話を再現してみる。 「あなたを忘れたかったの。あなたの自尊心が私を遠ざけたの」 「あなたは新しい嘘を考えて、ここに来る」 「嘘?何のため?あの人は死んだ…
本作の凄いところは、一貫して、犯人のヨンミンの犯罪動機に触れるに足るような、身分・地位・学歴などの履歴や政治社会的背景に、犯罪のルーツを安直に還元させないところにある。 いつの時代でも、どのような凄惨な社会でも、ある一定の確率で、このような…
「あなたは私が毎日、どういう思いで暮らしているか、お考えになった事あります?結婚って、こんなことなの?まるで女中のように、朝から晩までお洗濯とご飯ごしらえであくせくして。たまに外へ出て帰れば、嫌なことばかり」 倦怠期にある夫婦生活の変わらぬ…
「毒だらけの今の世の中、毒に満ちた映画を作っても仕方がない。毒を浄化する作品を作りたかった。観た後で結果的に癒されるが、ただ癒されるのではない。もう1歩前に進むための宿題を与えるような映画にできたと思う」(「JANJAN 奥田瑛二さん帰国会見 2…
人間は自分の中にあって、自分が認知する性格傾向とほぼ同質のものを相手の中に確認するとき、その性格傾向が「肯定的自己像」に近いほど、相手に対する親和動機が高くなるだろう。 人間の性格傾向は、多くの場合、「自己像」のうちに固められているので容易…
ニューヨークのリトル・イタリーに住む、ウオッチキャップ(米国海軍の水兵が防寒用に被ったニット製の帽子)を冠る、一人のイタリア人。 ファーストシーンでの、殺しの描写の緊迫感の導入は見事。 これで、観る者を一気に映像に惹き付ける。 父の眼を盗んで…
何とも緩やかななメロディに乗って、空中給油シーンから開かれた長閑(のどか)な映像は、一転してハードな場面にシフトする。 米国の戦略空軍基地司令官であるリッパー将軍が、突然発狂し、あろうことか、ソ連への水爆攻撃を命令するのだ。 「R作戦」であ…
「イスラエル占領下のゴラン高原。若き娘モナがシリア側へ嫁いでゆく一日の物語。一度境界を越えてしまうと、もう二度と愛する家族のもとへは帰れない。それでも、女たちは未来を信じ、決意と希望を胸に生きてゆく」(『シリアの花嫁』公式サイト) これが、…
原作にはない、父と子が獄中で同室になるという創作を仮構したことでも分るように、本作の作り手は明らかに、この映画の主題を「父と子の葛藤と和解」、そして冤罪でありながらも、看守に対しても律儀に対応する、その一貫して変らぬ父の誠実な生き方と、そ…
大坂船場の化粧問屋、維康(これやす)商店。 その息子の柳吉は、とんでもない道楽息子。東京の得意先で集金した金を懐に入れて、売れっ子芸者の蝶子と駆け落ちしてしまったのだ。その事実を知った柳吉の父は、中風で病の床に臥していたその体を起して、番頭…
物語は、成人したシャオチュンのモノローグで開かれる。 「北京の変貌は目まぐるしい。あれから20年。近代的な街に変身した。今の北京に昔の面影は見られない。私の思い出も、かき消されてしまった。私の思い出も、夢か真実かはっきりしない。私の物語は、…
1 移動への憧憬と定着への縛り 「エンドーラ。僕らの住む町だ。冴えない町なんだ。いつも同じ表情で何も起こらない。僕の働く食料品店。今や、国道沿いのスーパーに客を取られてしまった。これが我が家。パパが建て、今は僕が修理を受け持つ。弟の寿命を1…
ラモン・サンペドロ。 これが映像の主人公であり、同時にスペインに実在した人物の名である。 彼は20代半ばに、自宅近くの岩場から引き潮の海に飛び込み、浅瀬の海底に強打し、脊髄損傷による四肢麻痺患者となった。この絶対的自由を奪われた生活が30年…
