2013-01-01から1年間の記事一覧

エデンの東('54)  エリア・カザン  <「自我のルーツを必死に求める者」の彷徨の果てに>

1 提起された主題と、それに対する答えが出揃ってしまった時代の映画 本作は、殆ど批評の余地のない映画である。 物語の中で提起された主題と、それに対する答えが、全て登場人物たちによる台詞の中で出揃ってしまっていたからである。 昔の映画の常として…

サウンド・オブ・ミュージック('64) ロバート・ワイズ  <訴求力を決定的に高めて成就した「内的清潔感」という推進力>

1 訴求力を決定的に高めて成就した「内的清潔感」という推進力 本作を根柢において支えているもの ―― それは、ジュリー・アンドリュース演じる修道女マリアの人物造形が、眩いまでに放つ「清潔感」である。 「素直で、健全な若者育成映画」、「観ると心が洗…

セブンス・コンチネント(‘89) ミヒャエル・ハネケ <「大量廃棄」によって無化される「大量消費」の「負のリズム」―― ハネケ映像の強靭な腕力の支配力の凄み>

1 現代最高峰の映像作家 恐らく、ミヒャエル・ハネケ監督は、私たちの「映画観」を根柢から変えてしまう凄まじいパワーを持つ映像作家である。 一切の娯楽的要素を剥ぎ取って作り出した映像の凄みは、時には、薄っぺらで、見え見えな軟着点が予約されている…

(ハル)('96) 森田芳光  <「異性身体」を視覚的に捕捉していく緩やかなステップの心地良さ>

1 緩やかなステップを上り詰めていく男と女の物語 ―― プロット紹介 恋人を交通事故で喪ったトラウマを持つ(ほし)と、アメフトの選手としての挫折経験を引き摺る(ハル)が、パソコン通信によるメール交換を介して急速に関係を構築していく。 同時に、(ハ…

靖国 YASUKUNI ('07)  李纓  <強引な映像の、強引な継ぎ接ぎによる、殆ど遣っ付け仕事の悲惨>

1 記録映画作家としての力量の脆弱さ 人の心は面白いものである。 自分の生活世界と無縁な辺りで、それが明瞭に日常性と切れた分だけ新鮮な情報的価値を持ち、且つ、そこに多分にアナクロ的な観劇的要素が含まれているのを感覚的に捕捉してしまうと、「よく…

田舎司祭の日記(‘50) ロベール・ブレッソン  <「譲れないものを持つ者」の「強い映像」の凄み>

1 「譲れないものを持つ者」の「強い映像」の凄み この遣り切れない物語は、「神の沈黙」をテーマに先鋭的な映像を繋いできたイングマール・ベルイマン監督がそうであったように、「聖」の記号である司祭としての一切の行為が灰燼に帰し、遂に、自らの拠っ…

生きるべきか死ぬべきか(‘42)  エルンスト・ルビッチ <複層的に絡み合っている「笑いのツボ」の嵌りよう>

1 複層的に絡み合っている「笑いのツボ」の嵌りよう 正直言って、この「名画」は、私には全く嵌らなかった。 一言で言えば、面白くないのだ。 恐らく、私の「笑いのツボ」に嵌らないのだろう。 「笑いのツボ」は多岐多様であり、個性的であると同時に、年輪…

グラン・トリノ('08)  クリント・イーストウッド<「贖罪の自己完結」としての「弱者救済のナルシシズム」に酩酊するスーパーマン活劇>

1 「否定的自己像」を鋭角的に刺激する危うさに呑み込まれた、頑迷固陋の「全身アメリカ人」 頑固とは、自己像への過剰な拘泥である。 そのために、自分の行動傾向や価値観が環境に適応しにくい態度形成を常態化させていて、且つ、その態度形成のうちに特段…

小間使の日記(‘63)  ルイス・ブニュエル   <心の「真実」の姿を表現した決定的行為、或いは、「閉鎖系世界」の枠に閉じ込められていく「自在な観察者」>

1 人の心の分りにくさ 人の心は定まらない。 その時々の状況の中で、どのようにでも振れていくし、動いていく。 特定の例外を除いて、そこで振れた行為の全ては、その人間の心の「真実」の姿の一端である。 その行為によって歓喜し、沸き立つような愉悦感を…

昼顔('67) ルイス ・ブニュエル<予約された生き方を強いられてきた女の、不幸なる人生の理不尽な流れ方>

1 「昼顔」という非日常の異界の世界で希釈させた罪責感 冒頭のマゾヒスティックな「悪夢」のシーンによって開かれた映像は、本作のテーマ性を包括するものだった。 「不感症さえ治れば、君は完璧だよ」とピエール。夫である。 「言わないで。どうせ治らな…

アンダルシアの犬('29)  ルイス・ブニュエル サルバドール・ダリ <「殺人への絶望的かつ情熱的な呼びかけ」というライトモチーフの破壊力>

1 第一次世界大戦のインパクトが分娩したもの ヨーロッパを主戦場にした第一次世界大戦 ―― それは、開戦当時の予想を遥かに超える膨大な犠牲者を生み出した悲惨な戦争だった。 2000万人近くの死者を生み出した、このサバイバルな消耗戦を終焉させたとも…

欲望のあいまいな対象('77) ルイス・ブニュエル<「自己完結点」を持ち得ない、無秩序なカオスの世界に捕捉されて>

1 欲望の稜線を無限に伸ばして疲弊するだけの人間の、限りなく本質的な脆弱性 アルカーイダのテロネットワークの存在を見ても分るように、いつの時代でも、テロの連鎖はやがてテロそのものが自己目的化し、肥大化し、過激化していく。 本作の中で描かれたテ…

空中庭園(‘05) 豊田利晃   <「逆オートロック」の「理想家族」という絶対規範の本質的矛盾>

1 「逆オートロック」の「理想家族」という絶対規範の本質的矛盾 「人類の家族は、人類特有の孤独と死の恐怖を解消できないまでも、いくらかは軽減するために発明された文化装置であると思われる。・・・依然として、孤独と死は個人の最大の恐怖であり、この恐…

父、帰る('03)  アンドレイ・スビャギンツェフ  <母性から解き放たれて>

序 謎解きの快楽にも似た知的ゲームの内的世界で シンプルな作品ほど、しばしば難解である。 娯楽作品ならともかく、その内容が厳しく含みの多い作品であれば、当然そこに何某かの形而上学的な問題提起が隠されていると見るのが自然である。観る者はそこに隠…

ブラック・スワン('10) ダーレン・アロノフスキー  <最高芸術の完成形が自死を予約させるアクチュアル・リアリティの凄み>

1 「過干渉」という名の「権力関係」の歪み かつて、バレエダンサーだった一人の女がいる。 ソリストになれず、群舞の一人でしかなかった件の女は、それに起因するストレスが昂じたためなのか、女好きの振付師(?)と肉体関係を持ち、妊娠してしまった。 …

八日目の蝉('11)  成島出  <「八日目」の黎明を抉じ開けんとする者、汝の名は秋山恵理菜なり>

1 個の生物学的ルーツと心理学的ルーツが乖離することで空洞化した、屈折的自我の再構築の物語 本作は、個の生物学的ルーツと心理学的ルーツが乖離することで空洞化した自我を、日常的な次元の胎内の辺りにまで、深々と引き摺っているような一人の若い女性…

ピクニックatハンギング・ロック(‘75) ピーター・ウィアー <浮遊感覚で侵入してしまう人間が遭遇する「異界」の破壊力>

1 「語り過ぎない映画」の残像感覚の凄み 一度観たら一生忘れない映画というのが、稀にある。 映画の残像が脳裏に焼きついて離れないのだ。 それらの映画の特色は、「語り過ぎない映画」であるということ。 語り過ぎないから、観る者に想像力を働かせる。 …

刑事ジョン・ブック 目撃者(‘85)  ピーター・ウィアー <「文明」と「非文明」の相克の隙間に惹起した、男と女の情感の出し入れの物語>

1 非暴力主義を絶対規範にするアーミッシュの村の「掟」の中で ―― 事件の発生と遁走の行方 男と女がいる。 本来、出会うはずもない二人が、一つの忌まわしき事件を介して出会ってしまった。 男の名はジョン・ブック。 未だ独身の敏腕刑事である。 女の名は…

トゥルーマン・ショー('98)  ピーター・ウィアー <コメディラインの範疇を越える心地悪さ ―― ラストカットの決定力>

1 コメディラインの範疇を越える心地悪さ ―― ラストカットの決定力 「他の番組を。テレビガイドは?」 ラストカットにおける視聴者の、この言葉の中に収斂される文脈こそ、この映画の全てである。 テレビ好きな二人の警備員によるこの台詞は、本作がテレビ…

危険な年('82) ピーター・ウィアー <自死によって炸裂した「物語のライター」の痛ましき愛国心>

1 理想主義者の本質を隠し切れない「謎の男」の困難な闘い 本作は、社会派ムービーの取っ付きにくさをラブロマンスで希釈することで、本来的な「主題が内包する問題解決の困難さ」を提示した作品である。 この手法が成功したか否かについては、観る者によっ…