1 ミラーを拭く男 宮城県の、とある町の県道。 そこに一人の男が仰向けになって倒れている。意識を失っている状態である。傍には脚立が一つ転倒していて、ガードレールには男のものらしいサイクリング車が横付けになっていた。道路には、これも男のものらし…
1 最も屈辱的な一日が閉じていって ―― 7日間で語られる映画の、その印象深いストーリーラインを追っていこう。 【日曜日】 5人の少年がいる。 眼の前には、広大な海と思しき水辺が広がっている。飛び込み台には、4人の少年が水着姿で下を見ている。既に…
これは、長い時間を要すれば、コミュニティが内側に持つ固有の治癒力によって、「対象喪失」という「不幸」に対するグリーフワーク(悲哀を癒す仕事)が遂行されていくかも知れないにも関わらず、その類の「不幸」と無縁に、「他人の不幸」を金銭に換算する…
背景は、昭和十六年頃の甲州。 そこに、一台の乗り合いバスが走っている。ドライバーの園田は車掌のおこまと視線を合わせた後、バスの客席を振り返った。誰も乗っていないのである。 「ねえ、この調子じゃ、今月はまた月給が危ないわね」とおこま。 「うーん…
序 私の魂のバイブルに近い何か 人間だけが想像力を持つ。 それが人間を他の動物と分ける。想像力の起点としての肥大化された脳は、人間に固有な財産である。合理的に思考し、目的的に行動し、広く外部環境に適応する総合的能力としての「知能」(アメリカの…
ムンバイの人口の過半が居住していると言われる、「スラム」という「生存のリアリズム」と、そこからの 〈状況突破〉の極点にある「クイズ$ミリオネア」という、「夢幻のロマンチシズム」の世界の対比によって、人間社会で分娩される極端な要素を包括してし…
2000年2月9日。 駐韓米軍第8部隊・ヨンサン基地内霊安室。 アメリカの一人の老科学者が、韓国の若い科学者に「ホルムアルデヒド(注5)の瓶に汚れが付いているので、一滴残らず捨ててカラにしたまえ」と命じた。規則違反を理由に躊躇(ためら)う部下…
1972年8月22日。その日、ニューヨークは35度を越えるような猛暑だった。場所はブルックリン、チェース・マンハッタン銀行支店に、3人の男たちが乗り込んだ。時刻は2時57分。閉店間際の銀行には、客は疎(まば)らにしかいなかった。最初に入った…
1 「3つの死の悲劇」を囲繞する者たちのリアリズムの欠損感 「『無防備都市』と『戦火のかなた』、そしてそれより小さな規模で『ドイツ零年』がおさめたつかのまの成功は、誤解の上に成り立っていた。人びとはネオリアリズモについてさかんに語り、わたし…
1 「男に踏まれても、それを跳ね返す女の強さ」を身体表現する、京マチ子の圧倒的存在感 邦画界の狭隘な縛りを抜けて、作家的主体性を貫徹するために松竹を退社した新藤兼人が、吉村公三郎らと作った「近代映画協会」の第一回作品である本作は、男の欲望の…
1 「青春の海」の求心力 ―― プロットライン① 陶磁器配達の仕事に追われる一人の若者がいる。 彼の名は、ハリー。 彼は奔放な我がまま娘と出会うことで、その生活に変化を来たしていく。 彼女の名は、モニカ。このとき、17歳だった。 純粋な青年、ハリーと…
「生まれながらの重度の脳性小児麻痺により、左足が少し動かせるだけで、後は植物人間同様の生活を余儀なくされている不遇の主人公が、その絶え間ざる努力の末、やがて言語能力を取り戻し、わずかに動く左足を使い絵を描けるようになるまで成長していく姿を…
時は19世紀末。場所は、英国ロンドンの見世物小屋。 そこに、「エレファント・マン」と呼ばれる容貌怪異な人間がいた。警察の取締りで見世物小屋の小屋主が、厳重な注意を受けている現場に、そこを訪ねたトリーブスは立ち合った。彼はロンドン病院の外科医…