タイム・オブ・ザ・ウルフ(‘03) ミヒャエル・ハネケ <ヒューマニズムに拠って立つ映像作家であることを検証する究極の一作>

1 ヒューマニズムに拠って立つ映像作家であることを検証する究極の一作 「ピアニスト」より先に製作予定だった、この「タイム・オブ・ザ・ウルフ」という作品は、一言で説明できないほど、凄いとしか言いようのない映像である。 これほどの映像が、一般的に…

白いリボン('09) ミヒャエル・ハネケ<洗脳的に形成された自我の非抑制的な暴力的情動のチェーン現象を繋いでいく、歪んだ「負のスパイラル」>

1 「純真無垢」の記号が「抑圧」の記号に反転するとき 物語の梗概を、時系列に沿って書いておこう。 1913年の夏。 北ドイツの長閑な小村に、次々と起こる事件。 村で唯一のドクターの落馬事故が、何者かによって仕掛けられた、細くて強靭な針金網に引っ…

ピアニスト('01) ミヒャエル・ハネケ<「強いられて、仮構された〈生〉」への苛烈極まる破壊力>

1 「父権」を行使する母との「権力関係」の中で 母の夢であったコンサートピアニストになるという、それ以外にない目的の故に形成された、実質的に「父権」を行使する母との「権力関係」の中で、異性関係どころか、同性との関係構築さえも許容されなかった…

隠された記憶('05) ミヒャエル・ハネケ <メディアが捕捉し得ない「神の視線」の投入による、内なる「疚しさ」と対峙させる映像的問題提示>

1 個人が「罪」とどう向き合っているかについての映画 「私たちはメディアによって操作されているのではないか?」 この問題意識がミヒャエル・ハネケ監督の根柢にあって、それを炙り出すために取った手法がビデオテープの利用であった。 覗き趣味に堕しか…

西部戦線異状なし(‘30) ルイス・マイルストン <塹壕戦の地獄という「戦場のリアリズム」の凄惨さ>

1 「大義なき戦争」の空白から洩れる情動にインスパイアされた若き「戦士」たち シュリーフェン・プランという、第一次世界大戦前のドイツが策定していた計画がある。 フランスとロシアから東西を挟み撃ちにされたドイツが、この状況を打開するために、フラ…

戦場にかける橋('57) デヴィッド・リーン <予測困難な事態に囲繞される人間社会の現実の怖さ>

1 本作への様々な対峙のスタンス まず、書いておきたいのは、この映画を批評する際に、史実との乖離とか、日本軍の「武士道精神」を体現したとされる斉藤大佐の描き方や、「人間らしく生きることが一番簡単なのだ」という信条を持って、収容所を脱走するア…

ハート・ロッカー('08) キャスリン・ビグロー <「戦場のリアリズム」の映像的提示のみに収斂される物語への偏頗な拘泥>

1 「ヒューマンドラマ」としての不全性を削り取った「戦争映画」のリアルな様態 テロの脅威に怯えながらも、その「非日常」の日常下に日々の呼吸を繋ぎ、なお本来の秩序が保証されない混沌のバグダッドの町の一角。 そこに、男たちがいる。 米陸軍の爆発物…

蛇イチゴ(‘03) 西川美和 <「嘘」と「真実」の間に揺れる人間の分りにくさを、決定的に反転された「立ち竦み」のうちに描いた傑作>

1 人間の「不完全性」を一つの家族に特化し、見事に構築した映像完成度の高さ 「デタラメ」な振舞いを最も厭悪する者が陥りやすい、「正義の罠」の反転によって、「立ち竦み」に振れる人間の「不完全性」を、舞台劇仕立てのミニサイズで一つの家族に特化し…

ゆれる('06)  西川美和 <微塵の邪意も含まない確信的証言者の決定的な心の振れ具合>

1 完全拒絶によって開かれた「事件」の闇 本作は、ある「事件」を契機に、雁字搦めに縛りあげていた「圧力的な日常規範」から、自我を一気に解放していく心的過程を辿っていく者と、自在に解放された世界で自己運動を繋いでいた自我が、その解放への起動点…

ディア・ドクター('09)  西川美和 <微妙に揺れていく男の脱出願望 ―― 「ディア・ドクター」の眩い残影>

1 男の脱出願望と、感謝の被浴による快楽との危うい均衡 必ずしも、本作の主人公である「『善人性』を身体化するニセ医者」のバックボーンが明瞭に表現されていないが、私なりにイメージする、件の「ニセ医者」の心理の振れ具合に焦点を当てて書いてみよう…